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Chapter2 暴食の腹
第20話 妬美の思惑
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「君も七罪高校の生徒だね。えーと、確か、望印蜀駄紋君、だったかな?」
黒時たちは都心にある国際ホテル【シーサイドホテル】に辿り着いていた。
すぐに横になりたかった黒時は、フロントの受け付け内にいた人影を押しのけて中に無理矢理侵入し、適当に数本、部屋の鍵を取り出した。
黒時は鍵を一本だけ手元に残し、残りを栄作に投げ渡すと、頼りない足取りで鍵に記された番号の部屋へと向かいだした。その様子から黒時が疲弊しきっていることは誰の目にも明白だったのだが、ここで妬美が「まずは皆で話し合おう」と言い出し、黒時の休息を妨げる形となった。
黒時にとって非常に優しくない妬美の一言ではあったが、黒時は聞く耳など持たず、そのまま鍵に記された【一〇一号室】へと入っていく。
さすがに栄作も彩香も、それはないだろう、と妬美に対して不満気な表情を見せていた。
一〇一号室に五人が集まり、先程助けた男と妬美が椅子に座り向かい合う形で会話が行われていた。
黒時は部屋に入るや否やベッドに倒れ込み、今はうつらうつらしながら会話を聞いている。暴漢から助けだした男は黒時たちと同じ七罪高等学校の制服を着ており、どうやら妬美は彼のことを知っているようだった。
「はい、一年三組の望印蜀駄紋です。さっきは、ありがとうございました」
礼儀正しく頭を下げる駄紋。
だが残念なことに、第三者にはその動作が何を意味しているのか分からなかった。
何故なら彼の体型が面白いぐらいに丸く、首という部位がまるでないような姿をしていたからだ。分かりやすく言えば雪だるまのような体型である。だから頭を下げていると言うよりも、椅子の上で転がろうとしているようにしか見えなかった。
しかし、見るからに一〇〇キロは越えていそうではあるが、だからといってここまで丸くなるものだろうか。望印蜀駄紋という男は、絵描き歌で簡単に描くことができそうな男だ。
「それにしても、なんであんなことになってたんだよ」
妬美の側に立つ栄作が駄紋に問いかけた。ちなみに、彩香は黒時の眠っているベッドの端に座り黒時の寝顔をじっと見つめている。
見つめながら時折、黒時に向けて右腕を伸ばしては縮めているが、何をしようとしているのかは判然としない。
「僕、一人で家に帰っていたんですけど、そしたら急に空が黒くなって……周りの人達もいなくなって黒い人影が現れて、すごく怖かったんです。どうしたらいいのか分からなくて走って家に向かっていたんですけど、その途中でさっきの人を見かけて……、僕、人がいたことに嬉しくなっちゃって、だから駆け寄って声をかけたんです。そしたら何故だか、路地裏へ連れて行かれてあんな感じに……」
「マジでただの暴漢じゃねぇか……」
「ずっと殺されるかもって思って……。本当に、助けてくれてありがとうございました!」
駄紋はもう一度頭を下げる。……たぶん、下げている。
「やはり駄紋君も世界の異変については詳しくは知らないようだね。ふむ。よし、事情も分かったことだし、今日はもう休むことにしよう。今が夜なのかどうかはっきりとしないけど、皆疲れてるだろう」
今更である。
その言葉はもっと初めに言っておくべきであると、誰もがそう感じていた。だがまあ、皆それを言葉にしてしまえばわだかまりが生まれることを理解していたので何も言わずにいたのだが。これではどちらが大人であるのか。
「そうっすね。確かにもうヘトヘトっすよ。でかいホテルだし、黒時が言ってたみたいに一人一部屋使ってもいいすよね?」
「うーん、どうだろうね。いつ悪魔が襲ってくるかも分からないわけだし、極力離れない方がいい気もするけど……」
「ああ、確かにそうっすねぇ。じゃあ、黒時ももう寝ちゃってるし、その辺の布団をこの部屋に持ってきて、五人で仲良く休むとしますか!」
妬美と駄紋は栄作の意見に同意したが、やはりただ一人の女性である彩香は同意するわけがなかった。
「彩香は別でお願いします。あ、ってか、三人が別の部屋で休んだらどうですか? 彩香はこの部屋で休みますので」
にこっと、可愛らしい笑顔を見せる。
妬美も栄作も、その笑顔を何度も見たおかげで抗体が出来たのか彩香の笑顔に何も感じはしないが、初見の駄紋は顔を真っ赤にしてにやけた顔をしていた。
「まあ、星井さんの意見は当然却下するとして、だけど、確かに星井さんを僕たちと同じ部屋にするというのもいささか配慮が足りない気もするね。うーん、これはどうしたものか……」
思案顔の妬美。
若い男女間の関係というのがかなりデリケートなものであることは、職業がら十分に理解している。ちょっとした心のすれ違いが思わぬ事態を招いてしまうこともしばしば目にしてきたのだ。
少し考えて妬美は思った。
そもそも男女間の問題を今のこの状況で問題にするのは正しいことなのだろうか、と。
今この瞬間にでも悪魔が現れ、この場にいる全員を殺そうとしてもおかしくはないのである。だとしたら、殺される確率を少しでも下げる為には悪魔に対抗する力を準備しておかなくてはならない。
五人でこの部屋で休むことを彩香は断固拒否しているが、かといってそれを承諾して別々に分かれて休んだとした場合、悪魔に対抗できるのは彩香と黒時の二人だけとなってしまう。
つまり、妬美を含む他の三人はなす術なく悪魔に殺されて終わりなのだ。
しかし妬美はそう思いながらも――承諾するのだった。
「せ、先生?」
目を見開いたまま停止した妬美が心配になり、栄作は彼の肩にそっと手を掛けた。肩が震えている。まるで何かに怯えているかのように。
「よし、決めた。見栄坊君の要望どおり、一人一部屋使おう。でも、僕の部屋は黒時君の隣の部屋を使わせてもらうよ。そして、星井さんはその僕の隣だ。二人を監視しないといけないからね」
世の中で一番大切なもの。
それを守る為ならば、人間という生き物は何でもできる。
できてしまう。
だって、簡単なのだから。
他者を捨てればいい。
それだけで、『己の命』が守られる可能性は高くなる。
妬美は、万が一悪魔出現した際、高確率で生き残れるように、悪魔に対抗できる二人を両脇に配置したのだ。
黒時たちは都心にある国際ホテル【シーサイドホテル】に辿り着いていた。
すぐに横になりたかった黒時は、フロントの受け付け内にいた人影を押しのけて中に無理矢理侵入し、適当に数本、部屋の鍵を取り出した。
黒時は鍵を一本だけ手元に残し、残りを栄作に投げ渡すと、頼りない足取りで鍵に記された番号の部屋へと向かいだした。その様子から黒時が疲弊しきっていることは誰の目にも明白だったのだが、ここで妬美が「まずは皆で話し合おう」と言い出し、黒時の休息を妨げる形となった。
黒時にとって非常に優しくない妬美の一言ではあったが、黒時は聞く耳など持たず、そのまま鍵に記された【一〇一号室】へと入っていく。
さすがに栄作も彩香も、それはないだろう、と妬美に対して不満気な表情を見せていた。
一〇一号室に五人が集まり、先程助けた男と妬美が椅子に座り向かい合う形で会話が行われていた。
黒時は部屋に入るや否やベッドに倒れ込み、今はうつらうつらしながら会話を聞いている。暴漢から助けだした男は黒時たちと同じ七罪高等学校の制服を着ており、どうやら妬美は彼のことを知っているようだった。
「はい、一年三組の望印蜀駄紋です。さっきは、ありがとうございました」
礼儀正しく頭を下げる駄紋。
だが残念なことに、第三者にはその動作が何を意味しているのか分からなかった。
何故なら彼の体型が面白いぐらいに丸く、首という部位がまるでないような姿をしていたからだ。分かりやすく言えば雪だるまのような体型である。だから頭を下げていると言うよりも、椅子の上で転がろうとしているようにしか見えなかった。
しかし、見るからに一〇〇キロは越えていそうではあるが、だからといってここまで丸くなるものだろうか。望印蜀駄紋という男は、絵描き歌で簡単に描くことができそうな男だ。
「それにしても、なんであんなことになってたんだよ」
妬美の側に立つ栄作が駄紋に問いかけた。ちなみに、彩香は黒時の眠っているベッドの端に座り黒時の寝顔をじっと見つめている。
見つめながら時折、黒時に向けて右腕を伸ばしては縮めているが、何をしようとしているのかは判然としない。
「僕、一人で家に帰っていたんですけど、そしたら急に空が黒くなって……周りの人達もいなくなって黒い人影が現れて、すごく怖かったんです。どうしたらいいのか分からなくて走って家に向かっていたんですけど、その途中でさっきの人を見かけて……、僕、人がいたことに嬉しくなっちゃって、だから駆け寄って声をかけたんです。そしたら何故だか、路地裏へ連れて行かれてあんな感じに……」
「マジでただの暴漢じゃねぇか……」
「ずっと殺されるかもって思って……。本当に、助けてくれてありがとうございました!」
駄紋はもう一度頭を下げる。……たぶん、下げている。
「やはり駄紋君も世界の異変については詳しくは知らないようだね。ふむ。よし、事情も分かったことだし、今日はもう休むことにしよう。今が夜なのかどうかはっきりとしないけど、皆疲れてるだろう」
今更である。
その言葉はもっと初めに言っておくべきであると、誰もがそう感じていた。だがまあ、皆それを言葉にしてしまえばわだかまりが生まれることを理解していたので何も言わずにいたのだが。これではどちらが大人であるのか。
「そうっすね。確かにもうヘトヘトっすよ。でかいホテルだし、黒時が言ってたみたいに一人一部屋使ってもいいすよね?」
「うーん、どうだろうね。いつ悪魔が襲ってくるかも分からないわけだし、極力離れない方がいい気もするけど……」
「ああ、確かにそうっすねぇ。じゃあ、黒時ももう寝ちゃってるし、その辺の布団をこの部屋に持ってきて、五人で仲良く休むとしますか!」
妬美と駄紋は栄作の意見に同意したが、やはりただ一人の女性である彩香は同意するわけがなかった。
「彩香は別でお願いします。あ、ってか、三人が別の部屋で休んだらどうですか? 彩香はこの部屋で休みますので」
にこっと、可愛らしい笑顔を見せる。
妬美も栄作も、その笑顔を何度も見たおかげで抗体が出来たのか彩香の笑顔に何も感じはしないが、初見の駄紋は顔を真っ赤にしてにやけた顔をしていた。
「まあ、星井さんの意見は当然却下するとして、だけど、確かに星井さんを僕たちと同じ部屋にするというのもいささか配慮が足りない気もするね。うーん、これはどうしたものか……」
思案顔の妬美。
若い男女間の関係というのがかなりデリケートなものであることは、職業がら十分に理解している。ちょっとした心のすれ違いが思わぬ事態を招いてしまうこともしばしば目にしてきたのだ。
少し考えて妬美は思った。
そもそも男女間の問題を今のこの状況で問題にするのは正しいことなのだろうか、と。
今この瞬間にでも悪魔が現れ、この場にいる全員を殺そうとしてもおかしくはないのである。だとしたら、殺される確率を少しでも下げる為には悪魔に対抗する力を準備しておかなくてはならない。
五人でこの部屋で休むことを彩香は断固拒否しているが、かといってそれを承諾して別々に分かれて休んだとした場合、悪魔に対抗できるのは彩香と黒時の二人だけとなってしまう。
つまり、妬美を含む他の三人はなす術なく悪魔に殺されて終わりなのだ。
しかし妬美はそう思いながらも――承諾するのだった。
「せ、先生?」
目を見開いたまま停止した妬美が心配になり、栄作は彼の肩にそっと手を掛けた。肩が震えている。まるで何かに怯えているかのように。
「よし、決めた。見栄坊君の要望どおり、一人一部屋使おう。でも、僕の部屋は黒時君の隣の部屋を使わせてもらうよ。そして、星井さんはその僕の隣だ。二人を監視しないといけないからね」
世の中で一番大切なもの。
それを守る為ならば、人間という生き物は何でもできる。
できてしまう。
だって、簡単なのだから。
他者を捨てればいい。
それだけで、『己の命』が守られる可能性は高くなる。
妬美は、万が一悪魔出現した際、高確率で生き残れるように、悪魔に対抗できる二人を両脇に配置したのだ。
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