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第一部

幽霊の給料

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休憩室に戻ると、

牧野と早紀、田所は酔いつぶれ、

源じいはうたた寝。

真紀子だけが歌番組を見ながら、

編み物をしていた。

「みんな寝ちゃいましたか」

向井は笑った。

「源じいはずっと本を読んでたから、

疲れちゃったんじゃないかしら。

あとの人達ははしゃいで応援してたから」

真紀子は編み物をいったん止めて、

向井を見た。


真紀子は物言いも静かで上品な婦人だ。

会社をリストラされた後、

年齢もあって再就職が難しく、

過労だったうえに、

エスカレーターで上から人が倒れてきたので、

耐えられずにそのまま巻き込まれて亡くなった。

人生の後半は災難続きだったから、

ここでお仕事させてもらっているほうが幸せ。

真紀子はいつもそういって笑顔でいる。


人の幸せなんて、

計れるものがないのだから、

死んでいても今が幸せならそれでいい。

向井は特例の人間を見ていると、

いつもそう思う。

死んでいるのに精いっぱい生きている。

人間とは不思議な生き物だ。


「そういえば佐久間さんは? 」

「疲れたと言っていたから、

もう休まれたんじゃないの? 

向井君も疲れているんじゃない? 

今日はお休みしたら? 」

真紀子は心配そうな顔をした。

「まあ、俺達は死人ですからね」

向井が笑うと、

「でも、体力は消耗するわよ。

私なんか力仕事でもないのに疲れるもの。

あなたたちは、

息子や娘みたいな存在なんだから、

心配にもなるわよ」

「ははは。俺の母親は真紀子さんのように、

おしとやかではなかったですけどね」

「あら、嬉しいこと言って。

何も出ないわよ」

真紀子はホホホと笑った。


「ところでそれは何を作っているんですか? 」

真紀子の手元を見て聞いた。

「ああ、これ? 休憩室のクッションカバー。

早紀ちゃんが気に入って、

自分のお部屋に持ってちゃったのよ。

そしたら冥王も、

自分の執務室のソファーに使っているらしくて、

作ると無くなるから」

「ここの人達は自分勝手だから。

ちゃんとお金もらわなきゃだめですよ。

今度俺の方から冥王には言っておきます」

「助かるわ。

特に冥王はここのソファーカバーも、

持っていっちゃって。

材料費もバカにならないんだもの」

「だったら、冥王に商品として売りつけちゃいましょう。

そしたら沢山手芸用品揃えられますよ」

「あら、それいいわね」

真紀子が笑った。


特例は調査室の会計課から、

給料を支給されるシステムになっている。

下界では現金が必要になる為、

それぞれに給料として支払われていた。

現金については冥界で管理されているので、

どのような流れになっているのかは、

特例も知らされていない。

派遣で得た現金も少ないながら、

冥界での資金に充てられているし、

まあ、分からない何かがあるのだろう。


ここには一応食堂もあるので、

冥界で働く死神も利用するが、

下界にいることの多い特例は、

テイクアウトして持って帰ってくる。

死人でありながら、

人間として一定時間地上にいる為、

空腹にもなるし、体力も消耗する。

死んでも生活の為に稼いでいるとは、

本当に笑い話である。


「そうだ。明日も下界に下りるわよね」

「はい、一応そのつもりですけど」

「だったらこの場所で、

これ受け取ってきてくれる? 」

真紀子はそういうと、

手芸店の名前が書かれたカードを向井に渡した。

「ちょっと前に買い物に行ったら、

その番号の刺繍糸がなくて取り寄せをお願いしたの。

そろそろ入荷されてるはずだから、

そのカードで商品もらってきてくれる? 

代金はもう支払ってあるから」

「いいですよ」

「このところ焼却数が多くて、

場所を離れられないのよ」

「わかりました」

向井がそういったところで、

冥王からの直通ブザーが鳴った。

これを持たされているのは向井だけなので、

いいようにパシリをさせられている。

「あらあら、大変ね。早く行ってらっしゃい」

真紀子が笑いながら言った。

「今度はなんだろう。俺は死神じゃないんですけどね」

向井は不平不満を言いながら部屋を出て行った。
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