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Chapter2 暴食の腹
第17話 不穏な予感
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四人は細心の注意を払いながらゆっくりとその場に向かっていく。
この時、四人共に同じことを考えていた。それは、三体目の悪魔の存在である。
マモンという二体目の悪魔が現れたことで、悪魔の存在は一体のみだけではなく複数体いる可能性が出てきたのだ。もしかしたら、まだ見ぬ悪魔がこの曲がり角の先で男性を襲っているのでは、と考えるのは無理もないことである。
栄作と妬美は怯えながら、彩香は怯えたふりをして黒時にしがみつきながら、黒時は歪んだ笑みを浮かべながら――曲がり角を曲がって行った。
薄暗い。
何やら殴りつけるような音が聞こえる。
悪魔が男性を殴っているのだろうか。だとしたら、これまでの二体と比べていささかスケールの小さな悪魔のような気もするが、しかし、考えてみれば路地の中に姿が隠れるほどの悪魔である。
これまでとは身体の大きさからして違うのだからスケールが小さくなっても仕方あるまい。むしろスケールが小さい分、力もそれに準じて弱くなっているのならば非常にありがたい話だ。
「うぎゃあ! ご、ごめんなさい、許して下さい!」
またも男の叫びがあがる。かなり苦しんでいるようだ。
「よ、よし、黒時と彩香、お前ら先に行け」
先頭を歩いていた栄作は後ろに下がり、二人の背中を押しながら言った。足は既にがくがくと震えている。
「栄ちゃん先輩、情けな!」
「んなこと言ったって、俺と先生はお前らみたいな力を持ってねぇんだからしょうがねぇだろうが! ほら、さっさと行って倒してこいよ」
「なんか上からじゃない? 闘えないくせに」
「くせに、とか言うなよ! 俺だって闘いてぇよ!」
「じゃあ、どーぞ」
「いや、だからさ、ね? さっきも言ったけど、俺には力がないの。行ったって死ぬだけなの、分かる!?」
「そんなこと分からないって。ほら、早く行って来なよ。彩香のあの大きな腕だって急に出てきたんだから、栄ちゃん先輩もきっと何か出てくるってぇ。がんば!」
「で、でも、何も出なかったら俺死んじゃうし……」
「うわー、へたれだ。本物のへたれだ。この人の力って、へたれの力なんじゃない? ねぇ黒時先輩、あんな人放っておいて彩香たちで悪魔を倒しましょう」
彩香は栄作に背を向けて、栄作に押されたことによって黒時から離れてしまった身体を再び密着させた。ぎゅっ、と黒時の右腕にしがみつきにこやかな表情を見せる。これから悪魔と闘うかもしれない人間とは到底思えない表情である。
「彩香、倒すんじゃない。殺すんだ」
「あ、そうでした。ごめんなさい、彩香間違えてましたね。でもでも、先輩。殺す前に殺されないで下さいね。先輩は彩香の物なんですから」
「……分かった」
そう言っておきながら、黒時は自分でも何が分かったのか分からなかった。ただ、分かったと自分が発言していたことだけは分かっていたが、脊髄反射的に返事を返してしまっていたので、彼女の言葉は脳まで届いていなかったのだ。
まあ、実際には脊髄にも届かず耳から耳へと抜けていただけなのだが。
ともあれ、黒時(腕に彩香がしがみついているので実質的には黒時と彩香)を先頭にして、一行は路地を進んでいった。そして、うっすらと見えてくる二つの影。
ぴたり、と足を止め、その二つの影の様子をじっと見つめた。
一つは地に伏せた大きめな影。そして、もう一つは地に伏せる影を執拗に蹴り続ける細めの影。細い方が襲っているような構図からして、そちらが悪魔である可能性が高いと黒時は判断した。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい――」
男の涙声が定期的に振動する。蹴られる衝撃で声が揺れているようだ。
「灰ヶ原君、早く助けないと!」
「あ、先生は栄ちゃん先輩と同じポジなんで、引っ込んでて下さい」
「そ、そうだね……」
女生徒の言葉にすごすごと従う妬美教諭。
確かに彩香の言っていることは間違いではないし、現在の状況を考えれば当然の発言のようにも感じるが、それでも妬美は彼女らの教師であり、一番の年長者なのだ。もう少し強気にでてもいいような気もするがやはりそこは性格の問題になってくるのかもしれない。
「で、黒時先輩、どうします?」
「…………」
実のところ、黒時の身体は未だ癒えてはいなかった。マモンとの戦闘の際に負ったダメージが充分に残っているのである。
歩けば激痛が走るし、たまに視界が揺らいで倒れそうにもなる。
つまり黒時は、立ってはいるものの瀕死に近い状態なのだった。いつもの黒時ならばすぐさま払いのけていたはずなのに、右腕に変な付属品をつけたままにしているのも、払いのける体力が残っていないからに他ならなかった。
しかしそれでも。
灰ヶ原黒時という少年は一歩を踏み出した。迷うことなく、当然のように死地かもしれぬ場所へと自ら足を踏み入れたのである。
勝算があるわけではない。
悪魔との戦闘になれば、十中八九自分は死ぬだろう、とそう感じている。けれど、今の黒時には己の命よりも大切なことがあった。成し遂げなければならぬことがあった。
それは――新しい世界を描くこと。
それを実現するためには己の命を顧みている暇などなかったのだ。
「行くぞ!」
この時、四人共に同じことを考えていた。それは、三体目の悪魔の存在である。
マモンという二体目の悪魔が現れたことで、悪魔の存在は一体のみだけではなく複数体いる可能性が出てきたのだ。もしかしたら、まだ見ぬ悪魔がこの曲がり角の先で男性を襲っているのでは、と考えるのは無理もないことである。
栄作と妬美は怯えながら、彩香は怯えたふりをして黒時にしがみつきながら、黒時は歪んだ笑みを浮かべながら――曲がり角を曲がって行った。
薄暗い。
何やら殴りつけるような音が聞こえる。
悪魔が男性を殴っているのだろうか。だとしたら、これまでの二体と比べていささかスケールの小さな悪魔のような気もするが、しかし、考えてみれば路地の中に姿が隠れるほどの悪魔である。
これまでとは身体の大きさからして違うのだからスケールが小さくなっても仕方あるまい。むしろスケールが小さい分、力もそれに準じて弱くなっているのならば非常にありがたい話だ。
「うぎゃあ! ご、ごめんなさい、許して下さい!」
またも男の叫びがあがる。かなり苦しんでいるようだ。
「よ、よし、黒時と彩香、お前ら先に行け」
先頭を歩いていた栄作は後ろに下がり、二人の背中を押しながら言った。足は既にがくがくと震えている。
「栄ちゃん先輩、情けな!」
「んなこと言ったって、俺と先生はお前らみたいな力を持ってねぇんだからしょうがねぇだろうが! ほら、さっさと行って倒してこいよ」
「なんか上からじゃない? 闘えないくせに」
「くせに、とか言うなよ! 俺だって闘いてぇよ!」
「じゃあ、どーぞ」
「いや、だからさ、ね? さっきも言ったけど、俺には力がないの。行ったって死ぬだけなの、分かる!?」
「そんなこと分からないって。ほら、早く行って来なよ。彩香のあの大きな腕だって急に出てきたんだから、栄ちゃん先輩もきっと何か出てくるってぇ。がんば!」
「で、でも、何も出なかったら俺死んじゃうし……」
「うわー、へたれだ。本物のへたれだ。この人の力って、へたれの力なんじゃない? ねぇ黒時先輩、あんな人放っておいて彩香たちで悪魔を倒しましょう」
彩香は栄作に背を向けて、栄作に押されたことによって黒時から離れてしまった身体を再び密着させた。ぎゅっ、と黒時の右腕にしがみつきにこやかな表情を見せる。これから悪魔と闘うかもしれない人間とは到底思えない表情である。
「彩香、倒すんじゃない。殺すんだ」
「あ、そうでした。ごめんなさい、彩香間違えてましたね。でもでも、先輩。殺す前に殺されないで下さいね。先輩は彩香の物なんですから」
「……分かった」
そう言っておきながら、黒時は自分でも何が分かったのか分からなかった。ただ、分かったと自分が発言していたことだけは分かっていたが、脊髄反射的に返事を返してしまっていたので、彼女の言葉は脳まで届いていなかったのだ。
まあ、実際には脊髄にも届かず耳から耳へと抜けていただけなのだが。
ともあれ、黒時(腕に彩香がしがみついているので実質的には黒時と彩香)を先頭にして、一行は路地を進んでいった。そして、うっすらと見えてくる二つの影。
ぴたり、と足を止め、その二つの影の様子をじっと見つめた。
一つは地に伏せた大きめな影。そして、もう一つは地に伏せる影を執拗に蹴り続ける細めの影。細い方が襲っているような構図からして、そちらが悪魔である可能性が高いと黒時は判断した。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい――」
男の涙声が定期的に振動する。蹴られる衝撃で声が揺れているようだ。
「灰ヶ原君、早く助けないと!」
「あ、先生は栄ちゃん先輩と同じポジなんで、引っ込んでて下さい」
「そ、そうだね……」
女生徒の言葉にすごすごと従う妬美教諭。
確かに彩香の言っていることは間違いではないし、現在の状況を考えれば当然の発言のようにも感じるが、それでも妬美は彼女らの教師であり、一番の年長者なのだ。もう少し強気にでてもいいような気もするがやはりそこは性格の問題になってくるのかもしれない。
「で、黒時先輩、どうします?」
「…………」
実のところ、黒時の身体は未だ癒えてはいなかった。マモンとの戦闘の際に負ったダメージが充分に残っているのである。
歩けば激痛が走るし、たまに視界が揺らいで倒れそうにもなる。
つまり黒時は、立ってはいるものの瀕死に近い状態なのだった。いつもの黒時ならばすぐさま払いのけていたはずなのに、右腕に変な付属品をつけたままにしているのも、払いのける体力が残っていないからに他ならなかった。
しかしそれでも。
灰ヶ原黒時という少年は一歩を踏み出した。迷うことなく、当然のように死地かもしれぬ場所へと自ら足を踏み入れたのである。
勝算があるわけではない。
悪魔との戦闘になれば、十中八九自分は死ぬだろう、とそう感じている。けれど、今の黒時には己の命よりも大切なことがあった。成し遂げなければならぬことがあった。
それは――新しい世界を描くこと。
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「行くぞ!」
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