上 下
5 / 26

受付で争う男たち

しおりを挟む
 言い合いをしている片方は先程部屋の前で私にガンを飛ばしてきた阿久魔弥吉だ。もう1人は初老の男性だろうか。恐らく大浴場で聞いた番頭の林田さんだろう。
「おい、帰らせてくれって言ってんのになんで帰れねぇんだよ。あぁ。テメェ舐めてんのかよ。ジジイでも容赦しねぇぞ」
「お客様、何度も申している通り。警察からイタズラかどうかわかるまで1週間前に泊まっていたお客様、若しくは1週間前以上から予約を取られたお客様は帰せないことになってるんです。だからお客様が本来取られていた以上の連泊分はこちらも貰わないので、どうか今しばらく警察からの回答をお待ちください」
「だから、その警察の回答を待ってる間に殺されるかも知れねぇだろ。俺はそんなのはごめんだから帰るって言ってんだよ。もう良いぜ。勝手に出て行かせてもらうからよ」
「お客様、お待ちください。チッあのクソガキが勝手なことしやがって。どうなってもしらねぇぞ俺は」
 出て行こうとした阿久魔だが入り口で3人の男女にあたって転がる。
「おぅすまねぇなにぃちゃん。俺の身体がお前を軽く押し退けちまったようだぜ。ガッハッハ」
「あらー可愛い坊ちゃんね。オネェさんとい・い・こ・としましょうか?」
「揶揄ってやるなよ。タマキ」
「なーに、嫉妬してるのかしら可愛いわね。私のカ・レは」
「おいおい、俺のことも忘れてくれるなよ。ガッハッハ」
「勿論よ。ア・ナ・タ」
 いやいや聞き捨てならない言葉が飛び交ってたような。アナタと呼ばれていた方は旦那さんよね。それにカレって呼ばれてた方は、えっ夫公認の不倫相手!?えっえっ私の感覚がおかしいのかしら。何どんな状況よこれ。
「ババアと寝る趣味なんかねぇよ。さっさとそこ退けや」
「まぁ、ガキが調子に乗らないで欲しいわね」
「ガッハッハ。おい坊主。どこ行く気だ?」
「坊主じゃねぇ。阿久魔弥吉だ。ここから帰るんだよ」
「阿久魔か。ガハハ」
「残念だがよ。帰れねぇんだわ。ここにくる唯一の橋がよさっき老朽化で落ちちまったのさ」
「これで、警察からの連絡もこねぇ。ここは文字通り陸の孤島と化したのさ」
「イヤーン、私こわーい」
「安心しなタマキ。俺が守ってやる」
「流石私のカレピ」
「ガハハ。もちろん俺も守ってやる」
「この屈強な男たちがいればドッペルゲンガーなんて怖くないわね」
「俺たちはそのドッペルゲンガーを捕まえにきてんだぜ。お前があまりにも怯えるからよ」
「全くじゃガハハ」
「そんな、橋が落ちただって!?俺はどうしたら良いんだ」
「阿久魔とやら、大人しく部屋に帰って、あのデカチチ女のおっぱいでも吸ってるんだな。ガハハ」
「おうおう。あのデカチチ女に癒してもらえや」
「オネェさんが癒してあげようかなんてもう言わないわよ。私のことをババア呼ばわりしたアンタなんてこっちから願い下げよ」
 3人が受け付けで林田と話す。
「おぅ林田の爺さん。今戻ったぜ。ホラよ」
「すみません。従業員でもないお2人に畑の収穫と魚釣りなんて頼んでしまって」
「良いってことよ。困ったらお互い様だろうぜ。ガハハ」
「えー、私はあんな泥臭いことやりたくなーい。待つのも退屈でイヤー」
「まぁまぁ、タマキ。林田の爺さんのお陰で、連泊分タダになったんだからよ。これぐらいの手伝いしとかないとお天道さんも微笑んでくれねぇぜ」
「ガハハ。そうじゃそうじゃ。タマキは、ただおるだけでええけぇ」
「まぁそういうことなら」
 3人が食堂に向かおうとする私たちに気付いた。
「おぅぺっぴんさんじゃねぇか。どちらへ」
「オネェさん可愛い女の子もイケるわよん」
「ガハハ。2人とも自己紹介もせんとすまんな。ぺっぴんさん御一行。ワシは村田力持むらたりきもちじゃ。ほれお前たちも」
「俺は村田力待むらたりきまち。先に挨拶したのは俺の兄さ」
「私は村田環むらたたまき。力持の妻だよー。よろしく綺麗なお姉さんたち」
「これはこれは、食堂に向かわれるところでしたか。それではこの林田勲はやしだいさおも共に参りましょう」
「私は鈴宮楓よ」
「私は出雲美和です」
「臍鬱仁丹だ」
「山波宇宙」
 私は呆然としている阿久魔に声をかける。
「阿久魔君だったかしら。帰れないなら仕方ないじゃない。一緒に食堂でご飯を食べましょう」
「お前は、さっき部屋の前であった女か。わかったよ。帰れないなら仕方ねぇからな。天使を呼んで後から向かうから先行っててくれ」
「わかったわ」
 私たちは阿久魔と別れて食堂へと向かう。
「へぇ、じゃあ、オッサンたちは大工なのか」
「おぅよ」
「そうじゃ。妻のタマキがあまりにもドッペルゲンガーに恐れるもので、なら捕まえりゃ良いと思ってな」
「脳筋思考ね」
「ガハハ。恐れるという事は実態があることを知ってあるからであろう。ならば捕まえられるものだ」
「何故そこまで恐れるのかしら?」
「昔、本で読んだのよ。自分のドッペルゲンガーを見たら殺されるって。私見たのよ。私の姿をした誰かが私を殺しにくるそんな夢を。正夢になるんじゃないかって怖くて怖くて」
 夢を見たから殺されるってどんだけ常識ないのよこの女。それに付き合わされるこの2人も可哀想だけど。
「ここが食堂でございます。それでは入るとしましょう」
 私たちは食堂へと辿り着くのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

悪神物語

Daiki
ミステリー
黒狐と出会い、人や神に襲う霊を倒す事に何があるのかまだ分からい

この満ち足りた匣庭の中で 二章―Moon of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
それこそが、赤い満月へと至るのだろうか―― 『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。 更なる発展を掲げ、電波塔計画が進められ……そして二〇一二年の八月、地図から消えた街。 鬼の伝承に浸食されていく混沌の街で、再び二週間の物語は幕を開ける。 古くより伝えられてきた、赤い満月が昇るその夜まで。 オートマティスム、鬼封じの池、『八〇二』の数字。 ムーンスパロー、周波数帯、デリンジャー現象。 ブラッドムーン、潮汐力、盈虧院……。 ほら、また頭の中に響いてくる鬼の声。 逃れられない惨劇へ向けて、私たちはただ日々を重ねていく――。 出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

グリムの囁き

ふるは ゆう
ミステリー
7年前の児童惨殺事件から続く、猟奇殺人の真相を刑事たちが追う! そのグリムとは……。  7年前の児童惨殺事件での唯一の生き残りの女性が失踪した。当時、担当していた捜査一課の石川は新人の陣内と捜査を開始した矢先、事件は意外な結末を迎える。

三位一体

空川億里
ミステリー
 ミステリ作家の重城三昧(おもしろざんまい)は、重石(おもいし)、城間(しろま)、三界(みかい)の男3名で結成されたグループだ。 そのうち執筆を担当する城間は沖縄県の離島で生活しており、久々にその離島で他の2人と会う事になっていた。  が、東京での用事を済ませて離島に戻ると先に来ていた重石が殺されていた。  その後から三界が来て、小心者の城間の代わりに1人で死体を確認しに行った。  防犯上の理由で島の周囲はビデオカメラで撮影していたが、重石が来てから城間が来るまで誰も来てないので、城間が疑われて沖縄県警に逮捕される。  しかし城間と重石は大の親友で、城間に重石を殺す動機がない。  都道府県の管轄を超えて捜査する日本版FBIの全国警察の日置(ひおき)警部補は、沖縄県警に代わって再捜査を開始する。

処理中です...