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第三部
殺人
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あれは確かにあの男だった。
健次郎は家に戻ってきて自室に閉じこもると、
椅子に座ったまま動けなかった。
あの団地で姿を見たのは一瞬だったが、
俺があの男を見間違うはずがない。
だが、半年前に死んでいるはずだ。
俺が………俺が轢き殺したんだからな…
道路わきに吹っ飛んだあの男を、
俺は足で蹴り上げて確認もした。
だとしたら………あれは…幽霊………?
まさかな………
健次郎は乾いた声で笑った。
半年前――――――――
本橋に呼ばれた吉沢はすぐに戻ってくると、
【少年を殺した】という言葉に、
その足で入院する大沢の病院へと向かった。
病室へは吉沢のみ面会が許され、
健次郎と本橋は事務所で待機させられていた。
この時は中央の開発事業で、
多くの場所にビルが立ち並び始めていた。
だが、この開発が再び、
結界の崩壊を招くことにつながり、
大沢と吉沢は生贄の選定をしている最中だった。
だが、健次郎の起こした殺人により、
儀式を不完全に早めることになってしまう。
大沢帝国の手始めにできた国家特殊災害大臣。
これこそ国を守るための特殊任務であり、
選ばれた人間は誰も裏切りは、
許されないものとなっていた。
国の後始末も、
全て国家特殊災害室が請け負っているため、
この国は大沢を裏切ることはできない。
沈静化したと言われた大災害の年に、
元女性アイドルが初の大臣として、
マスコミに登場した。
政府特殊災害対策大臣は国のトップですら、
口をはさめないお人形ポスト。
大臣であって大臣ではない。
なのでマスコミ受けのいいお飾り大臣が、
指名される不文律となっている。
現在は人気タレントだった菅野美香子が、
大臣として起用されていた。
実際、統括するのは、
政府特殊災害対策室室長である吉沢なので、
大臣は誰でもいいわけである。
いずれは世界をも、
手中にしようと目論んでいた大沢にとって、
小さな躓きはあってはならないことだった。
この術を使った儀式は成功さえすれば、
どんなものでも思いのままに動かせる。
それは十七年前の儀式で証明されている。
あれだけの災害が一瞬にしておさまったのである。
大沢は父親が死ぬ間際に言った、
「あれは大沢家が見つけた……誰にも渡してはならん。
私の書斎の……に…ある…
この国を……引いては世界をも…操れるかもしれん」
この言葉を信じ、書斎をくまなく探した。
そして見つけた極秘文書。
生贄の術。
儀式。
贄の選出。
科学の時代にこんなことを、
本当に行っていたんだろうか。
最初は半信半疑だった大沢だったが、
古来より行われてきた儀式が事細かに書かれており、
その場所も示されていた。
それを吉沢に調査させたことで、
知りえた情報。
それが大沢の祖父もまた、
戦後爆撃で崩れたこの国を、
儀式によって鎮めているという事実。
大沢は震える手で、
書類を人目に触れない金庫へと隠した。
そしてこの国最大の大災害が起こったあの年。
大混乱する国を見捨てずに最後まで戦う事で、
国民を操ろうと考えたのである。
大沢には極秘文書がある。
今こそあの儀式を試行する千載一遇のチャンス。
大沢は吉沢と部下数人を連れて、
大規模な儀式を行った。
あの時は残っている国民から、
適当に選出したものを人柱にした。
大規模な災害には、
中央に四十人以上と記載されていたが、
時間もなく災害で動けなくなっているものを、
さらっていった。
「苦しまないように一発で仕留めろ」
吉沢は部下に命令すると、
子供老人を含む二十人を銃殺。
死体を儀式に則り、結界場所に埋めた。
生き埋めだと怨みが強く残り、
厄災が地上にあふれ出るとされていたので、
新鮮な血をささげる為、
殺害後結界場所に埋め経を唱えた。
その裏で、
大沢が緊急放送を世界に向け発信。
災害を鎮めるための祈願を、
全国の寺院で同時に見せるパーフォーマンスを行った。
世界が見守る中、
数時間後、
国中を覆っていた黒い影は消え、
空は晴れ、地は静まり、川は穏やかに、噴火も静まり、
世界中で神秘の国と広まっていった。
大沢は最後まで逃げなかった政治家として、
いつしか時の人となり、
知らぬ間に災害を収めた救世主と言われるようになっていた。
ここから大沢帝国の時代が幕を開けたのである。
安達殺害後、
健次郎と本橋は蚊帳の外で、
あの死体の処理と、
目撃者の始末は政府特殊災害対策室が、
全て闇に葬った。
だが、目撃者の一人は始末したものの、
もう一人の処分が保留状態。
健次郎にとって、
それは恐怖となって広がっていった。
吉沢は時期を見ていたのだが、
健次郎がその怖気から、
政府特殊災害対策室は、
要らぬ裏仕事をさせられることとなる。
――――――――
健次郎から連絡を受けた吉沢が、
急ぎ駆け付けると、
自室で机に顔を伏せる姿があった。
吉沢はその気概がない様子に拳を握りしめた。
健次郎はトップの器ではない。
それでもこれを担ぎ上げなければならない現状を、
吉沢は危惧していた。
吉沢が声をかけると、
健次郎がつぶやく言葉を繰り返した。
「彼が生きている? 」
健次郎はおびえるような表情で顔を上げた。
「……俺は今日奴を見たんだ。確かにあいつだった」
「……幽霊でも見たんですか? 」
「違う………確かに俺が殺した!! 奴を轢き殺した!!
なのにあいつが………俺を笑って見ていたんだ………」
健次郎は吉沢のシャツを両手で掴むと、
恐怖にひきつる顔で見上げた。
「そんなはずあるわけないでしょう。
しっかりしてください!! 」
吉沢は健次郎の手をつかんで離すと、
見下ろした。
「考えてもみてください。
あなたが殺害した後始末を、
我々が処理しているんです。
彼は確かに死んでいました。
私が確認したのですから間違いありません」
吉沢の声に、
「……そ、そうだよな……」
「当たり前でしょう。他人の空似です」
「…………」
一度キレると手が付けられないのに、
気が小さい。
この先も彼を支える人材を確保しなければ、
大沢先生亡き今、
我々の乗った船は沈没してしまう。
「これくらいのことで騒ぐなら、
もう二度と人殺しはなさらないように。
あなたは副大臣として、
菅野大臣についていればいいんです。
あなたがしなければいけないことは、
それ以上でもそれ以下でもありません」
「……………分かった………」
健次郎はその強い叱責に、
ただ呟くだけだった。
健次郎は家に戻ってきて自室に閉じこもると、
椅子に座ったまま動けなかった。
あの団地で姿を見たのは一瞬だったが、
俺があの男を見間違うはずがない。
だが、半年前に死んでいるはずだ。
俺が………俺が轢き殺したんだからな…
道路わきに吹っ飛んだあの男を、
俺は足で蹴り上げて確認もした。
だとしたら………あれは…幽霊………?
まさかな………
健次郎は乾いた声で笑った。
半年前――――――――
本橋に呼ばれた吉沢はすぐに戻ってくると、
【少年を殺した】という言葉に、
その足で入院する大沢の病院へと向かった。
病室へは吉沢のみ面会が許され、
健次郎と本橋は事務所で待機させられていた。
この時は中央の開発事業で、
多くの場所にビルが立ち並び始めていた。
だが、この開発が再び、
結界の崩壊を招くことにつながり、
大沢と吉沢は生贄の選定をしている最中だった。
だが、健次郎の起こした殺人により、
儀式を不完全に早めることになってしまう。
大沢帝国の手始めにできた国家特殊災害大臣。
これこそ国を守るための特殊任務であり、
選ばれた人間は誰も裏切りは、
許されないものとなっていた。
国の後始末も、
全て国家特殊災害室が請け負っているため、
この国は大沢を裏切ることはできない。
沈静化したと言われた大災害の年に、
元女性アイドルが初の大臣として、
マスコミに登場した。
政府特殊災害対策大臣は国のトップですら、
口をはさめないお人形ポスト。
大臣であって大臣ではない。
なのでマスコミ受けのいいお飾り大臣が、
指名される不文律となっている。
現在は人気タレントだった菅野美香子が、
大臣として起用されていた。
実際、統括するのは、
政府特殊災害対策室室長である吉沢なので、
大臣は誰でもいいわけである。
いずれは世界をも、
手中にしようと目論んでいた大沢にとって、
小さな躓きはあってはならないことだった。
この術を使った儀式は成功さえすれば、
どんなものでも思いのままに動かせる。
それは十七年前の儀式で証明されている。
あれだけの災害が一瞬にしておさまったのである。
大沢は父親が死ぬ間際に言った、
「あれは大沢家が見つけた……誰にも渡してはならん。
私の書斎の……に…ある…
この国を……引いては世界をも…操れるかもしれん」
この言葉を信じ、書斎をくまなく探した。
そして見つけた極秘文書。
生贄の術。
儀式。
贄の選出。
科学の時代にこんなことを、
本当に行っていたんだろうか。
最初は半信半疑だった大沢だったが、
古来より行われてきた儀式が事細かに書かれており、
その場所も示されていた。
それを吉沢に調査させたことで、
知りえた情報。
それが大沢の祖父もまた、
戦後爆撃で崩れたこの国を、
儀式によって鎮めているという事実。
大沢は震える手で、
書類を人目に触れない金庫へと隠した。
そしてこの国最大の大災害が起こったあの年。
大混乱する国を見捨てずに最後まで戦う事で、
国民を操ろうと考えたのである。
大沢には極秘文書がある。
今こそあの儀式を試行する千載一遇のチャンス。
大沢は吉沢と部下数人を連れて、
大規模な儀式を行った。
あの時は残っている国民から、
適当に選出したものを人柱にした。
大規模な災害には、
中央に四十人以上と記載されていたが、
時間もなく災害で動けなくなっているものを、
さらっていった。
「苦しまないように一発で仕留めろ」
吉沢は部下に命令すると、
子供老人を含む二十人を銃殺。
死体を儀式に則り、結界場所に埋めた。
生き埋めだと怨みが強く残り、
厄災が地上にあふれ出るとされていたので、
新鮮な血をささげる為、
殺害後結界場所に埋め経を唱えた。
その裏で、
大沢が緊急放送を世界に向け発信。
災害を鎮めるための祈願を、
全国の寺院で同時に見せるパーフォーマンスを行った。
世界が見守る中、
数時間後、
国中を覆っていた黒い影は消え、
空は晴れ、地は静まり、川は穏やかに、噴火も静まり、
世界中で神秘の国と広まっていった。
大沢は最後まで逃げなかった政治家として、
いつしか時の人となり、
知らぬ間に災害を収めた救世主と言われるようになっていた。
ここから大沢帝国の時代が幕を開けたのである。
安達殺害後、
健次郎と本橋は蚊帳の外で、
あの死体の処理と、
目撃者の始末は政府特殊災害対策室が、
全て闇に葬った。
だが、目撃者の一人は始末したものの、
もう一人の処分が保留状態。
健次郎にとって、
それは恐怖となって広がっていった。
吉沢は時期を見ていたのだが、
健次郎がその怖気から、
政府特殊災害対策室は、
要らぬ裏仕事をさせられることとなる。
――――――――
健次郎から連絡を受けた吉沢が、
急ぎ駆け付けると、
自室で机に顔を伏せる姿があった。
吉沢はその気概がない様子に拳を握りしめた。
健次郎はトップの器ではない。
それでもこれを担ぎ上げなければならない現状を、
吉沢は危惧していた。
吉沢が声をかけると、
健次郎がつぶやく言葉を繰り返した。
「彼が生きている? 」
健次郎はおびえるような表情で顔を上げた。
「……俺は今日奴を見たんだ。確かにあいつだった」
「……幽霊でも見たんですか? 」
「違う………確かに俺が殺した!! 奴を轢き殺した!!
なのにあいつが………俺を笑って見ていたんだ………」
健次郎は吉沢のシャツを両手で掴むと、
恐怖にひきつる顔で見上げた。
「そんなはずあるわけないでしょう。
しっかりしてください!! 」
吉沢は健次郎の手をつかんで離すと、
見下ろした。
「考えてもみてください。
あなたが殺害した後始末を、
我々が処理しているんです。
彼は確かに死んでいました。
私が確認したのですから間違いありません」
吉沢の声に、
「……そ、そうだよな……」
「当たり前でしょう。他人の空似です」
「…………」
一度キレると手が付けられないのに、
気が小さい。
この先も彼を支える人材を確保しなければ、
大沢先生亡き今、
我々の乗った船は沈没してしまう。
「これくらいのことで騒ぐなら、
もう二度と人殺しはなさらないように。
あなたは副大臣として、
菅野大臣についていればいいんです。
あなたがしなければいけないことは、
それ以上でもそれ以下でもありません」
「……………分かった………」
健次郎はその強い叱責に、
ただ呟くだけだった。
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