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3、王女はうっかり求婚を承諾する

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   ◇ ◇ ◇


「あぁ……やはり、ホメロス宰相しゃいしょう閣下のおまごさまらったのれすね~。姓で薄々そうかな~と~」

「ええ。とはいえ本官は次男ですが……殿下、失礼ですが飲み過ぎでは?」

「それれ軍にお入りになったのれすね……大変なお仕事れしょう?」


 ベネディクト王国もうちと同じく、限嗣相続制。
 次男から下の男兄弟は、家の財産や爵位や領地を受け継げないので、自活の道を見つけなければならないのだ。


(それにしても29歳で少将の地位というのは、恐ろしい出世の早さだけど……)


 1杯だけ、と思って飲んだお酒なのに、睡眠不足のせいかずいぶん回った。
 なんだか妙に気分が良くて2杯目3杯目も頂いてしまった。
 びっくりするほど舌が動く。
 男のひとの前でこんなに楽しくお酒を飲めることがあるなんて。


「れは、いまはお一人でお暮らしなのれすか??」

「軍の寮におります」

「寮れすか。あこがれます~」

「憧れ……ますか?」

「はい。わたし、ゆうじんといえる方がひとりもおりませんのれ、ひっく、おなじたちばのなかまと集団生活……たのしそう。うらやましいれす」

「軍ですからね。階級差もありますし厳しい世界ではありますが、まぁ信頼できる仲間たちです」

「うらやましいれす……私なんて、すいみんけずって働いても働いても……嫌われるか、いやらしい目を向けられて追い回されるか……」

「殿下?」

「うんざりれす、みためで判断されるのも、性的に見られるのも」


『大きな胸で男を誘惑して遊び回っている』
『婚約者や妻のいる男まで見境なし』


 毎日毎日真面目に仕事しているだけなのに、なぜか、そんな噂が広められていた。
 ついた渾名あだなが“淫魔王女”。
 王女であれば立場的には強いはずが……ある理由で私は、王子王女のなかで一番貴族たちに舐められている。子どものころから。

 噂のせいで、貴婦人や貴族令嬢からは聞こえよがしな中傷や嫌がらせ。
 殿方からは好奇の目を向けられ、いやらしい目的の恐い男性につきまとわれては、頭のなかがぐちゃぐちゃになる。


(……胸が大きな女はいやらしいとか、性的なことをされても平気なんて偏見、いったい誰が広めたんだろうか)


 ……いや。
 私はそもそも、産まれてきたことが間違っていたのかも。


「少し水もお飲みになりませんか」

「はひっ、おみじゅ、いたらきます」


 返事をしたら、いつの間にか手元のお酒が水に変わっていた。
 ホメロス将軍が水をもらってくれたらしい。


「あのぉしょうぐん? ベネディクト王国にも、魔法、ありますか?」

「そうですね、ただ、貴国よりは相当衰退しておりますが」

「れは! むねが小さくなる魔法なろ、ないれすか?」

「いや、それは寡聞にして存じません」

「そうれすか……やっぱり、いにしえのおんなせんしのようにむねをきるしか……」

「それがご自身のお望みだと仰るならともかく……殿下に嫌な思いをさせる輩のためにわざわざ、殿下がご自分の大事なお身体を傷つけることには、本官は賛成いたしかねます」

「ううう……」


 ホメロス将軍が厳しい。


「らって、たにんをかえりゅの、むずかしいじゃないれすか!!」

「殿下?」

「じぶんがかわったほうが、かんたんらし、かくじつらし……もう、こわいおもいするの、や……」

「いえ、あの、本官は殿下を落ち込ませたかったわけではないのです。
 申し上げたかったのは、殿下があるがままの姿でいらっしゃることに罪など何もなく、悪いのはあくまでも、それを理由に殿下の身に害を及ぼす愚か者どもかと」

「そんなの、りそうろん、れすっ! だっていざとなったら、だれも、たすけて、くれないんれすよっ!」

が助けます」


 強く言い切ったホメロス将軍と、目が合った。
 助ける? 敵国将軍の、この人が、私を?


「……殿下。少し、本官の持論を聞いていただけますでしょうか」

「ふぁ、い……?」

「つまり、人がおのれの見た目を嫌う時、しばしば自分自身の望みや美意識ではなく、他人から向けられる目、受ける仕打ちのせいである場合が多い。結局そこから自由にならないと、自分が本当はどうなりたいのか、わからないのではないかと思うのです。
 ゆえに殿下も一度、離れられたほうが良いのではないでしょうか」

「はなれる……?」

「そもそも殿下は、働きすぎでいらっしゃる。睡眠不足と過度なストレスは心を蝕みます。その上にいま、殿下を大切になさらない者たち、悪評を流し偏見の目で見、害さえ及ぼす周囲の者たちの負荷が、殿下にはかかっているのです」

「あはははは…………せめて、やすみたいれす」


 せめて休みの日がほしい。
 まる1日寝室でぐったり休めたら、どれだけ幸せだろう。


「よって、無礼を承知で申し上げますが、本官は、殿下に環境をお変えになるべきと献言させていただきたく。
 ……つきましては、恐れながら王女殿下」

「ふぁい」



「私と結婚しませんか?」



(…………?)


 なんか、いきなり飛躍したような気がする。


「けっこん……?」


 酔った頭がついていかなくて、私は首をかしげる。


「この国にいる限り、殿下は偏見と悪意と、王女殿下というお立場から逃れられないのではないでしょうか。先のことはどうであれ、一度背負った荷物を下ろして、わずらわしいものからも逃れて、ゆっくりなさる時間が必要ではないかと」


 ああ、なるほど。
 そういうことかぁ。
 酔って働かない頭だけど、何だかそれはすごく魅力的に聞こえた。


「殿下からご覧になれば、おそらくかなり慎ましい生活になるかとは存じますが、暮らしに不自由はさせません」

「いいれすね!
 ひるまでねむって、ふとんのなかれ本とかよんらり。
 さいこうれすねぇ」


 読書は好きだったのに、小説の1ページさえ、どれほど長い間読んでいないだろう。


「それから、それから……ゆっくり、おちゃとかのみたいれす」

「ええ。ほかには観劇などはいかがですか? 美術鑑賞や、あまり贅沢なことはできませんが旅行など」

「はぁぁ……そこまれれきたら、ゆめのようれす」

「私は次男ですので子を成す必要もありません。軍人で家を留守にすることも多いでしょうから、何でもお好きなことをなさっていただけるかと存じます」


(そっかー……いいわね……)


 私のことを誰も知らない国で、私に酷いことをした人たちが誰もいない国で、ゆっくり羽を伸ばす。
 そんなことができたら、心がどれだけ癒されるだろう。


「王女殿下」


 将軍が私の足元にひざまずいた。


「私と結婚していただけませんか?」

「ふぁい、よろこんれ!」


 テンション高く笑いながら答えたとき、周囲が妙にざわついていたけれど、私はその理由がわからずにいた。


   ◇ ◇ ◇


(………………やってしまった)


 トリニアス王国第1王女アルヴィナ、一生の不覚。


「────ということで、本官イーリアス・クレイド・ホメロス少将は昨夜の夜会にてアルヴィナ王女殿下に求婚をご承諾いただきましたことを、ここにご報告申し上げます。
 両陛下におかれましては、可及的速やかに結婚のお許しを賜りますよう、お願い申し上げます」


 夜会翌日、王城大会議室。
 トリニアス王家、およびベネディクト王国側一行が勢揃いした場で堂々と報告するホメロス将軍。

 その求婚を、王女としてあるまじきことに酔った勢いで承知してしまった私は、その場から消えてなくなりたくてたまらなかった。


   ◇ ◇ ◇
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