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15、王女はVIP待遇を受ける

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   ◇ ◇ ◇


 ────翌日の夜。


「…………道中、つつがなくお過ごしでしたか」

「はい。カサンドラ様にも、アイギス様にも良くして頂きました」


 王宮では、イーリアス様が私を出迎えてくださった。
 ……さっきまで忘れていたのに、汽車のときのことを思い出してしまって、不意に緊張する。

 いけない、いけない。2回も私の命を助けてくれたのに。


「それにしても本当に……とても素敵な王宮ですね」


 立ち並ぶ荘厳かつ華麗な建物に、私はため息をつく。
 建築様式が母国と全然違うのが、見ていてとても楽しい。


「お部屋をご用意しております。どうぞ、そちらにてお休みください」

「あ、あの、イーリアス様は?」

「私は新居の邸に先に入り、整えて参ります」

「そう、ですよね」


 結婚前の男女が一緒に泊まるわけないか……。

 異国だということを実感し、一気に心細くなりながら、イーリアス様に案内される。


(本当に……お友達が作れればいいのだけど。カサンドラ様たちにも、なりふり構わずお友達になってとお願いしてみたら良かったかしら)


 目的の場所らしい部屋の前には、多くの護衛と、宮殿付きの女官らしい人々がついていた。
 皆、私を見て一礼する。


「こちらです」


 そう言ってイーリアス様は重い扉を開く。
 すぐ目に飛び込んできたのは、最上級の調度品で整えられたティールームで、先に待機していたトリニアス王国からの侍女たちが私に礼をした。


「ティールームの左隣が、寝室です」


 イーリアス様が続き部屋のドアを開ける。
 天蓋つきの大きなベッドが置かれた広々とした寝室。


「そして、右隣に衣装部屋と浴室、その奥に書斎がございます。以上5部屋が、王宮ご滞在中の王女殿下のお部屋となります。侍女殿の控え室も隣接しております」

「ありがとうございます。過分なほどのご厚遇、心より感謝申し上げます。素敵なお部屋ですわね」


 一言で言って、豪奢。
 簡素な式典で送り出した母国と違い、ベネディクト王国は、私を国家にとって最上級の賓客として扱っている。
 本気を出して迎えているといっていい。

 ありがたいし嬉しいけれど、その分やはり、


(私に利用価値があるってことなんだろうなぁ……)


と、考えてしまう。

 クロノス王太子殿下へのハニートラップ任務は放棄した。
 だけど母国の不利益になることもしたくない。
 うまく、どちらの国の思惑にも乗らないようにしないと。

 その上で、夫婦生活は円満に……。


(少なくとも……父と母のようなことになるのは、嫌だわ)


 そんなことを考えていたら、イーリアス様がテーブルから何かの本を手に取って私に見せた。


「……これは?」

「王宮の図書館に所蔵されております、蒸気機関車についての書物です」

「……! わざわざ用意してくださったのですか??」

「蒸気機関車をお見せするとお約束しておりましたが、あのようなことになりましたので。現物には及びませんが、絵や図面などもあります」

「あ、ありがとうございます! 実はカサンドラ様に馬車のなかで蒸気機関の構造を図解していただいて、原理は理解したのですが、もう少し知りたいと思っていたところでした」

「それは……とても勉強熱心なのですね」

「そういうわけでは……ただ」

「ただ?」

「やはりその……汽車に乗せていただいたことが忘れられなくて。もちろん、美味しいお食事やビリヤードを教えていただいたことも、とても楽しかったのですけども、あの乗り物は、乗っているだけでワクワクしてとても幸せで……」


 車体の技術、力強さ。
 ずっと聴いていたいような走行音。
 心地よい車体の振動。

 あれは、馬車に初めて乗ったときのワクワク感を何百倍したような体験だった。


「もし、また近くに行けるようなことがあったら、今度は外から汽車の走っている姿をじっくり観察させていただきたいです!!
 ……あ、外からですと、あっという間に走って行ってしまうかもしれないのですが……」


 思わず本を抱き締めながら言う。
 イーリアス様は……表情は変わらないのだけど、少し戸惑った風に、


「汽車が目的で良いのですか?」と言う。

「変でしょうか?」

「いいえ。そうですね、あの汽車は定期的に走っているものではないので……」

「そうなのですか……」


 やはり、王女の私がベネディクト王国に来るからと特別に走らせてくれたものなのだろう。


「ですが、一般向け車両でしたら毎週走っておりますよ」

「本当ですか!」

「はい。また、最近北方に向けての路線も開きました。北の隣国ヒム王国との共同開発ですので、より高度な技術が使われております」

「わぁぁぁっ……ぜひ、見たいです!!」

「しばらくはお待ちいただけますか。
 刺客らの目的が殿下の看破された通りならば、結婚後の方が危険は少なくなるはずです。
 殿下を狙った刺客らの取り調べが終わり、十分に身辺の安全を確保されたと判断できましたら、ご旅行の段取りを整えましょう」

「いえそんな、そこまで急いでというわけではないので、本当にいつでも……」


 イーリアス様も忙しいだろう。
 そんなに私に付き合わせても悪い。
 だから、全然先でも……。


「腕の良い案内人に心当たりがございますので、案内させましょう」

「…………え?」

「ただ、国境を越えることはご遠慮いただきたいので、国境手前の駅までのご乗車となりますが」

「あ、あの……?」

「どうなさいましたか殿下」

「イーリアス様は、一緒には、来てくださらないのですか?」

「………………私が同行した方がよろしいですか?」

「はい、もちろんです。
 というよりも、結婚するので当然一緒に旅行するものだと……」


 イーリアス様は少し考えて、答えた。


「……おそらくですが、私に合わせていただくと、半年から1年ほどは旅行をお待たせするかと愚考いたします」

「! そこまでお忙しいのですか?」

「私は殿下にお約束いたしました。
 この国で、ゆっくりおやすみいただけるように。
 読書に美術鑑賞に観劇に旅行、お好きなことを楽しんでいただけるように。
 お約束したことは守らせていただく所存です」


 そう言ってイーリアス様は一礼をする。


「夕食は部屋に運ばせます。
 ここまでの移動で大変お疲れでしょうから、今宵はどうぞゆっくりとお休みください。
 ……失礼いたします」

「は、はい……ここまでの道中、本当にありがとうございました。おやすみなさい」


 部屋を出ていくイーリアス様に、ひどく心細い気持ちになる。


(────あれを、試してみましょうかしら)


 イーリアス様がこれから向かうという、私たちの新居となる邸のことも気になる。


「少し休みたいので、1人にしてくれるかしら。何かあったらすぐに声をかけるから」


 侍女たちに声をかけると、彼女らも一礼してすすっと下がっていく。

 ドアが閉まるのを確認して、ティールームに運ばれていたトランクの1つに、私は手を伸ばした。
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