君を知るということ

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欲望

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時刻は午後2時過ぎまで遡る

「すみません。遅くなりました。」

「反対方向行っちゃって。」

二人の少年が部屋に入ってくる。
一人は切り揃えた短髪が特徴的ないかにも運動部、もう片方は前髪が長めで穏やかな雰囲気をしていた。
初めて来たのだから迷っても無理はない。
客室だけでも一般、個室を合わせて軽く数百は超える。

「改めて、凪のカウンセラーをしている神崎だ。よろしく。」

簡単に自己紹介をし、ソファーに座らせる。
学校での様子、入院する前の日のことなど大方の事情を聞かせてもらった。

「…家に送ったのが間違いだったのかなって。火傷の時点で気づいていれば。」

「家のこと、あんまり話してくれなくて。でも、神崎さんにはちゃんと言えてるみたいっすね。」

凪のことだ。迷惑になるとでも思って隠していたのだろう。
世の中には見返りを求めずに尽くしてくれる奴だっている。

「退院した後、あいつに何かあったら助けてやってくれ。」

メモ用紙にボールペンでアドレスを書き差し出す。

「やっぱり心配ですか?」

「…少し、な。」

「今は笑顔で迎えませんか?もうすぐ来ますよね。」

静寂を打ち破るような声。
翔也と名乗った少年はアドレスの登録を終えるとすぐにドアの前へと移動した。
底抜けの明るさ。それにいつかの俺も救われた。

(いい友達を持ったな。)


「苦しいから、そろそろ離れろ。」

抱き着かれた凪は驚いたような、嬉しいような表情をしていた。
素直に口には出さないのも彼らしい。
悪態をつきながらも砕けた口調で会話しているのを見るに、学校が大切な居場所であったと分かる。

(強がりなのは、相変わらずか。)

涙も、弱さも知っているのは俺だけ。

独占欲、一番近くにいたい邪な感情が心を蝕んでいく。

「俺も知りたい。誰もが見たことがない、あなたを。」

揺るぎのない瞳でそう言われると、甘えたくなってしまう。
傷つけたくない。本心を明かせばきっと止められない、欲望を理性だけでは抑えきれなくなる。

せめぎあって靄がかかった気分のまま、一週間ぶりの自宅のベットに身を投げ出す。

(…こんな俺でも、凪は知りたいと思ってくれんのか。)




「お困りのようだな、龍一。」

懐かしい声がする。
夢で律を見るのも随分久しい。
凪と出会ってからあの悪夢を見ることはなくなっていた。

「すっかり大人だな。背も伸びて、かっこよくなった。」

15で時が止まったままのこいつと、25の俺。
10年の隔たりは残酷なまでに示唆される。

「…散々人の悪夢に出てきたくせに、急にどうしたんだよ。」

愚痴を吐いても当の本人は覚えていない。
夢だから、どんなに現実から乖離していようが、都合が良かろうか関係ないのだろうか。

「俺を超えるだけの大切な人ができたからだろ?
龍一にも恋が訪れる日が来るなんて、ちょっとびっくりしたけど。」

惚れた相手が男であることに偏見がないのも律の性分だ。
本当に俺の記憶を鏡写しにしたように。

「何の用だ?叶わないものを応援しても意味はねえぞ。」

「諦める必要こそねえだろ。」

「何を言っているんだ」と付け加えて返される。
現実的に考えろ。
わざわざ希望を持たせに俺の夢にまでこいつはやってきたというのか。

「じゃあ、一つ俺からアドバイスを送ろう。」

茶化した様子で人差し指を突出し、豪語する。

「自分のために生きろ、諦めるのはそれからだって遅くはない。
龍一があの子に言っていた言葉、今のお前に返すぜ。」









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