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第一部

サロンの恋

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休憩室に戻る途中でサロンをのぞくと、

いつも以上に霊達が活発に動いていた。

楽しそうに話をするもの、

本を読むもの、

黙々と作業をするもの、

それぞれが何かに没頭しているようだ。

向井が近づくと、

花村が楽しそうに笑顔を向けた。

「それ、新しいデザイン画ですか? 」

「まだ、ラフの段階だけどね」

「作家さんの数も職種も多いので、

工房はもう少しかかりそうですよ」

向井が申し訳なさそうに言うと、

「それくらいいいですよ。

どうせ私達は死んでますから、

時間なんて……」

奥の方から、

五十代くらいの艶っぽい女性が近づいてくると、

「ねぇ」

彼女は優しく微笑んで花村を見た。

「まり子さん!! 」

花村は嬉しそうに立ち上がると、

椅子を引いて彼女を座らせた。

おや?

この二人はここで愛を育んでいるのか?

死人の恋か……

これは悲恋物語になりそうだな……

来世に進むなら、

一緒に行ってくれると助かるんだけどな。

自分の事には無頓着な向井だが、

他人の事には敏感なのが不思議だ。


「知ってます? 私今、

この二人のお話を書いているんですよ」

いつの間に近づいたのか、

三十代と思しき女性が、

向井の耳元でボソッとつぶやいた。

「うわっ!! 」

思わず小さな叫び声が出てしまった。

そこにいたのは河原希江だった。

医療ミスで亡くなった少女小説家だ。

人気絶頂だった彼女の本は、

長編十二巻で未完のまま終わり、

今もファンの間では話題になっている。


本人に、

「続きは書かないのか? 」と聞くと、

「ラストまで考えてなかったから、

ちょうどよかった」

という答えが返ってきた。

続きを書いたところで、

「どうせ冥界にいるものしか読めないんでしょ」

とのこと。

ただ、冥王から、

「続きが気になるから、

来世に行く前に完結させて欲しい」

と言われ、

現在執筆中だ。

本人も中途半端なままなのは嫌だから、

書くつもりだと言っていたものの、

書いている様子がないと思っていたら、

続きではなく、

新しい物語を書いていると?

向井は驚いて小柄な河原を見下ろした。

「続きはどうしたんです? 」

「あぁ、あれね。一応書いているわよ。

でも、あの二人見てたら、

アイデアが沸々わいてきて、

図書室で書いてたら、

冥王に見つかっちゃって」

「で? 」

「冥王があの二人の物語にハマっちゃって、

ほら、配信で話題の実らぬ恋のドラマ? 

冥王大好きじゃない。

それで私が書いてる二人の悲恋物語を読んで、

続きはどうなるんだってうるさくて」

あの人が最近サロンに顔を出している理由は、

それか?

どうしようもないなぁ。

向井はあきれたように小さく頭を振った。

「でもさ。結末なんて決まってんじゃん。

死人なんだから。

でもそこを何とか、

ドラマチックに結末まで持っていこうと、

思っている次第です。じゃぁ」

言いたいことだけ言って去ろうとする河原に、

「ちょ、ちょっと待ってください。

未完の小説の方も終わらせてくださいよ」

「……………………じゃあ」

少しの沈黙の後、

河原は手を軽くあげて去っていった。

「まったく…………」

向井の小さなため息を、

花村とまり子がじっと見ていた。

「あ……すいません。

皆さんに伺っているんですけど、

作品作りに何か足りないものとか、

必要なものはありませんか」

「あの、そのことで、

前からお願いはしてるんですけど、

色がね……」

まり子が言いにくそうに話し始めた。

「実は今デザインしているものに、

どうしても足りない石があって、

手に入れて欲しいんですけど、

その石の中でもこの色合いを探してて」

まり子はそういうとデザイン画を見せてくれた。
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