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触り心地の良い体2

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エレーヌが跳び起きようとすると、ゲルハルトは目を開けて、離れようとするエレーヌを腕で囲い込んできた。笑い声をあげる。

「アハハハッ、エレーヌ、#######」

エレーヌは触っていたことを知られて、恥ずかしくなった。

ひとしきり笑い終えると、ゲルハルトは挨拶をしてきた。

「エレーヌ、オハヨウ」

そして、エレーヌを目を細めて見つめてきた。

「エレーヌ、キレイ」

(キレイ? 今、私を褒めたの? こんな寝起きなのに?)

「エレーヌ、#######、#######」

どうやら、好き放題に触ったことを咎めており、そのかわりに今度は俺に触らせろ、とでも言っているようだ。片手でエレーヌの腰を抱き、もう片手でエレーヌの頭や顔を撫でてくる。

エレーヌの髪を手に取ると、その髪にキスをしてきた。片言のブルガン語で言ってくる。

「エレーヌ、スキ、タイセツ。ワタシ、エレーヌ、コワイ、シナイ」

昨日よりも随分と語彙が増えている。

どうやらブルガン語を習っているらしいが、エレーヌには、どうしてそこまでゲルハルトがするのか、さっぱりわからなかった。

(私にラクア語を習わせないのに、どうしてそんなことをするのかしら?)

それを思えば腹立たしくなる。

しかしながら、ゲルハルトの台詞は、エレーヌを大切に思っていることを伝えるもので、エレーヌは少々混乱した。

ゲルハルトは、髪にキスした後、エレーヌのあごを持ち上げた。そのまま、ゲルハルトの顔が近づいてくる。

(なに? 何をされるの?)

エレーヌが思わずゲルハルトの顔を避けると、ゲルハルトの唇は頬に落ちてきた。チュ、とエレーヌの頬にキスをすると、ゲルハルトは起き上がった。

ゲルハルトは、ベッドから降りて、ガウンを着た。エレーヌを見て、笑いかけてくるも、その顔には、一抹の寂しさが見え隠れしていた。

(キスを避けたから、寂しそうな顔をしているのかしら)

「エレーヌ、ゴハン、タベル、イヤ?」

ゲルハルトがエレーヌを気遣っていることをありありと感じる。

(いや、と言えば、もしかしたら、もっと寂しそうな顔になるのかしら)

「いいわ、一緒に、仲良く、食べましょう」

ゲルハルトは途端に破顔して、驚いたことにエレーヌを抱き上げた。

「きゃあ」

バランスを崩して、エレーヌはゲルハルトの首に抱き着いた。

「ワタシ、ウレシイ。ナカヨク、ウレシイ」

(変な人。私とご飯を一緒に食べるのがそんなに嬉しいの? 愛する人がいるのに? 追い出すつもりなのに?)

エレーヌは訳が分からなかった。

(王様って、本当に勝手気ままなんだわ)

ゲルハルトは、エレーヌを抱いたまま呼び鈴を鳴らした。

ディミーとハンナが入ってきた。物音でもう目覚めているのを知り待機していたのか、すぐに飛び込んできた。

エレーヌがゲルハルトに抱きあげられているのを見て、ハンナは「まあ!」と顔じゅうを喜びでいっぱいにしたが、ディミーは恨めし気に見つめてきた。

***

太后カトリーナは自分の部屋でハンカチを広げて眺めていた。

エレーヌからもらったものだ。刺繍が丁寧に施されている。

(刺繍からは、根気強さと丁寧さは伝わってくるのだけれど)

エレーヌのことを思えば、忌々しさと腹立ちとが込み上げる。

(ブルガンの王女は、本当にいやな娘だこと)

侍女頭からの知らせによれば、エレーヌは、初夜に夫婦の寝室から逃げ出し、その後、ずっと妻の寝室で寝ているという。

部屋からも出てこず、社交にも応じない無礼すぎる王女。

(まだ若く、文化も違うのだからと大目に見てきたけど、晩餐会のときのあの態度。随分と非礼だったわ。腹が立ってしようがないわ)

カトリーナはハンカチに爪を立てた。そして、ビリビリと引き裂こうとしてやめた。

余りに丁寧に施された刺繍を破るのは忍びなかった。

そこへ侍女頭がやってきた。

「一昨晩から、陛下は王妃の寝室にお渡りのようです。昨日は朝食を一緒に食べたらしく、今朝も一緒に食べるようでございますわ」

「夫婦になったのかしら」

「まだのようでございますが、ゲルハルトさまもエレーヌさまも、少しずつ歩み寄られているようでございます」

「あら、そう」

(ゲルハルトもよく頑張るわね、あんな王女のために)

カトリーナは刺繍のハンカチを、丁寧に畳んだ。
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