27 / 78
Chapter2 暴食の腹
第26話 次の手
しおりを挟む
「うるさいな……」
両耳を手で押さえながら、黒時は次の戦法を考える。
「黒時先輩、彩香はどうしたらいいですかー?」
彩香を一瞥する黒時。
協力的な姿勢ではあるが、光の腕を使えない彩香では役に立ちそうにない。ただの邪魔である。
彼女の強欲が何かに反応を示せば、マモンの時のように自由自在に光の腕を扱えるのだろうが。ベルゼブブのあまりの醜悪さにそれどころではないようだった。
黒時は困っていた。攻める手が無いのだ。
彩香の光の腕ならば、あのぶよぶよとした身体も握り潰す事ができただろうが、それができないとなると、黒時には正直言って術がなかった。
両目を潰すまではよかったものの、身体には打撃は通じないようだし、かといって他の急所も見当たらない。頭もぶよぶよしているので、打撃は効かないだろう。
あ、と黒時は気付く。
打撃が効かぬなら打でなくしてしまえばいい。打の代用品となれるもの、それは即ち斬撃である。だが、当然誰も刀など持ってはいないし、扱える者もいないだろう。
黒時は何かないかと、辺りを見回した。
側でじっとこちらを見ている彩香、いつの間にかエントランスの隅に避難して怯えている栄作と妬美、そして腰を抜かしたのか床に座り込んで震えている駄紋――黒時の視線が止まった。
望印蜀駄紋――彼の姿を捉えた黒時は少刻の間、思案する。やがて導き出した。ベルゼブブを殺す道具の在り処と――殺し方を。
「栄作!」
黒時はエントランスの隅に向かって叫んだ。
「え? な、なに、俺?」
「お前だよ。厨房からありったけの包丁を持ってきてくれ」
「え? 包丁? 何に使うんだよ?」
「死にたくないなら黙って持って来い!」
「あーもう、分かったよ!」
黒時の指示を受け、栄作は走り出す。
「見栄坊君、僕も行くよ」
その後を妬美が追う。黒時の意図は分からないが、彼に頼るしか生き残る術はないのだということを二人とも分かっていた。
さて、ここからが最大の難関である。
ここさえ乗り切れば最早勝敗は決すると言っても過言ではない。
二人が戻ってくるまでの時間、黒時たちは死なないようにしなければならないわけだが、どうやら難易度が上がってしまったようだった。
両目を潰されたベルゼブブは泣き叫び、そして何を考えているのか、辺りにある物全てを喰らい出したのである。
柱、机、椅子、ガラス、人影。
ただひたすらに、その巨体を転がし、舌を伸ばしながら喰らっていく。
『おいしい、おいしいよぉぉぉ――。もっとたくさん食べたい。食べて食べて、じゃないと痛くて涙がでちゃうよぉぉぉ――――』
巨体が転がるたびにホテル全体が揺れる。下手をすると崩れてしまいかねない。
ベルゼブブだけを残してホテルの下敷きにしてしまうのも手であるように思われるけれど、そうしたところであのぶよぶよした身体には効果はないだろう。打撃では駄目なのだ。
「うわぁ、黒時先輩、あいつ本当にキモい! 早く殺しましょう、さっさと殺しま
しょう。もう彩香、あいつ見てたくないです」
「…………」
お前の光の腕が使えればすぐにでも殺せるのに、と黒時は思うが口にはしない。
口にしたところで何も変わるはずはないのだから、言うだけ無駄なのである。
「せせせ、先輩! あのキモ豚こっちに来ましたよ!?」
「そうだな……」
喚くな、と言いたい。けれど、先述の通りなので黒時は口を紡ぐ。
『食べたい食べたい食べたいぃぃぃ――!』
「きゃぁぁぁ!? キモいキモいキモいー!」
ありとあらゆるものが混ざり合い、だ液によって溶かされ異臭を放つ奇妙な液体が、ベルゼブブの口の中を満たしている。
そんな口がついに、黒時と彩香の眼前へと迫った。
巨大な口。
全てを噛み潰す強固な歯。獲物を捉える長い舌。
黒時は勇敢にも、このまま口から体内へと入れば奴を殺せるのでは、と考えた。
が、だ液が強力な酸性を帯びていることを視認すると、無理であることを悟った。ピンチをチャンスに変えようとする黒時のその判断はさすがであると言えるが、現実に行うのはなかなか難しいのである。
仕方なくピンチをピンチとしたまま、黒時は回避を選択する。
さっ、と彩香の腰に手を回し彼女を抱き寄せ、飛び跳ねる。遥か後方に着地し、見事に迫り来る脅威を回避した。先程まで黒時たちがいた場所は、無残にも床ごとベルゼブブに喰われていた。
「きゃー。先輩かっこいい!」
「喋ってる暇があるなら走れ。喰われるぞ」
彩香を抱いていた手を離し黒時は走り出しながら言った。危機を回避したと言ってもそれは一時だけである。まだ根本的に助かったわけではない。
暴れる狂う悪魔は健在なのだから。
両耳を手で押さえながら、黒時は次の戦法を考える。
「黒時先輩、彩香はどうしたらいいですかー?」
彩香を一瞥する黒時。
協力的な姿勢ではあるが、光の腕を使えない彩香では役に立ちそうにない。ただの邪魔である。
彼女の強欲が何かに反応を示せば、マモンの時のように自由自在に光の腕を扱えるのだろうが。ベルゼブブのあまりの醜悪さにそれどころではないようだった。
黒時は困っていた。攻める手が無いのだ。
彩香の光の腕ならば、あのぶよぶよとした身体も握り潰す事ができただろうが、それができないとなると、黒時には正直言って術がなかった。
両目を潰すまではよかったものの、身体には打撃は通じないようだし、かといって他の急所も見当たらない。頭もぶよぶよしているので、打撃は効かないだろう。
あ、と黒時は気付く。
打撃が効かぬなら打でなくしてしまえばいい。打の代用品となれるもの、それは即ち斬撃である。だが、当然誰も刀など持ってはいないし、扱える者もいないだろう。
黒時は何かないかと、辺りを見回した。
側でじっとこちらを見ている彩香、いつの間にかエントランスの隅に避難して怯えている栄作と妬美、そして腰を抜かしたのか床に座り込んで震えている駄紋――黒時の視線が止まった。
望印蜀駄紋――彼の姿を捉えた黒時は少刻の間、思案する。やがて導き出した。ベルゼブブを殺す道具の在り処と――殺し方を。
「栄作!」
黒時はエントランスの隅に向かって叫んだ。
「え? な、なに、俺?」
「お前だよ。厨房からありったけの包丁を持ってきてくれ」
「え? 包丁? 何に使うんだよ?」
「死にたくないなら黙って持って来い!」
「あーもう、分かったよ!」
黒時の指示を受け、栄作は走り出す。
「見栄坊君、僕も行くよ」
その後を妬美が追う。黒時の意図は分からないが、彼に頼るしか生き残る術はないのだということを二人とも分かっていた。
さて、ここからが最大の難関である。
ここさえ乗り切れば最早勝敗は決すると言っても過言ではない。
二人が戻ってくるまでの時間、黒時たちは死なないようにしなければならないわけだが、どうやら難易度が上がってしまったようだった。
両目を潰されたベルゼブブは泣き叫び、そして何を考えているのか、辺りにある物全てを喰らい出したのである。
柱、机、椅子、ガラス、人影。
ただひたすらに、その巨体を転がし、舌を伸ばしながら喰らっていく。
『おいしい、おいしいよぉぉぉ――。もっとたくさん食べたい。食べて食べて、じゃないと痛くて涙がでちゃうよぉぉぉ――――』
巨体が転がるたびにホテル全体が揺れる。下手をすると崩れてしまいかねない。
ベルゼブブだけを残してホテルの下敷きにしてしまうのも手であるように思われるけれど、そうしたところであのぶよぶよした身体には効果はないだろう。打撃では駄目なのだ。
「うわぁ、黒時先輩、あいつ本当にキモい! 早く殺しましょう、さっさと殺しま
しょう。もう彩香、あいつ見てたくないです」
「…………」
お前の光の腕が使えればすぐにでも殺せるのに、と黒時は思うが口にはしない。
口にしたところで何も変わるはずはないのだから、言うだけ無駄なのである。
「せせせ、先輩! あのキモ豚こっちに来ましたよ!?」
「そうだな……」
喚くな、と言いたい。けれど、先述の通りなので黒時は口を紡ぐ。
『食べたい食べたい食べたいぃぃぃ――!』
「きゃぁぁぁ!? キモいキモいキモいー!」
ありとあらゆるものが混ざり合い、だ液によって溶かされ異臭を放つ奇妙な液体が、ベルゼブブの口の中を満たしている。
そんな口がついに、黒時と彩香の眼前へと迫った。
巨大な口。
全てを噛み潰す強固な歯。獲物を捉える長い舌。
黒時は勇敢にも、このまま口から体内へと入れば奴を殺せるのでは、と考えた。
が、だ液が強力な酸性を帯びていることを視認すると、無理であることを悟った。ピンチをチャンスに変えようとする黒時のその判断はさすがであると言えるが、現実に行うのはなかなか難しいのである。
仕方なくピンチをピンチとしたまま、黒時は回避を選択する。
さっ、と彩香の腰に手を回し彼女を抱き寄せ、飛び跳ねる。遥か後方に着地し、見事に迫り来る脅威を回避した。先程まで黒時たちがいた場所は、無残にも床ごとベルゼブブに喰われていた。
「きゃー。先輩かっこいい!」
「喋ってる暇があるなら走れ。喰われるぞ」
彩香を抱いていた手を離し黒時は走り出しながら言った。危機を回避したと言ってもそれは一時だけである。まだ根本的に助かったわけではない。
暴れる狂う悪魔は健在なのだから。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラウンクレイド零和
茶竹抹茶竹
SF
「私達はそれを魔法と呼んだ」
学校を襲うゾンビの群れ! 突然のゾンビパンデミックに逃げ惑う女子高生の祷は、生き残りをかけてゾンビと戦う事を決意する。そんな彼女の手にはあるのは、異能の力だった。
先の読めない展開と張り巡らされた伏線、全ての謎をあなたは解けるか。異能力xゾンビ小説が此処に開幕!。
※死、流血等のグロテスクな描写・過激ではない性的描写・肉体の腐敗等の嫌悪感を抱かせる描写・等を含みます。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
さくらと遥香
youmery
恋愛
国民的な人気を誇る女性アイドルグループの4期生として活動する、さくらと遥香(=かっきー)。
さくら視点で描かれる、かっきーとの百合恋愛ストーリーです。
◆あらすじ
さくらと遥香は、同じアイドルグループで活動する同期の2人。
さくらは"さくちゃん"、
遥香は名字にちなんで"かっきー"の愛称でメンバーやファンから愛されている。
同期の中で、加入当時から選抜メンバーに選ばれ続けているのはさくらと遥香だけ。
ときに"4期生のダブルエース"とも呼ばれる2人は、お互いに支え合いながら数々の試練を乗り越えてきた。
同期、仲間、戦友、コンビ。
2人の関係を表すにはどんな言葉がふさわしいか。それは2人にしか分からない。
そんな2人の関係に大きな変化が訪れたのは2022年2月、46時間の生配信番組の最中。
イラストを描くのが得意な遥香は、生配信中にメンバー全員の似顔絵を描き上げる企画に挑戦していた。
配信スタジオの一角を使って、休む間も惜しんで似顔絵を描き続ける遥香。
さくらは、眠そうな顔で頑張る遥香の姿を心配そうに見つめていた。
2日目の配信が終わった夜、さくらが遥香の様子を見に行くと誰もいないスタジオで2人きりに。
遥香の力になりたいさくらは、
「私に出来ることがあればなんでも言ってほしい」
と申し出る。
そこで、遥香から目をつむるように言われて待っていると、さくらは唇に柔らかい感触を感じて…
◆章構成と主な展開
・46時間TV編[完結]
(初キス、告白、両想い)
・付き合い始めた2人編[完結]
(交際スタート、グループ内での距離感の変化)
・かっきー1st写真集編[完結]
(少し大人なキス、肌と肌の触れ合い)
・お泊まり温泉旅行編[完結]
(お風呂、もう少し大人な関係へ)
・かっきー2回目のセンター編[完結]
(かっきーの誕生日お祝い)
・飛鳥さん卒コン編[完結]
(大好きな先輩に2人の関係を伝える)
・さくら1st写真集編[完結]
(お風呂で♡♡)
・Wセンター編[不定期更新中]
※女の子同士のキスやハグといった百合要素があります。抵抗のない方だけお楽しみください。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる