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Chapter1 強欲の腕
第15話 完成された強欲
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『弱い、弱いな。その程度の欲で強欲の集合体である我に勝とうなど、片腹痛いわ!』
「きゃあぁぁぁぁ!」
彩香の光の腕が眼前まで押し込まれ、飛び散る光の粒子が彼女の身体に降り注いでいく。
それはまるで、星井彩香という存在がそのまま光の中に消え去ってしまいそうな、そんな錯覚を植えつける光景だった。
「彩香! マモンを見るな、自分を見ろ。 星井彩香という存在を隠すんじゃない、本当のお前を、本物のお前に委ねるんだ!」
「本物の……彩香……」
彩香の姿が光に包まれた。マモンの左手が星井彩香の全てを押し潰し、その存在を光の粒子へと変える――なんてことは起こらなかった。
「本物の……」
『むう!?』
彩香の身体を覆っていた光は激しさを増し、淡い光だけだったこの世界を一瞬、目が眩んでしまうほど眩しく輝かせた。巨大で強大な光はやがて一つの場所へと収束され形作られていく。
「彩香は……」
星井彩香の強欲が、彼女の腕に発現される。人々を魅了するほどに美しく輝く彼女の腕。
偽者ではなく、まぎれもない本物。
これが本物の――星井彩香という存在なのである。
「彩香は――全部欲しい。全部全部全部全部全部全部、ほっしーい! それが彩香なの。全てを欲しがる女の子。これが本物の彩香なんだよ。だから――あんたは邪魔!」
『ぐうぉぉぉぉぉ!?』
押し込まれていた彩香の光の腕が力を増し、悪魔の左腕を押し返し始めた。一人の少女が闘うその姿に、絶望の渦に飲まれていた空間が希望の波を引き起こしていく。
「てやあぁぁぁ――!」
彩香の強欲の腕がマモンの腕を押し切り弾き飛ばした。
あまりの衝撃にマモンの巨躯がよろめき、彩香はその隙を逃すことなく巨大な手で悪魔の身体を握り締める。
きしきしと、マモンの身体が軋んでいる。それは丁度、マモンが未だ握り締めている右手と同様の構図だった。
『ぐぬぅ。まさか我が敗れるとは。集合体であるはずの我が一個の欲に負けるなど……』
黒時の攻撃を受けていた時とは違い、明らかにマモンは苦しんでいる。マモンはうめき声にも似た声を漏らしていて、それに呼応するかのように自分を握っている右手の力が緩んでいくのを黒時は感じていた。
『認めよう、お主の勝ちだ』
「勝ち? そんなことはどうでもいいよ。彩香はただ、本当の彩香に自分を委ねただけだから」
巨大な悪魔を右手で握り締めながら、少女は可愛らしく舌をぺろっと出した。
確かに可愛い仕種なのだろうけれど、基盤となっているその顔は狂気に歪んでいるように見えた。
「でもぉ、彩香はあんたなんて欲しくないんだよねぇ。正直、この手を放したい気分。でも、放すと黒時先輩が手に入らないし。だ・か・ら――さっさとその手を放せよ」
マモンを掴む光の腕に力が入る。何かが砕けるような生々しい音が場に響き、狂気的な空気が流れ込んでいく。
『ぐがぁぁぁぁ――! ぐぅ、仕方あるまい。この少年を解放しよう。さすれば、お主も我を解放するのだな?』
「うん」
少女は元気よく首肯する。それと同時に黒時の身体は解放され宙へと投げ出された。
「せんぱぁい」
宙に放り出された黒時の目下には、狂気に満ちた彩香の顔が見えたていた。ひどく歪んて、けれど、だからこそ偽りのない美しさを感じる。
星井彩香という存在が今まさに確立した。
全てを掴むための光の腕を持った彼女。溢れ出る強欲に満ちた彼女。これこそ、本物の星井彩香なのだ。
落下しながら、黒時は言う。
優しく静かに――そして慈悲深く。
「彩香」
「はい?」
「潰せ」
「はい!」
ぐしゃあ、と大きな音が鳴り響く。
光る巨大な手は握り締められ、その手の中からは黒い液体が噴水のように噴出していた。
『がふぁ、うぐあぁ――。フハハハ、こ、これではどちらが悪魔か分かるまいな、フハハハ。我が、がはぁ――器に収まることにな、るとは……フハハハハハハ!』
「マモン、教えてくれ。俺は何を間違っていたんだ?」
『既にお主は、正解を導いておるよ』
「……そうか」
黒時は音も立てず着地し、マモンが噴き出す黒い液体を身体中に浴び続けていた。
これが――正解だった。
黒時が立てた仮説に対してマモンは一部【ノー】と答えたが、それは全体を否定したのではく、根本を否定したのである。根本のみを否定したのである。
天を仰ぎ、黒い液体を顔面に受けながら黒時は気付いていた。己の過ち。そして導き出された正解。
悪魔を倒す――のではなく、悪魔を殺す。
殺すことで器が満たされ、新たな世界への扉が開かれるのだ。
辺り一帯が血の海に染まり、猟奇的な海の中で血の雨を浴びる二人の男女がいる。
黒い噴水の中から一つの小さな光る珠が飛び出し、黒時はそれに瞬時に気づくと、彩香に掴むように指示した。
黒時の指示に従って握られていた光の腕が開き、光る珠を掴み握り込む。そして、光る珠は光の腕の中へと吸収されていった。
光る珠——マモンのコア。
今、星井彩香という器にマモンという強欲が注がれ、器は満たされたのだ。
「せんぱぁい」
そっと、彩香が黒時に歩み寄る。
既に光の腕は消失し、彩香の腕はもとの細く可愛らしいものとなっていた。
血を浴び血の中を歩く彼女。狂気に満ちた彼女は、形容できぬほどに美しかった。ひどく歪んだ笑みが愛おしく思えるほどに、本物の少女は美しかった。
黒時は思う。
新たな世界を託された自分は、何を思い描けばよいのだろうか――と。悪魔を殺し、器を満たし、そしてもとの世界に戻す、それで本当に良いのだろうか――と。
自分が託された新たな世界は、もっと美しさに満ち満ちていて、全てが本物であるべきで、そこには微少の偽りも必要ない。
目の前で笑う少女のように、本物で満たされている世界、それこそが灰ヶ原黒時という存在が担うにふさわしい世界ではないのか。
「せんぱぁーい」
そっと、彩香は黒時に手を伸ばす。血に塗れた黒い腕。全てを掴む強欲の腕。
黒時はそれを避けるようにして、一歩足を引いた。
そして、彩香と同様の眩しい笑顔を彼女に向ける。
「彩香」
「はい? なんですか?」
「必ず。必ず俺達の手で――世界を救おう」
悪魔のような笑みが零れた。
「きゃあぁぁぁぁ!」
彩香の光の腕が眼前まで押し込まれ、飛び散る光の粒子が彼女の身体に降り注いでいく。
それはまるで、星井彩香という存在がそのまま光の中に消え去ってしまいそうな、そんな錯覚を植えつける光景だった。
「彩香! マモンを見るな、自分を見ろ。 星井彩香という存在を隠すんじゃない、本当のお前を、本物のお前に委ねるんだ!」
「本物の……彩香……」
彩香の姿が光に包まれた。マモンの左手が星井彩香の全てを押し潰し、その存在を光の粒子へと変える――なんてことは起こらなかった。
「本物の……」
『むう!?』
彩香の身体を覆っていた光は激しさを増し、淡い光だけだったこの世界を一瞬、目が眩んでしまうほど眩しく輝かせた。巨大で強大な光はやがて一つの場所へと収束され形作られていく。
「彩香は……」
星井彩香の強欲が、彼女の腕に発現される。人々を魅了するほどに美しく輝く彼女の腕。
偽者ではなく、まぎれもない本物。
これが本物の――星井彩香という存在なのである。
「彩香は――全部欲しい。全部全部全部全部全部全部、ほっしーい! それが彩香なの。全てを欲しがる女の子。これが本物の彩香なんだよ。だから――あんたは邪魔!」
『ぐうぉぉぉぉぉ!?』
押し込まれていた彩香の光の腕が力を増し、悪魔の左腕を押し返し始めた。一人の少女が闘うその姿に、絶望の渦に飲まれていた空間が希望の波を引き起こしていく。
「てやあぁぁぁ――!」
彩香の強欲の腕がマモンの腕を押し切り弾き飛ばした。
あまりの衝撃にマモンの巨躯がよろめき、彩香はその隙を逃すことなく巨大な手で悪魔の身体を握り締める。
きしきしと、マモンの身体が軋んでいる。それは丁度、マモンが未だ握り締めている右手と同様の構図だった。
『ぐぬぅ。まさか我が敗れるとは。集合体であるはずの我が一個の欲に負けるなど……』
黒時の攻撃を受けていた時とは違い、明らかにマモンは苦しんでいる。マモンはうめき声にも似た声を漏らしていて、それに呼応するかのように自分を握っている右手の力が緩んでいくのを黒時は感じていた。
『認めよう、お主の勝ちだ』
「勝ち? そんなことはどうでもいいよ。彩香はただ、本当の彩香に自分を委ねただけだから」
巨大な悪魔を右手で握り締めながら、少女は可愛らしく舌をぺろっと出した。
確かに可愛い仕種なのだろうけれど、基盤となっているその顔は狂気に歪んでいるように見えた。
「でもぉ、彩香はあんたなんて欲しくないんだよねぇ。正直、この手を放したい気分。でも、放すと黒時先輩が手に入らないし。だ・か・ら――さっさとその手を放せよ」
マモンを掴む光の腕に力が入る。何かが砕けるような生々しい音が場に響き、狂気的な空気が流れ込んでいく。
『ぐがぁぁぁぁ――! ぐぅ、仕方あるまい。この少年を解放しよう。さすれば、お主も我を解放するのだな?』
「うん」
少女は元気よく首肯する。それと同時に黒時の身体は解放され宙へと投げ出された。
「せんぱぁい」
宙に放り出された黒時の目下には、狂気に満ちた彩香の顔が見えたていた。ひどく歪んて、けれど、だからこそ偽りのない美しさを感じる。
星井彩香という存在が今まさに確立した。
全てを掴むための光の腕を持った彼女。溢れ出る強欲に満ちた彼女。これこそ、本物の星井彩香なのだ。
落下しながら、黒時は言う。
優しく静かに――そして慈悲深く。
「彩香」
「はい?」
「潰せ」
「はい!」
ぐしゃあ、と大きな音が鳴り響く。
光る巨大な手は握り締められ、その手の中からは黒い液体が噴水のように噴出していた。
『がふぁ、うぐあぁ――。フハハハ、こ、これではどちらが悪魔か分かるまいな、フハハハ。我が、がはぁ――器に収まることにな、るとは……フハハハハハハ!』
「マモン、教えてくれ。俺は何を間違っていたんだ?」
『既にお主は、正解を導いておるよ』
「……そうか」
黒時は音も立てず着地し、マモンが噴き出す黒い液体を身体中に浴び続けていた。
これが――正解だった。
黒時が立てた仮説に対してマモンは一部【ノー】と答えたが、それは全体を否定したのではく、根本を否定したのである。根本のみを否定したのである。
天を仰ぎ、黒い液体を顔面に受けながら黒時は気付いていた。己の過ち。そして導き出された正解。
悪魔を倒す――のではなく、悪魔を殺す。
殺すことで器が満たされ、新たな世界への扉が開かれるのだ。
辺り一帯が血の海に染まり、猟奇的な海の中で血の雨を浴びる二人の男女がいる。
黒い噴水の中から一つの小さな光る珠が飛び出し、黒時はそれに瞬時に気づくと、彩香に掴むように指示した。
黒時の指示に従って握られていた光の腕が開き、光る珠を掴み握り込む。そして、光る珠は光の腕の中へと吸収されていった。
光る珠——マモンのコア。
今、星井彩香という器にマモンという強欲が注がれ、器は満たされたのだ。
「せんぱぁい」
そっと、彩香が黒時に歩み寄る。
既に光の腕は消失し、彩香の腕はもとの細く可愛らしいものとなっていた。
血を浴び血の中を歩く彼女。狂気に満ちた彼女は、形容できぬほどに美しかった。ひどく歪んだ笑みが愛おしく思えるほどに、本物の少女は美しかった。
黒時は思う。
新たな世界を託された自分は、何を思い描けばよいのだろうか――と。悪魔を殺し、器を満たし、そしてもとの世界に戻す、それで本当に良いのだろうか――と。
自分が託された新たな世界は、もっと美しさに満ち満ちていて、全てが本物であるべきで、そこには微少の偽りも必要ない。
目の前で笑う少女のように、本物で満たされている世界、それこそが灰ヶ原黒時という存在が担うにふさわしい世界ではないのか。
「せんぱぁーい」
そっと、彩香は黒時に手を伸ばす。血に塗れた黒い腕。全てを掴む強欲の腕。
黒時はそれを避けるようにして、一歩足を引いた。
そして、彩香と同様の眩しい笑顔を彼女に向ける。
「彩香」
「はい? なんですか?」
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