御曹司の執着愛

文野多咲

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異母妹の欲望

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麗奈は結婚するときに戸籍を取って初めて、自分の本籍地と、異母姉の存在を知った。

結婚生活が三か月で終わったあと、ふと、本籍地のことを思い出した。

(ここって、新幹線の止まる駅じゃん)

そこは麗奈の住んでいる県で一番の都会だ。出向いてみれば、手芸店があった。

(パパったら、手芸店で育ったの? 似っ合わないわー。やくざの中ボスみたいな人だったのに)

店に入れば地味な女がいた。

(もしかして、これが異母姉? やめてよ、こんなしょぼい人)

女と常連客との会話で、女の祖母がつい半月ほど前に亡くなったことがわかった。「店を継いで頑張れ」などと女は励まされている。

(それって、パパのお母さんよね。私のおばあちゃんってこと?)

麗奈は店を見回した。

(この店、おばあちゃんの店ってことよね。全部、あの女のものになんの? おばあちゃんの預金とかも? ちょっと待って、それって、パパのものになるんじゃないの? パパ、どこにいるかわかんないけどさ)

麗奈はもう数年、父親の姿を見ていない。

麗奈は小さいときは埼玉に住んでいた。父親は大きな自動車に乗り、母親はいつもきれいな格好をしていた。けれども、小学生のときに今住んでいる田舎町に引っ越し、父親は酒浸りになり、母親は夜の仕事を始めた。

のちに父親が借金に追われて夜逃げしたのだとわかったが、そんな《クソ親父》も麗奈が高校のときにどこかに出かけたきり帰ってこない。

(自営って税金払わないで貯めこんでるんでしょ。おばあちゃんも貯めこんでんじゃないの?)

勤め先のキャバクラに、弁護士の客がいた。

「ねえ先生、教えてよぉ」

「何だい、麗奈ちゃん」

訊けば、父親が失踪宣告を受ければ、麗奈と夏が相続人になると言う。

(麗奈ももらえるんじゃない、ラッキー。おばあちゃん、いくら貯め込んでんだろ)

弁護士を伴って店に出向いて、異母妹だと告げると、夏は驚いた顔をしていた。

夏は、遺産のことなど思いもつかなかったような顔をしていたが、大人しく通帳を出してきた。

夏は、弁護士の言いなりに、預金をすべて麗奈に差し出しても、店が残ったことを喜んでいた。

(まんまと預金を取られたのに、この女、馬鹿なのかな)

夏は、作業台に祖母のものだという着物や装飾品を広げて見せてきた。

「おばあちゃんのよ、形見に持っていって」

涙ぐんで言う。

(メソメソすんなよ、だるい。第一、知らない人のものなんか欲しくないわよ、キモい)

しかし、金になりそうな貴金属類は全部もらっていくことにした。売れば10万になった。

(結構いいもの持ってんじゃん、おばあちゃん)

それからしばらく経って、麗奈は思った。

(おばあちゃん、他にも遺産があったんじゃないの? だからあの女、気前よく預金を寄越したんじゃないの?)

そう思えば腹が立ってしようがなかった。

麗奈は、実家の玄関に置きっぱなしの父親のキーホルダーを手に取った。

それに数本の鍵の中に、手芸店のものもあるのではないかと思いついた。

手芸店に行けば、ガラス戸の中の電気は点いておらず、貼り紙があった。

《すぐに戻ります》

麗奈は中に入ることにした。

キーホルダーの鍵で、案の定、ガラス戸は開いた。

(相変わらず、しょぼいな)

捨てたほうがマシに見えるようなものしかなかった。

二階への上り口で、ヒールを脱ぐことなど思いもつかずに上がり込んだ。

上がって、その古さに呆れた。

(ぼろっ)

そして、物がない。

(貧乏くさっ。必死で貯め込んでんのかな)

仏壇に目をつけると引き出しを開けた。中に封筒があった。覗けば紙幣が入っていた。

(ちょろっ。うわ、結構入ってる。支払いか何かかな。タイミングが良かったわ、ラッキー)

階段を降りたところで、夏が帰ってきた。

土足で上がったことに怒っているようだった。

(だるっ、どうせ古いんだし、ちょっとくらい、いいじゃん)

棚を漁っていると、面白いものを見つけた。

エルメスのベアンを真似た財布だ。

(うわっ、笑える。この女、ベアンとか知ってたんだ)

夏に自分の持っている《本物の》ベアンを見せるために買ってみたものの、駅の途中までにあるコンビニのゴミ箱に捨てた。

コンビニのトイレで封筒を出して、枚数を数えてみると60万あった。

(ラッキー。明日も漁りに行くか)

その夜は奮発してホテルに泊まった。翌日、店に行ってみると、定休日だった。

鍵を回して入る。

今度は、ちゃんとヒールを脱いだ。

畳の部屋のドレッサーの引き出しを開けると、空き缶が出てきた。

(ばばあって、空き缶に大事なものを仕舞ってるよね)

期待して開けてみると、ハンカチに包まれた男物の腕時計に、小さいゴミが二つ、入っているだけだった。

(あいつ、男、いんの? ハンカチに包んじゃってさ。何かムカつく)

腕時計をバッグに入れた。

他には文房具やら髪留めやら、ゴミしかなかった。

店に降りて、陳列棚を物色していたところへ、夏が帰ってきた。

「60万、返して」

夏はしつこく言ってきた。

(うわ、だるっ)

夏は、麗奈のバッグを奪ったので、背中を思いっきり蹴ってやった。

夏は惨めったらしく床に両手両膝をついていた。

(ざまあみろ)

ガムを吐き出して丁寧に髪に塗り込んでやった。

***

麗奈は腕時計をスマホで撮って、チャットAIに価格を訊いてみた。すると、予期せぬ答えが出てきた。

(は? 2000万? 腕時計の値段じゃないでしょ、これ)

心臓がばくばくしてきた。

近所の買い取り店に持っていくと30万だった。

(チャットAI、まだまだだわ)

気が抜けるも、夏にムカついた。

地味でみすぼらしい女。それが麗奈の夏への印象だ。男にしても貧相な男くらいしか寄ってこないはずだ。

(中古でも30万で売れる腕時計をした男があの女のそばにいるってこと? あー、麗奈、腹立ってきた)

夏の背中を、もっと蹴りつけてやればよかったと後悔した。

(来週あたり、また、あいつんちに行ってみるか)

***

麗奈は再びスズラン商店街にやってきた。

(それにしても何で建物がなくなってんの? ここ、消滅すんの?)

入り口付近の建物がほぼなくなっていることには気づいていた。

(あの女も消滅しねえかな)

麗奈は異母姉が自分よりも良い思いをしていると思うだけで、腹が立ってしようがない。

(あいつ、貯め込んだ金、男につぎ込んでんだろ。金でもねえと、地味女に男は寄り付きもしないでしょ)

ガラス戸は父親の鍵では開かなくなっていた。

(だるっ。鍵を交換しやがって)

腹が立って気が収まらない。

手芸店の斜め前の居酒屋で、夏を待つことにした。

今度こそ、「遺産隠し」を追求してやるつもりだった。

一人飲みの間、声をかけてきたのが中年の男ばっかりで、そのことにも苛立った。

そこへ、夏が帰ってきた。男と一緒だった。しかも、男の方は一見して上等な男だとわかった。

(あいつ、あんな高級そうな男と付き合ってんのかよ、クソがっ)

麗奈の苛立ちは頂点に達した。

店を出れば二人は何かを言い合っているように感じた。

(あの女、捨てられんのか、ざまあみろ)

麗奈は、自販機に身を隠して、二人の会話をこっそり盗み聞く。

――夏さん。3000万だ、よく考えろ。

(はへ? 3000万?!)

店の周囲が更地になっている理由に察しが付く。

(ここになんか建つの? もしかして店を買い取るとかそういう話?)

とりあえず、高級な男が夏の彼氏とかそういう相手ではないことがわかったのは良かった。

夏は男を拒絶するように、店に入った。

(あいつ、もしかして、3000万を断ったの? まさかね)

麗奈は男の素性を確認したかったが、自販機の後ろで呆然としている間に、男はいなくなっていた。

ふつふつと麗奈に腹立ちが込み上げてきた。

(悔しい。不公平だわ。麗奈は800万しかもらえなかったのに、あの女は3000万も入んの? もしかして、あいつ、全部わかってて、店を取ったんじゃないの。畜生、麗奈、騙された! あの女に、騙された!)

***

麗奈は弁護士に電話した。

「ねえ、先生、どうにかならないのぉ?」

久子の相続のときに面倒を見てもらった客だ。

「先生、何とかしてよ。あの店、3000万で売れるのよ。麗奈、800万しかもらってないのに、不公平だわ。先生が、あの家を800万ってことにしたのよ。だから、麗奈も我慢したんじゃないの」

『あれは、預金に店の価格を合わせたんだからね。それに800万でも高いよ、もう価値がないも同然だったし』

「姉が店が欲しいっていうから、麗奈は我慢して預金の方を取ったのに。こんなの詐欺だわ。今から何とかできないの?」

『もう遺産分割が終わったからねえ。お姉さんに頭を下げて、やり直しに応じてもらうしかないだろうねえ』

(何よ、役立たず)

夏に頭を下げるのはまっぴらだ。

(許せない、絶対に許せない。詐欺られた! あの女、絶対に許さないから!)

麗奈は爪先を噛んだ。
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