だから、私は愛した。

惰眠

文字の大きさ
上 下
13 / 26
第四章

引火

しおりを挟む
 私は週に数回、彼の前に現れることにした。

 彼の前に現れては、罠を張る。

 少しずつ私という存在が彼の中に割り込むように印象付けていった。

 彼が今何を考えているのかはわからないが、きっと私のことを少しずつ意識してきたに違いない。
 なぜなら、会うごとに彼は私の顔をまともに見れるようになったのだ。

 捨て犬にご飯や水をやるかのように私は、絆創膏や、お菓子などを渡した。

 彼はなかなかに優しいようだ。

 何も知らない少女Aである私に、少しずつ期待を始めるのだ。

 もしかしたら、頼ってもいいのか。
 もしかしたら、話し相手になってくれるのか。
 もしかしたら、自身を助けてくれる存在なのか。

 などと疑心暗鬼になりつつ、希望を掴もうとしていることだろう。

 私は今日にも彼がこの私を頼り、子犬のようにだらしなく舌を出しながら無邪気に近づくのではないのかという妄想に耽るのだ。
 彼がだらしなく涙や涎にぐちゃぐちゃになったまま、私の前に現れたなら必死で顔を殴りたい気持ちを抑えてあげるかもしれない。

 きっと、彼は今にも誰かを頼りたいはずだ。

 彼が苦しみ悶えたその姿を欠かさず私は見てきた。
 だから、わかるのだ。

 彼が私を学校のどこかで見つけるとき、本当は先に声をかけてしまいたいくらいにうずうずしていることを。

 彼はあまりにも優しい。
 だから、彼は私をいつまで経っても頼らないのだろう。

 別に私は、彼を救いたいなどということは微塵も考えていない。
 それなのに、彼は勘違いをしてしまっているのだろう。

 私のやさしさが心から彼へ注がれる純粋なものだと。

 おかしくはないだろう。

 この学校で話しかけてくれるような人など、ほとんどいない彼にとって、私からの声掛けは疑いきれない救いの手に映るはずだ。

 いつか彼が、本当に弱ったときにすべてを私に委ねるのだろう。

 彼よりも弱く見えるこの私に頼るしかない彼というのは何とも壊し甲斐があることか。
 想像するだけでも、私はおかしくなってしまいそうだ。

 彼ら以上に異常性を兼ね備えた私は、陰から彼のことをじわりじわりと応援するのだ。

 もっと、傷ついて。
 もっと、おかしくなって。
 もっと、壊れて。

 見るだけでも幸せな彼の顔は独り占めしたくなるほどの可愛げがある。

 程よく整った顔が歪み、傷ついていくのだ。

 あまりにも、私にとって都合のいい瞬間だろうか。

 アイドルを応援する他の女子を白い目で見ていたが、今の私と同じことなのだろう。
 もちろん、今の私は彼女らよりも酷い感情に憑りつかれているということを自覚しているため、これを奥底に秘める。


「ねぇ、痛いの好きなの?」

「そんなことない。」

「よく我慢できてるね。」

 その一言で彼は黙る。

 そんなことないと彼は私を突き飛ばしてどこかに消えてしまえばいいのに、それをしない。
 そういうところが弱いというのに、わからないのだろう。

「ねぇ、お菓子持ってきたんだ。食べてくれない?」

「ありがと。」

 乾いた感謝をきっちりと返すその姿は、育ちの良さを匂わせる。

 いつも通り、感謝をした後は静かに立ち去るのだ。

 きっと、止めてほしいのだろう。

 まだ、その時ではないとわかっている。

 彼がもっと苦しくなった瞬間、私は突き刺すのだ。
 逃げ道という槍を。

 彼は無防備に貫かれ、もう耐えられなくなるのだ。

 そんな妄想を彼の背中を見ながら毎回のようにする。

 これが幸せというのなら、これ以上は存在しないだろう。

 彼が遠くになり、おそらく教室で試合は再開されることだろう。

 私は見学に向かう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

はる、うららかに

木曜日午前
ホラー
どうかお願いします。もう私にはわからないのです。 誰か助けてください。 悲痛な叫びと共に並べられたのは、筆者である高宮雪乃の手記と、いくつかの資料。 彼女の生まれ故郷である二鹿村と、彼女の同窓たちについて。 『同級生が投稿した画像』 『赤の他人のつぶやき』 『雑誌のインタビュー』 様々に残された資料の数々は全て、筆者の曖昧な中学生時代の記憶へと繋がっていく。 眩しい春の光に包まれた世界に立つ、思い出せない『誰か』。 すべてが絡み合い、高宮を故郷へと導いていく。 春が訪れ散りゆく桜の下、辿り着いた先は――。 「またね」 春は麗らかに訪れ、この恐怖は大きく花咲く。

朧《おぼろ》怪談【恐怖体験見聞録】

その子四十路
ホラー
しょっちゅう死にかけているせいか、作者はときどき、奇妙な体験をする。 幽霊・妖怪・オカルト・ヒトコワ・不思議な話…… 日常に潜む、胸をざわめかせる怪異── 作者の実体験と、体験者から取材した実話をもとに執筆した怪談短編集。

月影の約束

藤原遊
ホラー
――出会ったのは、呪いに囚われた美しい青年。救いたいと願った先に待つのは、愛か、別離か―― 呪われた廃屋。そこは20年前、不気味な儀式が行われた末に、人々が姿を消したという場所。大学生の澪は、廃屋に隠された真実を探るため足を踏み入れる。そこで彼女が出会ったのは、儚げな美貌を持つ青年・陸。彼は、「ここから出て行け」と警告するが、澪はその悲しげな瞳に心を動かされる。 鏡の中に広がる異世界、繰り返される呪い、陸が抱える過去の傷……。澪は陸を救うため、呪いの核に立ち向かうことを決意する。しかし、呪いを解くためには大きな「代償」が必要だった。それは、澪自身の大切な記憶。 愛する人を救うために、自分との思い出を捨てる覚悟ができますか?

ill〜怪異特務課事件簿〜

錦木
ホラー
現実の常識が通用しない『怪異』絡みの事件を扱う「怪異特務課」。 ミステリアスで冷徹な捜査官・名護、真面目である事情により怪異と深くつながる体質となってしまった捜査官・戸草。 とある秘密を共有する二人は協力して怪奇事件の捜査を行う。

田舎のお婆ちゃんから聞いた言い伝え

菊池まりな
ホラー
田舎のお婆ちゃんから古い言い伝えを聞いたことがあるだろうか?その中から厳選してお届けしたい。

宵宮君は図書室にいる ~ 明輪高校百物語

古森真朝
ホラー
 とある地方都市にある公立高校。新入生の朝倉咲月は、迷い込んだ図書室で一年先輩の宵宮透哉と出会う。  二年生で通称眠り姫、ならぬ『眠り王子』だという彼は、のんびりした人柄を好かれてはいるものの、図書室の隅っこで寝てばかり。でもそんな宵宮の元には、先輩後輩問わず相談に来る人が多数。しかも中身は何故か、揃いも揃って咲月の苦手な怪談っぽいものばかりだった。  いつもマイペースな宵宮君は、どんな恐ろしげな相談でも、やっぱりのほほんと受け付けてはこう言う。『そんじゃ行ってみよっか。朝倉さん』『嫌ですってばぁ!!!』  万年居眠り常習犯と、そのお目付役。凸凹コンビによる学校の怪談調査録、はじまりはじまり。

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

処理中です...