君を知るということ

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劣情

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(…料理得意じゃないって言ってたけど)

レンゲで炒飯を掬い、口に含むと胡椒の風味が広がった。
焼き加減や具材の大きさはまちまちだが、かえってそれが食感のバリエーションや香ばしさを持たせている。
あえて表すとするならば「男の料理」と言われるとしっくりきそうだ。
向かいに座る龍一と合いそうになった視線を思わず反らす。
ガラス製のグラスの中身は、寮の大学生も偶に飲んでいるビール。
生憎、未成年の俺には味の想像ができないのだが。

「…酒って美味いの?」

「社会人になればわかる。」

仕事終わりの酒は一日の締めというか、満足感を得られるらしい。
意外と心理的にプラスの面もあるみたいだ。
食事が済めば後片付け、と言っても二人分だからそこまで量はないので大した時間はかからなかった。

(…ギリいけるか)

洗い終わった器を手に食器棚を見上げる。
平皿の定位置は棚の中でも高い場所にあった。
背伸びをすれば届くかと考え、睨み揚げていると背後から不意に皿を取られ、瞬く間に奥へと仕舞われてしまった。

「無理すんなって。それとも、抱っこでもしてやった方がよかったか?」

どうやら俺が踏み台を探すのが悔しくて、つま先立ちで無理を押し通そうとしていた姿はばっちり目撃されていたようで。

「…流石に男子高校生を抱っこはきついだろ。」

「いや、余裕だけど。凪軽いし。」

即座に返された回答はあまりにもあっさりとしていた。
確かに龍一の身体はTシャツの袖から先の腕を見るだけでも余分な脂肪がなく、筋肉が程よくついた理想的なバランスだ。
同級生と比較しても低い背丈と貧相な肉付きは正直なところコンプレックス。
筋トレしようと密かに誓う。

(渡しそびれる前に)

貴重品を入れている肩紐のポーチの隣に置いておいた紙袋。
ギフト用に店でラッピングしてもらったそれは、手提げの部分がリボン上に結ばれ、シールで封が貼ってある。

「…一応プレゼント用意してきたから。」

おずおずと受け取った龍一がやや慎重に包装を外す。
中身はアロマディフューザーと首回りの凝りに有効なネックピロー。
本人が使っている香水に近い物やデスクワークのお供になりそうなグッズを探してみて、行きついたのがこの二つ。

「…どれだけ俺を甘やかせば気が済むんだろうな。」

両腕でがっちりホールドされ、そのまま膝に乗せられる。
沈黙のせいで微妙だったと勘ぐったが、引き寄せた胸元の鼓動に気づく。

「恋人が好物作ってくれて、その上プレゼントまで貰って、嬉しくない訳がないだろ。」

「…そ、それはお母さんに聞いたりとかして。」

「ずっと準備してくれてたんだな。マジで嬉しい。」

レシピを尋ねた時も彼の母は快く協力してくれたし、何よりも無邪気に笑う龍一の表情が証明している。

「愛してる。」

囁く告白の意味を理解する前に、正面に向き直った輪郭に唇が重なる。
蕩ける甘さと温もりに溺れてしまいそうだ。

「…俺も、好きだよ。」

俯いたまま順に手を回す。
他の誰もいない場所だから、せめて気持ちを伝えるぐらいなら。

「わざと煽ってんのか?」

「え、煽るって」

「…手、出したくなる。」

そういう知識には疎い俺だが、熱を帯びた吐息と眼差しから読み取れるもの。
欲望、劣情、彼の持つ意識。
俺に向けられている何かに応えなければいけないのはわかっている。

「無理強いするつもりはないし、凪の気持ちが最優先だ。それでも受け入れてくれるって言うなら…」

一つ間が空いて、紡がれた。

覚悟なら、もう出来ている。




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