どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲

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みすぼらしく貧相な王女2

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惨めな晩餐会を過ごした夜、エレーヌは早々に床に就いた。もう何も考えたくなかった。

ベッドでうとうとし始めたところへ、ドアの開く音があった。

(ハンナがお水でも取り換えに来てくれたのかしら………?)

しかし、ギシとベッドがきしんで、エレーヌは身をこわばらせた。きしんだ音は到底ハンナの立てた音ではない。もっと大きくて重い体が立てた音だ。

(だ、だれっ……?)

エレーヌはいっぺんに目が覚めた。けれども身動きもできずに、体を強張らせていた。

「エレーヌ」

その声はゲルハルトのものだった。

初夜からずっと、エレーヌは、自分の寝室で寝ている。ゲルハルトも妻の寝室に来ることはなかった。

(どうして、ゲルハルトさまが?)

「エレーヌ」

ゲルハルトは、そのまま、ベッドにあがったらしく、スプリングが揺れる。

(どうしよう、どうすればいいの)

エレーヌはじっと固まっていたが、ゲルハルトはエレーヌの隣に横になったまま、何かをしてくるわけではなさそうだった。

(どうしよう。寝たふりするしかないわ。いびきでもかこうかしら)

エレーヌが必死でいびきをかくふりをしているうちに、ゲルハルトからも寝息が聞こえてきた。

(寝、寝たの……? ここで……? ここ、私のベッドよ?)

エレーヌはスプリングを揺らさないようにゆっくりとベッドの端によって、ゲルハルトから精一杯離れた。そしてじっとしていた。

***

エレーヌは、夢を見た。

《みすぼらしくて貧相な王女》とあざ笑わってこられるが、あざ笑ってくるのが全員マカロンだったので、少しも怖くはなかった。

目が覚めるとエレーヌはベッドの真ん中で大の字になっていた。

(あのマカロン、食べてやればよかったわ。次に夢に出てきたときには全員、食べてやるんだから)

そのとき、視界の隅で何かがガサッと動いて、跳ね起きる。

(きゃっ、何かいる!)

見ればゲルハルトがベッドの隅で小さくなって眠っていた。

(あら、私がベッドを占領してたのね。でも、このベッドは私のベッドだもの、仕方ないわよね)

ベッドの揺れでゲルハルトも目が覚めたのか、パチッと目を開けた。エレーヌと目が合うと、にこっと笑いかけてきた。

「エレーヌ、オハヨウ」

ゲルハルトはブルガン語で言ってきた。

(何よ、私にラクア語を学ぶのは許してくれないくせに、自分はブルガン語を使うの?)

対抗心が湧いたエレーヌは、知っているラクア語をつなげて言ってみた。

「マカロン、オイシイ。アリガトウ」

ゲルハルトは目を見開き、起き上がった。

「エレーヌ」

ゲルハルトは感激したような目を向けてきて、がばっとエレーヌに抱き着いてきた。

(え、な、なに?)

大きな体に包まれて、エレーヌは身動きができなかった。

ゲルハルトは体を離すと、エレーヌを見つめて言ってきた。

「エレーヌ、ワタシ、ナカヨク」

エレーヌは目を見張った。すべてブルガン語だ。難解だとされるブルガン語をわざわざ習ったのだろうか。

(仲良く? あなたには愛する人がいるんでしょう? 今更、どういうつもり?)

だが、ゲルハルトの顔はからかっているようにも、冗談を言っているように見えなかった。

昨日、《みすぼらしく貧相な王女》と言われたこととの落差に違和感を覚えたが、エレーヌはうなずいていた。

何しろ相手は国王だ。エレーヌの立場はひたすら弱い。

「ええ、では、仲良くしましょう、ゲルハルトさま。私がここを追い出されるまでは優しくしてくれますか?」

全体の意味が伝わらずとも、《仲良く》の言葉を聞き取ったらしいゲルハルトは、黒目に喜びを浮かべて、うんうん、とうなずいた。

「ナカヨク、ナカヨク」

嬉しそうに言う。

そのとき、エレーヌの目に衝撃的なものが飛び込んできた。

シーツがはだければ、ゲルハルトは何も身に着けていなかった。
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