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 高遠優月ゆづきは、自宅の応接間の入り口で足を止めた。

 どうして、麗奈が私のウェディングドレスを着ているの――――?

 ウェディングドレスは今日届くことになっていた。そのため、優月は短大から急いで帰ってきた。
 なのに、異母妹、麗奈がそのウェディングドレスを着ている。
 中から声が聞こえてくる。

「まあ、素敵ですわ、麗奈さま、よくお似合いです」
「まるで、麗奈さまのためにあつらえたドレスのよう」
 
 使用人の声だ。続いて聞こえてくるのは、麗奈の舌ったらずな声。

「麗奈にそんなに似合うかしら? 優月の方が似合うと思うけど」
「優月さまにはお似合いになりませんわ」
「優月さまは麗奈さまのように可愛らしくはありませんもの」

 麗奈は小柄で顔も可愛らしい。一方、優月は全体的に地味だ。
 確かに麗奈はウェディングドレスを着こなしているように見える。けれども、どれだけ麗奈が着こなそうと、それは優月のドレスだ。勝手に麗奈が着ていいものではない。

(私のドレスを勝手に着るなんて、いくらなんでもひどいわ……!)

「ねえ、隆司さんはどうぉ? 麗奈より、優月のほうがよく似合うわよねぇ?」

 優月は目を見張る。隆司は優月の婚約者だ。

(まさか、隆司さんもいるの?)

 父親の決めた相手だが、いつも優月を大切にしてくれており、ドレス選びにも毎回のように付き合ってくれた。どんなデザインでも似合うと言ってくれながらも、真剣な顔で意見を添えてくれた。

(隆司さんは、可愛らしいデザインも私に似合うといってくれた。生地だって柔らかいシフォンの素材が私によく似合うって)
 
 優月からはその姿は見えないが、隆司の声が聞こえてきた。

「麗奈ちゃん、それは優月ちゃんのだよ」

 それを聞いて、優月の怒りは爆発寸前で治まった。しかし、続く言葉に優月は耳を疑う。

「でも、麗奈ちゃんの方が似合うよね。優月ちゃんはあのとおり地味だから」

 そのとき、姿見越しに麗奈と目が合った。麗奈は優月に向けて、くすっと笑った。
 優月からサーッと血の気が引いた。
 麗奈は弾んだ声で言った。

「隆司さんまでそんなことを言ったら怒るわよぉ」
「ふふ、麗奈ちゃんは怒っても可愛いだけだよ」

 優月の握った手はぶるぶると震えてくる。

(隆司さんまで私をないがしろにするの?)

 そのとき、優月の後ろからスリッパの音が聞こえてきた。声をかけてきたのは、麗奈の母親、美智子だ。

「あら、優月、帰ってたの」

 美智子の声に、麗奈が入り口を向いた。

「優月、入っていらっしゃいよぉ。ドレスが届いてるわよぉ」

 麗奈は今、優月に気づいたような顔で言った。その顔に何ら悪びれるものはない。
 優月はそこから逃げ出したくなるも、足は固まったように動かない。
 そんな優月に麗奈が声をかけてくる。

「このドレス、良いデザインね。どう、私にも似合うかしら?」
「………っ、それっ、私のドレスっ……」

 優月は声を絞り出した。

「ね、優月も着てみない? きっと優月のほうが似合うわ」
「か……、勝手に着るなんて……、ひ、ひどいわ……」

 怒りのあまり声が出にくい。
 麗奈はきょとんとした顔をする。

「ちょっと着ただけよぉ?」
「それ……っ、私のドレスよ」

 よろよろと優月は麗奈に向かった。

「わ、私のドレス、どうして勝手に着たの?」
「きれいなドレスがあったら、着てみたくなっちゃうじゃない?」


 麗奈はこともなげに言った。
 麗奈には丈が長いらしく、ドレスの裾を踏みつけているのがわかる。
 優月は、怒りのために目の前が真っ赤に染まりそうだ。
 
「私のウェディングドレスよ、ひ、ひどいわっ」
「もしかして怒ったのぉ?」

(怒らないとでも思ったの? どこまで馬鹿にしてるの?)

 優月は使用人を見た。

「ど、どうして、だれも止めなかったの……?」

 使用人たちは優月から目を逸らす。
 次に隆司を見る。

「隆司さん、どうして、麗奈を止めなかったの?」

 隆司は気まずそうな顔で言い訳する。

「麗奈ちゃんは、優月ちゃんの妹だし」

 美智子の声が上がった。

「この子ったら、これくらいのことで拗ねちゃって。盗られたわけでもないのに、そんなに騒がないでちょうだい」
「盗ったも同じだわ……!」

 もう優月はそのドレスを着たいとも思えなくなっていた。ドレスもドレス選びの楽しい思い出も無残に奪われたと感じる。
 美智子が優月を見た。その目がとがっている。

「優月、妹を泥棒扱いするの? 妹に謝りなさい」
「ど、どうして? どうして私が謝らないといけないの? 謝るのは麗奈でしょ! ひ、ひどいことをしたのは麗奈でしょ、私のウェディングドレスよ? 誰も止めないで、みんなで私のことを馬鹿にして……! ひどいことをされたのは私よ!」

 そこに、美智子の手が伸びてきたかと思えば、耳元で破裂音がした。美智子が優月の頬をぶったのだ。

「悪気があったわけじゃないでしょ。あなたはどうしてそんなに自分勝手で我が儘なのよ!」

 優月は頬を片手で抑えて、美智子を見返した。
 美智子はぶつのが当然とばかりに優月を見据えている。

(どうして私が自分勝手で我が儘ってことになるの……?)

 優月は美智子を見返した。

「謝るのは私じゃないわ!」

 優月はそう叫ぶと、自分の部屋へ向かった。
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