リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴

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キャンプ場連続殺人事件

キャンプ場連続殺人事件19『駆引』

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 優斗は翔の声を無視して、静かに管理人室のドアを開けた。

 管理人、いや、本当は藤井誠一である男が、その部屋の中にいた。

 部屋は薄暗く、空気は張り詰めた緊張感で重かった。

 優斗は心臓が高鳴るのを感じながら、藤井の背中に向かって静かに歩み寄った。

 藤井は優斗の気配に気づいていたのか、ゆっくりと椅子を回転させ、彼に向き直った。

 その顔は驚きもなく、むしろ余裕さえ感じさせる薄笑いを浮かべていた。

「君がここに来るとは思っていたよ、竹内優斗君…」
 藤井は静かに言い、椅子に深く座り込んだ。

「藤井誠一、もう終わりだ。お前の正体はバレている」
 優斗は声を震わせずに言い放ち、ポケットからスマホを取り出した。

 スマホの画面には、7年前の本物の管理人である藤倉富洋の画像が表示されていた。

 優斗は画面を藤井に突きつける。
「これが本物の藤倉だ。お前は、藤倉になりすましていた。正体はバレているんだ。神玉川キャンプ場の管理人を装い、次々と犯行を繰り返してきた。今、ここで終わりにする。」

 藤井はその画像に目を落とすと、またしても不敵な笑みを浮かべた。
「ふむ…なるほど。やはり君は優秀だな、優斗君。だが、これはまだ終わりではない。むしろ、これからが本当のゲームだよ。」

 優斗は藤井の余裕に不安を感じながらも、拳を強く握り締めた。
「何を言っている?」

 藤井はゆっくりと立ち上がり、デスクの上に置かれたリモコンのような装置を取り出した。
「これを見てくれ」

 藤井がボタンを押すと、部屋の一角に設置されたモニターに映像が映し出された。

 モニターには、一人の若い女性が薄暗い部屋の中に囚われている様子が映っていた。

 彼女は怯えた表情で、周囲を見渡している。

 映像越しに、その恐怖が伝わってくる。

「この女性、君は彼女を助けたいだろう?」
 藤井は挑発的に言葉を続けた。

「だが、残念なことに、彼女は今、私の患者――そう、君が言うところの『コピーキャット』によって囚われている。彼に命じてあるよ。もし君が私をここで捕まえるなら、彼女を殺せとね。だが、もし私を逃がすなら、彼女を助けるように指示してやる。さあ、どうする?」

 優斗はモニターに映し出された女性の顔を見つめながら、心の中で激しい葛藤が生まれていた。

 彼女を助けなければならない――その思いが胸を締め付ける。

 しかし、目の前にいる藤井を逃がせば、さらに多くの犠牲者が出るかもしれない。

「どうした? 迷っているのか?」
 藤井は優斗の顔をじっと見つめ、静かに囁いた。

「君はここで私を捕まえるべきだと信じているのだろう? だが、その選択の代償が何かを本当に理解しているのか?」

 優斗は額に浮かぶ汗を拭き、拳を強く握り締めた。
「どうすれば…」

 心の中で揺れ動く感情が彼を追い詰めていた。
 女性を救いたい、だが、藤井を逃がすわけにはいかない。
 その二つの選択肢が、彼の判断を狂わせようとしていた。

「翔さん…どうすればいいんですか…」
 優斗はスマホを取り出し、リモートで繋がっている翔に連絡を取った。

 画面越しに翔の冷静な声が聞こえてきた。
「優斗、落ち着け。彼は君を試している。彼の言葉に惑わされるな。ここで藤井を逃せば、さらに多くの命が危険に晒されるんだ。冷静に考えろ。」

 しかし、藤井はそのやり取りを見透かしたかのように、冷静な笑みを浮かべて言った。
「笹本翔君、リモートでしか君と接触できない君の存在に気づいているよ。私のような精神科医ならすぐにわかる。君自身が、これまでどれだけ精神的に追い詰められてきたかもね。」

 翔は一瞬、言葉を詰まらせたが、冷静に返す。
「お前の言葉には乗らない。」

「本当にそうかな?」
 藤井は翔に向けて言葉を続けた。

「リモートでのやり取りだけに頼るということは、君が現実世界に触れることに恐怖を抱いているからだろう? 自分の精神的な問題から逃げているに過ぎないんだ。患者の精神を操作するのは私の得意分野だからね。君の心の弱さが見え透いている。」

「やめろ、藤井!」
 優斗は叫び、藤井に向かって一歩踏み出したが、藤井は動じなかった。

「君の相棒、翔君は、リモートでしか人を操れないということを自覚しているだろう? 君に指示を出しながらも、自ら現場に出ることができない。それは彼自身が抱える恐怖心から来ているんだ。翔君、君は自分の心の弱さに向き合えないまま、他人を助けようとしている。それこそが君の最大の欠点だ。」

 翔は画面越しに息を整えながら言った。
「俺のことはどうでもいい。優斗、今はお前の決断が大事だ。」

 優斗は揺れ動く心を抑えようとした。

 目の前の藤井を捕まえなければならない。

 だが、モニターに映る女性を見捨てることができるのか? 翔の言葉が耳元で鳴り響きながら、優斗は決断を迫られていた。

「どうする?」
 藤井は再び言った。

「私をここで捕まえれば、彼女は死ぬ。だが、私を逃がせば、君の手で彼女を救うことができる。」

 優斗の心は激しく揺れ動いた。

 どちらを選んでも、取り返しのつかない結果が待っているかもしれない。

 彼は深く息を吸い込み、決断を下さなければならない瞬間が目の前に迫っていた。


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つづく


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