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第一部

冥王室

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特例の休憩室を出て長い廊下を抜けると、

その先に冥王室がある。

重厚なドアは、

和製アンティーク風な作りだ。

向井はドアの前で止まりノックすると、

冥王の返事も待たずに入室した。

「失礼します。お呼びでしょうか」

「来た来た。ちょっと聞きたいことがあって」

冥王は本から目を離さずに、

手だけ振って向井を呼んだ。

「なんですか? 」

向井がデスクに近づくと、

「これなんだけどさ~

続きみたいな終わり方なんだよね」

「なんだ。漫画の話ですか」

「これって、続き描くんだよね。

気になっちゃってね」

向井があきれたように雑誌を見ると、

「松田雪江……?   

あれ、この作家さんは本名で描いてるのか」

「えっ、なになに?  

向井君はこの作家さん知ってるの? 」

冥王は子供のように目を見開いて、

顔を近づけてきた。

「知ってるもなにも、派遣霊の一人が仕事してますよ」

「えっ? ほんと? 誰? 誰? 」

「言ったってわからないでしょ? 」

「何を言っているのかな? 私は冥王ですよ。

君たちの仕事はきちんと見てます。

で? 誰? 」

怪しいなぁ~……

向井は疑わしそうな顔をした。

「山川葵さんて、

漫画アシスタント界では、

レジェンドらしいですよ」

「えっ? 山川が彼女のアシスタントしてるの? 

もしかして、この続きだったりするのかな? 」

向井は帰ってきた言葉の方に驚いた。

「冥王が山川さんを知っているほうが、

俺にはびっくりなんですが」

「だから、言ったじゃないですか。

私はきちんと仕事を把握してますよって」

訝し気な顔のまま向井は答えた。

「多分この続きだと思いますよ。

なんか、読者アンケートの結果がよかったので、

長編で続きを描くそうです」

「おお~やはり、

私も一票投じたのに二位だったんですよね。

そうかそうか。ではこの続きが読めるのか。

楽しみだなぁ」

冥王は嬉しそうに言うと、

「山川はもう成仏したと思ってたけど、

まだ漫画描いてたんだね」

「あの人、二十年以上だって知ってますか? 」

「えっ? 二十年? もう、そんなになるのか。

なかなか来世に行かないよね」

「そう思うなら、何とかしたらどうですか? 」

「まあ、彼女が納得するまでは難しいかな。

別に困ることもないし、いいんじゃない。

それより」

「それよりって」

向井があきれたような顔をした。

「まあまあ」

冥王がなだめる様に笑った。

「この続きなんだけど、

私が先に、

ちょこっと読むことできないかね~」

「できるわけないでしょ。

来月号に掲載予定だそうですから、

待ったらいいじゃないですか」

「そうなんだけど、

異世界に飛ばされそうなところで終わってるから、

気になってしまって」

「大体、どんなお話なんですか?  

大正ロマンのファンタジーだそうですけど」

「これが面白いんですよ。

主人公の還暦のおばあさんとゾンビの少年が、

ゾンビ退治の旅をするんだけど」

「はっ? 」

向井は素っ頓狂な声を上げた。

年寄りとゾンビ少年でゾンビ退治?  

それで異世界にも行くのか?  

凄い設定だな。

「まあ、とにかく向井君も担当したんなら、

読んでみなさいよ」

そういうと雑誌を向井に渡した。

「もしこれが連載になったら嬉しいね。

来月も雑誌宜しくお願いしますよ」

冥王はそれだけ言うと、

戻っていいよと手を振った。

向井は頭を下げると帰り際に、

“気取ったポーズの写真が”

トリアの言葉を思い出し、

壁にある写真に目をやった。

確かに、現冥王に比べると……

トリアが嫌がった気持ちを察し、

フッと笑った。

そしてドアの前でピタッと足を止めると、

「そうだ。

冥王、あなたがソファに敷いているそのキルト。

真紀子さんが休憩室用に作ったものですよ。

次から代金頂きますからそのつもりで」

「えっ? みんな使ってるし、私も欲しいです」

「だったら、材料費と手数料いただきます。

タダじゃないんですからね」

「心が狭いな~時には寛大さも必要ですよ」

「それをあなたが言うとは」

向井はそれだけいうと部屋を後にした。
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