ハコニワールド

ぽこ 乃助

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Chapter2 暴食の腹

第22話 三体目の悪魔

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「ん? あ!? げほげほ、はあ。灰ヶ原先輩、目が覚めたんですね」
 
 二つのボールを組み合わせたような体型をした男は、口の中にある食料を急いで飲み込み喋りかけてきた。

 なんでこいつは俺の名前を知っているんだ、と思ったと同時に黒時は思い出した。そうだこの男は学校の屋上で見た男だ、と。両手に食べ物が一杯入ったビニール袋をぶら下げてやって来た男だ、と。

 だが、それを思い出したところで、彼が自分の名前を知っている理由にはならなかった。
 少年は食べる手を止めて、黒時と向き合いながら話し出した。

「あ、すいません軽々しく呼んでしまって……名前は彩香先輩から聞きました。あと悪魔のことも栄ちゃん先輩から。すごいですね先輩たち、悪魔と闘ってるだなんて。そりゃあ、暴漢なんかを恐れるわけないですよね」
 
 暴漢……ああ、と黒時は思い出す。目の前のこの男は路地で助けた男だった。確か名前は……

「知らないな」

「え?」

「名前」

「あ、ああ、そうですよね、すいません。灰ヶ原先輩はずっと寝てましたから知りませんよね。ごめんなさい、僕の名前は望印蜀駄紋っていいます。それと、お礼も言ってませんでしたね……、助けてくれてどうもありがとうございました」
 
 駄紋はいつもの感じで頭を下げる。それはもう本当にいつもの感じで。だから、黒時には彼が何をしているのかいまいち分からなかった。

「別に助けるつもりだったわけじゃないし、お礼なんていらない。それより、俺にも何か食べ物をくれないか?」

「え? 食べ物……ですか?」

「ああ、腹が減ったんだ」

「…………」

 駄紋は肉の厚みでつぶれた目を異様なまでに見開き、呆然と天を見つめだした。天と言っても室内なので天井ではあるが。

 口を半分開いた駄紋のその表情は笑っているようにも見える。
 
 突如、貯蔵室の明かりが明滅しだした。一瞬の闇と一瞬の光を交互にもたらし、まるで何か危険信号を発しているかのようである。しかし、黒時は気にすることはなかった。そんなことよりも、早く空腹を満たしたい、そればかりであった。
 
 黒時は駄紋から食べ物を受け取ろうとして、右手を差し出した。ごく普通に、ごく自然に右手を差し出した。駄紋はその差し出された右手をじっと見つめる。見つめる。見つめる。
 
――見つめる。

そして、冷蔵庫の中を探り、駄紋が黒時に手渡しのは。

一枚のレタスの葉であった。

                      *

「大変だよ!」

「大変です!」

「ああ、大変だ」

 しばらくの休息を終えた後、一〇一号室、つまりは黒時の使用していた部屋に全員集合し、妬美、彩香、黒時の三人がそれぞれ困惑した表情で言った。栄作は三人の迫力に気圧されながらも事情を聞いていく。

「わ、分かったからよ! 一斉に喋るなって。で、何が大変なんだ? えーと、じゃあ、黒時から」

「腹が減ったんだ、非常に。これは、すごく大変だ」

「知るかよ! 適当になんか食い物探してこい!」

「いや、探しには行ったんだが、結果はレタスの葉一枚だった……」

「なんでだよ! どこをどう探したらレタスの葉一枚だけが見つかるんだ!? 逆にすごいぞ、それ」

「レタスの葉一枚じゃ、腹は満たされない。たとえ、丸々一個あっても俺はレタスじゃ……、せめてキャベツなら……」

「んなわけあるか! どうした黒時、腹が減り過ぎておかしくなったのか? お前のキャラらしくねぇぞ」

「ロール……キャベツ……」

「……よしもういい、次、彩香!」

「あのぉ、黒時先輩のベッドに入って寝てたんですけどぉ、先輩、何もしてくれてないんですよねぇ。何で?」

「それも知るか! ていうか、お前何してんだよ! 何を平然と男と一緒に寝てるわけ!? そういうのやめてくんない!? 周りが迷惑すんだよ! それに、黒時が手を出さないからって、大変でもなんでないだろ!」

「あー、栄ちゃん先輩ぎゃあぎゃあ喚かないでよ。うるさい」

「誰のせいだよ! ああもう、次……さすがに先生はこの二人みたいにふざけた話じゃないっすよね?」

「ああ、もしかしたらこの先、大問題にもなりかねない非常事態だ」

「な、何があったんすか?」

 静まり返った部屋の中に、ごくり、と栄作が生唾を飲み込む音が響いた。

「貯蔵室の食料が全部なくなっていた」

「え? 全部って……、全部っすか?」

「ああ」

「冷蔵庫の中身、全部?」

「ああ」

「袋の中も?」

「ああ」

「レタスは?」

「灰ヶ原君、今の君は喋らない方がいいと思う」

 妬美は用心深い性格である。

 それゆえ、といわけでもないけれど、むしろ、サバイバル的な状況下では一番重要とも言えるのだが、妬美はホテルに辿り着いて真っ先に食料と水分の在庫状態を調べていたのだ。たとえ身の危険がなかったとしても、食べ物や水がなければ命というものは簡単にその形を失ってしまう。
 
 貯蔵室を調べた妬美は十分すぎるほどの食料と水があることを知った。それにもし少なかったとしても周辺の店から持ってくれば問題にはならない。金を払わず持ってきては万引きになってしまうが、今はそんなことを気にしている場合でもないだろう。

――つまり。

 問題なのは、食料や水分の在庫というわけではなかったのだ。妬美が問題として呈しているのは、自分が確認した十分すぎるほどの食料や水が、少刻の間に全て消えているということだった。

「原因が分からなければ、別の場所から食料を持って来ることもできない。持って来ても、またすぐに消えてしまうだろうからね」

「一体何が起きたってんだよ……」

 何が起きたのか。黒時には思い当たる節がある。しかし、それが原因とは考えにくい。さすがに一人の人間が貯蔵室の中身を空にするというのは、無理がある話だ。しかし、少刻前、あの場所にいた駄紋が原因を知っているという可能性は非常に高いだろう。

 黒時は横目で駄紋を見やる。

 彼はまるっこい体を小刻みに震わせ、何か怯えているような様子だ。仕方がない。こちらから尋ねてみるとするか、とそう思い黒時は言葉を発した。

「なあ、駄――」 

――が。

「悪魔だよ! 悪魔が……、悪魔が、全部食べちゃったんだ!」

 必死に叫ぶ駄紋。

 それはまるで、悪事が見つかった子供のようだった。
 
 ばきばき、と。何かが破壊される音が聞こえる。場所はすぐそば。エントランス。
 
 栄作が急ぎ足で部屋の扉を開けて飛び出て行き、それに続いて全員がエントランスへと出て行った。

 そして――

『悪魔とは僕のことかな? あはは、こんにちは。僕の名前はベルゼブブだよ。宜しくね』
 
 新たな悪魔が現れたのだった。
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