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9年目 スーパー銭湯のビール(2)
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12時半ぴったりに待ち合わせて、1階の食事処に降りた。奥まったところにある掘りごたつの4人席を確保した。お冷とおしぼりを運んできてくれた店員さんが、注文は卓上のタブレットでと言った。今橋さんがタブレットの「お飲み物」のページを開いた。
「生ビールでいいですか?」
「生ビールがいいです」
「メガジョッキの設定がありますけれども」
「あー、どうせ飲むのでメガにします」
「僕もです」
今橋さんは、生ビールメガジョッキ2つ、と呟きながらタブレットを操作した。
「とりあえず先にこれだけ注文します」
巡はタブレットの横に置かれていた紙のメニューを手に取り、ページを捲った。
「さっきサウナのテレビで、肉屋のコロッケを立ち食いしててそれが、あ、コロッケあった」
「それはいい。ではとりあえずコロッケ2つ。あ、大盛りフライドポテトも行きたいんですが。揚げ物が被りますけれども。あとホッケ。スライストマト。ここまで入力済みです」
「さっぱりきゅうりとだし巻きもお願いします。あと取り皿」
「はい、取り皿」
今橋さんが注文ボタンを押した。店員さんが生ビールのメガジョッキ2つを運んできた。1人ひとつジョッキを持ち、顔の高さでぶつけ合って、乾杯と言った。今橋さんはジョッキの10分の1近いビールを、思い切り喉を鳴らして飲んだ。
「風呂上がりに勢いよく飲むビール。これに抗える風呂好きのんべえがおりますでしょうか」
「おりませんでしょうねえ」
巡も一緒になってビールを胃に流し込む。
「それでどうでしたか巡さん、万事よくととのいましたか」
「俺いまだにそのととのうっていうのぴんとこないんですよ」
「はい、以前お伺いして認識しています」
「じゃあなんでととのったか聞いてくるんですか」
今橋さんがあははと声を上げて笑った。
「いえ何となく、その、ぴんとこないんですよ、とおっしゃるところを見たくてつい」
店員さんが、スライストマトときゅうり、取り皿6枚を持ってきた。今橋さんは失礼と言って、スライストマトを自分の皿に載せ、さらにそこに、トマトの横に添えられていたマヨネーズを箸ですくってかけた。
「なんですかそれ。でも、ほんと気持ちいいのは気持ちよかったですよ。遠赤からの水風呂からの外気浴が最高に楽園」
「それはよかった。満足そうに寝ておられましたから」
「え、見てました」
「ちょうどよく見えるところに陣取っておられたじゃないですか。僕のこともご覧になっていたでしょう、明らかに」
巡は首を横に振って、気恥ずかしさを追い払った。
「今橋さんなんか今日、饒舌ですね」
「いえ、ただ、こうして一緒に歩いて、入浴して、くだらない話をしながら酒を飲める方がいるというのはつくづく恵まれているなと、ここ数年を経て特に思っているところでして」
初めて入った居酒屋で、大きな体を丸めて焼酎のお湯割りを飲んでいる今橋さんにこっそりと見惚れてから、もう10年になる。10年の間に、恋人同士になって、キスをした。片道たったの40分の距離を出歩くことができなくなったときも、画面越しに酒を酌み交わした。出会ったときには20代だったのに、気がつくと2人とも、40の坂が見え始めている。
フライドポテトと、千切りキャベツの添えられたコロッケが運ばれてきた。今橋さんはコロッケを1つ皿にとって、箸で半分に割った。割れ目から湯気が立った。
「コロッケを食べたくなるようなテレビをやっていたんですか」
「はい、街歩き系のやつ。名前がわからないんですがたぶんお笑い芸人っぽい人たちが、どこかの商店街の肉屋の店頭で今油から上がったコロッケをかじると中からチーズがびよーん」
「たまりませんねえ。また商店街探索もしたいですねえ」
「花見もあるし忙しいですね」
「ええ。あと今年はどこか旅行なんかもしませんか」
巡はふと、掘りごたつの中で脚を伸ばしてみた。つま先が今橋さんの腿に触れた。今橋さんは目を大きく開いた。
「いいですね。ひなびた温泉街か、漁港の民宿で魚三昧か、繁華街でひたすら飲み歩くか」
巡はつま先を今橋さんの脚の線に沿って下ろし、足の甲に乗せた。今橋さんの耳が赤くなった。何年傍にいて何度一緒に眠っても、この反応をやめないところが好きだ。
ホッケ開きとだし巻き卵まで食べきり、ビールをメガジョッキで2杯ずつ飲んだあと、巡はネギトロ丼貝汁セット、今橋さんは豚生姜焼き丼とミニチョコバナナパフェを頼んだ。各々丼ものを空にするまで、巡の足は今橋さんの足に乗っていた。ところが今橋さんは、ミニチョコバナナパフェに取りかかろうとスプーンを取った瞬間に、掘りごたつの中で巡の足をぱんと跳ね除けた。あれ、と巡が思っている間に今度は今橋さんの脚がこちらに伸びてきて、右の足首と左の足首とで、巡の右の足首を挟んだ。え、と巡は思ったが、え、という顔はしないように極力した。代わりに言った。
「このあとどうします」
今橋さんはパフェの真上でスプーンを止めて、ふん、と首を傾げた。
「まだお時間があるんでしたら、さっきの公園で、さすがにもう酒はまずい感じでしょうから、コーヒーでもいかがでしょうか」
「いいですね、そうしましょう」
今橋さんはパフェのてっぺんの、チョコレートソースのかかったアイスクリームを口に運んだ。巡はぬるくなったお冷をすすりながら、今橋さんの足首の温度を感じた。
「生ビールでいいですか?」
「生ビールがいいです」
「メガジョッキの設定がありますけれども」
「あー、どうせ飲むのでメガにします」
「僕もです」
今橋さんは、生ビールメガジョッキ2つ、と呟きながらタブレットを操作した。
「とりあえず先にこれだけ注文します」
巡はタブレットの横に置かれていた紙のメニューを手に取り、ページを捲った。
「さっきサウナのテレビで、肉屋のコロッケを立ち食いしててそれが、あ、コロッケあった」
「それはいい。ではとりあえずコロッケ2つ。あ、大盛りフライドポテトも行きたいんですが。揚げ物が被りますけれども。あとホッケ。スライストマト。ここまで入力済みです」
「さっぱりきゅうりとだし巻きもお願いします。あと取り皿」
「はい、取り皿」
今橋さんが注文ボタンを押した。店員さんが生ビールのメガジョッキ2つを運んできた。1人ひとつジョッキを持ち、顔の高さでぶつけ合って、乾杯と言った。今橋さんはジョッキの10分の1近いビールを、思い切り喉を鳴らして飲んだ。
「風呂上がりに勢いよく飲むビール。これに抗える風呂好きのんべえがおりますでしょうか」
「おりませんでしょうねえ」
巡も一緒になってビールを胃に流し込む。
「それでどうでしたか巡さん、万事よくととのいましたか」
「俺いまだにそのととのうっていうのぴんとこないんですよ」
「はい、以前お伺いして認識しています」
「じゃあなんでととのったか聞いてくるんですか」
今橋さんがあははと声を上げて笑った。
「いえ何となく、その、ぴんとこないんですよ、とおっしゃるところを見たくてつい」
店員さんが、スライストマトときゅうり、取り皿6枚を持ってきた。今橋さんは失礼と言って、スライストマトを自分の皿に載せ、さらにそこに、トマトの横に添えられていたマヨネーズを箸ですくってかけた。
「なんですかそれ。でも、ほんと気持ちいいのは気持ちよかったですよ。遠赤からの水風呂からの外気浴が最高に楽園」
「それはよかった。満足そうに寝ておられましたから」
「え、見てました」
「ちょうどよく見えるところに陣取っておられたじゃないですか。僕のこともご覧になっていたでしょう、明らかに」
巡は首を横に振って、気恥ずかしさを追い払った。
「今橋さんなんか今日、饒舌ですね」
「いえ、ただ、こうして一緒に歩いて、入浴して、くだらない話をしながら酒を飲める方がいるというのはつくづく恵まれているなと、ここ数年を経て特に思っているところでして」
初めて入った居酒屋で、大きな体を丸めて焼酎のお湯割りを飲んでいる今橋さんにこっそりと見惚れてから、もう10年になる。10年の間に、恋人同士になって、キスをした。片道たったの40分の距離を出歩くことができなくなったときも、画面越しに酒を酌み交わした。出会ったときには20代だったのに、気がつくと2人とも、40の坂が見え始めている。
フライドポテトと、千切りキャベツの添えられたコロッケが運ばれてきた。今橋さんはコロッケを1つ皿にとって、箸で半分に割った。割れ目から湯気が立った。
「コロッケを食べたくなるようなテレビをやっていたんですか」
「はい、街歩き系のやつ。名前がわからないんですがたぶんお笑い芸人っぽい人たちが、どこかの商店街の肉屋の店頭で今油から上がったコロッケをかじると中からチーズがびよーん」
「たまりませんねえ。また商店街探索もしたいですねえ」
「花見もあるし忙しいですね」
「ええ。あと今年はどこか旅行なんかもしませんか」
巡はふと、掘りごたつの中で脚を伸ばしてみた。つま先が今橋さんの腿に触れた。今橋さんは目を大きく開いた。
「いいですね。ひなびた温泉街か、漁港の民宿で魚三昧か、繁華街でひたすら飲み歩くか」
巡はつま先を今橋さんの脚の線に沿って下ろし、足の甲に乗せた。今橋さんの耳が赤くなった。何年傍にいて何度一緒に眠っても、この反応をやめないところが好きだ。
ホッケ開きとだし巻き卵まで食べきり、ビールをメガジョッキで2杯ずつ飲んだあと、巡はネギトロ丼貝汁セット、今橋さんは豚生姜焼き丼とミニチョコバナナパフェを頼んだ。各々丼ものを空にするまで、巡の足は今橋さんの足に乗っていた。ところが今橋さんは、ミニチョコバナナパフェに取りかかろうとスプーンを取った瞬間に、掘りごたつの中で巡の足をぱんと跳ね除けた。あれ、と巡が思っている間に今度は今橋さんの脚がこちらに伸びてきて、右の足首と左の足首とで、巡の右の足首を挟んだ。え、と巡は思ったが、え、という顔はしないように極力した。代わりに言った。
「このあとどうします」
今橋さんはパフェの真上でスプーンを止めて、ふん、と首を傾げた。
「まだお時間があるんでしたら、さっきの公園で、さすがにもう酒はまずい感じでしょうから、コーヒーでもいかがでしょうか」
「いいですね、そうしましょう」
今橋さんはパフェのてっぺんの、チョコレートソースのかかったアイスクリームを口に運んだ。巡はぬるくなったお冷をすすりながら、今橋さんの足首の温度を感じた。
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