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10、第3王女はすでに後悔している【ウィルヘルミナ視点】

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   ◇ ◇ ◇


 ────第1王女アルヴィナの出発から7日。トリニアス王城。


「……今日も朝露をまとう白百合のように麗しいですな、ウィルヘルミナ王女殿下。
 天上世界の宝石でさえ貴女を引き立てる以上のことはできぬでしょう。
 貴女の美しさを詩に綴りたくてたまらぬのですが、言葉の方が負けてしまうとわかっておりますので、歯がゆい思いです」


 姉の時とはうって変わって賛辞を尽くす婚約者。


「そのようなお言葉……わたくしにはもったいのうございますわ」


 姉の婚約者を奪った妹とも思えないしおらしげな態度で、私はうつむいた。

 『王家の姉妹随一の美少女』といわれていることは自覚している。

 けれど、17歳の私に対して、34歳の大人の男がこうもデレデレと鼻の下を伸ばしていると、こちらから見て、どんどん気持ちが冷めていくばかりだ。


「いいえ。それは殿下の内面の美しさをも現すもの。わたくしめは殿下ほど心が清らかで素晴らしいレディを知りません。奇跡の女性です」

「そんな……恥ずかしいことをおっしゃらないで」

「言葉では語り尽くせぬのです。王女殿下に魂を奪われた哀れな男にご同情くださるならば、どうぞこの心よりの賛辞をお受け取りください」

「まぁ……」


 姉に勝った。
 そのはずなのに、私の胸には爽快感も達成感も、ざまぁみろという暗い喜びさえない。
 あるのは、後悔ばかり。


(私、何でこんな男を奪おうと思ったのかしら)


 肝心の姉は私にこう言った。


『あなたが嫌がってるのに押し付けられたということじゃないのなら、いいわ』


 まるで私の未来を心配しているような言葉だった。
 本当に、なんで私────。


「美しい貴女を困らせてしまったようですね。ですが信じてください。わたくしめはウィルヘルミナ王女殿下を心の底から……」


「お ね え さ ま!!」


 きんきんと耳障りな声が飛んできて、婚約者の声をさえぎる。


(……………………)


 王女とは到底思えないノリでスカートを持ち上げ駆けてくる、第4王女のエルミナ。

 そろそろ婚約者との会話から解放されたいとは思っていたけど、彼女の相手はさらに嫌だ。


「ウィルヘルミナお姉さまっ。
 お願い、新しいお仕事がわかりませんのっ。
 教えてくださいませっ」


 私の腕をつかんで馬鹿力で振り回す。
 もう16歳でしかも王女なのに、部外者に『姉に甘える可愛い私』アピールなんなの。
 私は少なくとも5歳の時には重臣たちの前に出られる立ち居振舞いしてたぞ。


「……エルミナ殿下がお困りなのですな。
 では私は一度失礼して……」

「申し訳ございません。
 またの機会にお願い申し上げます」

「いや、終わるまでサロンでお待ちしております」


(…………げっ)何でそんなにピンポイントで私の嫌なことばかりすんの??


「いえ、きっとお時間をいただいてしまいますわ。
 お待たせをするのは申し訳ないことですから……」

「かまいません。何時間でも待ちましょう」


(待たないで。私にも仕事があるんだが。
 というか、こいつ暇か?
 公国の仕事ないのか)


 この婚約者、何が嫌かと言って、毎日毎日馬鹿みたいに私に会いに来ては、めちゃくちゃ時間を奪っていくのだ。

 姉から引き継いだ仕事にはまだ慣れていないし、私は姉ほどの能力もないから、何倍も時間がかかってしまう。
 調べなければならないことも多いし、それでいて責任が伴うからいい加減にはできないし。
 
 だから少しでも時間がほしいというのに……!!


「ありがとうございますっ。
 ほらお姉さまっ。
 婚約者様もそう言ってくださってることですしっ」

「そ、そうですわね。
 お待たせしてたいへん申し訳ございません。
 どうぞ、ごゆっくりおつくろぎくださいませ」


 エルミナが私の腕を引っ張る。
 こいつも私の時間泥棒の1人だ。

 サロンへ向かう婚約者の背中を確認し、エルミナに引きずられ建物の影に入ったところで、私は彼女の腕を外し、ひねった。


「い、痛たたたたたっ!!」


 彼女が前にベネディクトの大男にひねられていた場所を狙いうち。
 ひるむエルミナのあごを掴んで壁に縫い付ける。


「────朝食でも昼食でも会ったのに、わざわざ婚約者と会っているタイミングで邪魔しに声をかけてくるとか、少し性格が悪いんじゃなくて?」

「あぁら。アルヴィナお姉さまから婚約者をお奪いになった方が何かおっしゃるの?」

「ついでにまた、自分の仕事を私にさせようって?
 学ばないわね、その怠け癖。
 何度でも突き返すわよ」


 微笑ましい姉妹の実態である。

 顔を歪め、エルミナは私の胸を掴む。


「あらぁ、ずいぶんとお盛りになっていますこと。
 知ってるんだからね。
 私よりこと」


 私はため息をつく。
 この女は、それで人の弱みを突いて支配した気になるのだ。


「エルミナ」


 私は彼女の耳に口を寄せる。


「あなた、知っててアルヴィナ姉様にをしていたでしょう?
 あれが、姉様のトラウマをえぐると知っていて」

「!」


 第1王女アルヴィナは子どもの頃から大人たちから軽視され、舐められていた。
 ただ1人嫡出の王女なのに王妃に憎まれ、冷遇されていたせいだ。

 さらに早くに膨らみだした胸は男からいやらしい注目を浴びた。
 王女でありながらアルヴィナ姉様は、王城の中で何度も恐い目に遭わされる。
 それが、あらぬ噂につながっていく。

 悪気なく無邪気に……じゃない。
 エルミナは、わかっていてアルヴィナ姉様を傷つけるためにやっていた。


「人に本性をばらされたくないのはお互い様でしょう?
 エルミナ。
 少し賢くなりましょうか」

「………………」


 こちらをしばらく睨んだあと、ぷい、とそっぽ向いてエルミナは去っていく。
 捨て台詞を言う語彙力ぐらいつければ良いのに。

 あと、自分の仕事は自分でやって。


『アルヴィナがいなくなってから仕事がスムーズに回らない!!』
と、苛立つ国王に当たり散らされてるのは、あんたも私も同じなんだから。
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