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 呆然と午後を過ごしているうちに、隆司との約束の時間になった。
 隆司は、これまで以上に、優月に優しく接してきた。

(今は心が弱っているからかしら。隆司さんを受け入れてしまいそうになるわ)

 隆司は、食事の進みの悪い麗奈をあれこれ気遣ってくる。

「ワインを飲めば食事も進むよ」

 隆司の選んでくれたワインはアルコールに慣れていない優月にもとても飲みやすいものだった。そして、実際、お酒を飲んだことで優月の気持ちもほぐれていく。

「隆司さん、きちんと言っておくわ。私はあなたとの結婚を取りやめにしたいの」
「優月ちゃん、ごめん。俺は優月ちゃんが許してくれるまで謝り続けるつもりだ。俺は優月ちゃんのことをないがしろにしてた。俺には優月ちゃんしかいないのに」

 優月の心がぐらりと揺れそうになる。隆司でもいい、あの家から出て行くことができるのならば。

「さあ、出ようか」

 デザートも終えて、隆司に続いて立ち上がろうとして、優月はうまく立ち上がれずにいた。

(なに、これ……。これって酔っぱらってるの……?)

 意識はしっかりしているのに、足元がおぼつかない。隆司はすぐさま手を伸ばして、優月の腰を支えてきた。
 軽く腰を支えられながらレストランを出る。

「わたし、おかしいわ」
「大丈夫だよ、優月ちゃん」
「ごめんなさい」
「いいんだよ、ぜんぜん」

 エレベーターを降りると絨毯の廊下が続いている。隆司は迷いなく廊下の奥へと優月の腰を抱いて進む。

「どこいくの?」

 優月はいつもより思考が回りにくくなっていた。

「今日は優月ちゃんに優しくするつもりだよ」
「………?」
「あの日、怒る優月ちゃんを見て、俺、びっくりしちゃった。俺への嫉妬であんなに怒ったんだよね」
「え………」
「麗奈ちゃんと会わさないために縁まで切らせるなんて、俺、すごく興奮したよ」

 隆司は客室のドアの前で止まると、カードキーをかざす。
 そこにいたって、やっと隆司の考えていることがわかり、逃げようとする。しかし、トンと優月は背中を押されて部屋に押し込められた。
 隆司は優月を押してベッドに倒した。

「隆司さんっ……、いやっ!」
「いいんだよ、素直になっても」
「いやっ、やめて! 生理的にダメになったって言ったわ!」
「わかってるよ。いろいろと取り繕いたくて、ああ言ったんだよね? 嫉妬に怒り狂った姿を見られて恥ずかしいよね。でも、俺には取り繕わなくても大丈夫だよ」

 優月はぞっとした。
 そのときになってはじめて優月は恐怖を感じた。

(話が通じる相手ではないんだわ)

 優月が暴れるも、隆司は手を緩めない。

「いやっ……、やめてっ……」
「わかってる、わかってるよ」
「いやなの、本当にいやなのっ」
「もうそろそろ暴れるのやめてくれないかな。優しくできないでしょ、ああ、それとも乱暴にしてほしいのかな」
 
 隆司はそう言うと、ぐいっと優月の胸を押さえつけた。

(い、いやっ)

 サイドテーブルに手を伸ばし、掴んだものを隆司の頭に振り下ろした。
 ごん、と鈍い音がして、隆司の手が緩んだ。
 その隙に隆司の下から逃げて、バッグを持って部屋を飛び出た。
 背後から、「優月ちゃん、待って」との隆司の声が聞こえて来る。
 ふらつく足で、必死にエレベーターを目指す。
 エレベーターまで何とかたどり着くも、廊下の角から、隆司の姿が見えた。

「優月ちゃん、恥ずかしがらなくてもいいんだよ」

(早く、早くエレベーター、来て)

 エレベーターのボタンを押すも、隆司はすぐに追いついてきた。手首をつかまれて引っ張られる。

「いや……っ、はなして……」
「優月ちゃん、俺には素直になっていいんだよ」

 力敵わず、優月は引きずられる。

(ああ、もうだめ……)

 そのとき、声が聞こえてきた。

「何をやってる? 嫌がってるように見えるが」

 エレベーターの方からだ。到着したエレベーターに男性客が乗っていたらしい。
 優月は見知らぬ相手に助けを求めた。

「た、たすけて……!」

 隆司は高圧的な声を放った。

「この女は俺の婚約者だ! 部外者はすっこんでろ!」

 しかし、男性はエレベーターから出てきて、優月を引きずっていこうとする隆司の腕を捻り上げた。
 優月から隆司の腕が外れた。優月は飛びのくようにして、男性の背中に隠れた。

「貴様!」

 隆司は男性に殴りかかるも、男性は優月をかばいながら避ける。勢い込んだ隆司は絨毯に転がった。
 優月と男性はその隙にエレベーターに乗り込んだ。
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