9 / 78
Chapter1 強欲の腕
第8話 絆の胎動
しおりを挟む
今の黒時にとっては何よりも優先すべき事があった。【己の命】よりも優先すべき事があった。
「なあ、星井」
「彩香、でいいですよ。黒時先輩」
「……星井」
「彩香」
「星――」
「あ・や・か」
「…………」
「黒時、悪い事は言わない。ここはお前が折れとけ」
と、栄作がすかさず黒時に耳打ちをする。黒時は得心がいかなかったが、このままでは話も進まないので仕方なくその意見に従う事にした。
「なあ、彩香」
「はい、なんでしょう? 黒時先輩」
「……ルシファーを、見なかったか?」
「ルシファー? なんですかそれ? なんだかおいしそうですね、ファー、て部分がふわふわしてそうで。洋菓子の一種ですか?」
あまりに馬鹿らしい解答だったが、これは黒時が悪い。
事情を知らぬ相手にそのまま質問をぶつけても、たいした解答が得られないのは容易に分かる事だ。
まあ、ルシファーを洋菓子だと言ってしまう彩香にも問題はありそうだが。真っ黒なケーキか何かなのだろうか。
「見栄坊、説明してやってくれ」
「なんで俺!? まあいいけど。その代わり、これから俺の事を慕えよ」
「は?」
「いやいや、栄ちゃん先輩を何言っているんですか? さすがに気持ち悪いんですけど……。ああ、やばい吐きそう」
意味が分からず当惑する黒時と、えずきだす彩香。えずき方もあざとく無駄に可愛らしい。
「だって俺だよ? 俺様だよ? 二人は知んないかもだけどさ、俺ってさ結構すごい男なんだぜ。あ、黒時は知ってるか、同じクラスだもんな。皆からさ、ゴッドって呼ばれてんだよ」
いや、知らない。と、思ったが言うつもりは黒時にはない。
それにもしも本当にゴッドと呼ばれているとしても、それは確実に馬鹿にされているだけだ。まるで神のような神経の図太さ、そんな感じの皮肉だろう。
そもそも栄作の発言がふわふわしずぎていて要領を得ない。一体、何ファーのつもりなのだろうか。
「あの、黒時先輩」
栄作の言葉を綺麗に無視して彩香が黒時に話しかける。
「彩香はですね、たまたま黒時先輩みたいな格好いい人と出会えてすごく嬉しいんですけど、残念ながら栄ちゃん先輩とも出会ってしまったことでプラマイゼロになってしまいました」
「それは……残念だったな」
「おおい! 俺の話をちゃんと聞けよ!」
叫ぶ栄作。
闇に染まった空。
焼け焦げた大地。
その中に彼の情けない声が響き渡るという光景はなんともシュールだった。
「見栄坊」
「なんだ?」
栄作は少しばかり怒ったような口調で返すが、さすがは黒時、彼は栄作の当初の望みを叶えてやる事で場を瞬時に収束させた。言わずもがな、怒っている栄作に気を使ったわけではなくただ面倒を回避する為にである。
「これからはお前のこと、栄作って呼ぶよ。だから、落ち着いてくれ」
「え? あ、ああ、いい。それでいいよ。オッケー。いやむしろ、オールオッケー!」
栄作の機嫌を適当に戻したところで本題に入る。黒時にとって何よりも優先すべき事は、お調子者の一顰一笑ではない。
栄作はこれまでの出来事を簡潔に彩香に伝え、そして、彼女が理解したところで黒時はもう一度彼女にルシファーについて尋ねた。
「うーん、そうですねぇ。あ、そういえば。彩香はすごい音と光が気になってここに来てみたんですけど、ここに来る途中でおっきな鳥みたいなのが飛んでるのを見ました」
「おっきな、ってどれくらいだ?」
「うーん、ここにあった高層ビルぐらいですかね」
彩香はそう言いながら、今ではただの空間となってしまった場所を指差す。高層ビルを造っていた壁や鉄は瓦礫となって辺り一帯に散らばっている。
「それはどこに向かって飛んでいったんだ?」
彩香の言葉を聞いて、黒時はその大きな鳥みたいなものがルシファーであることを確信した。
「えーと、たしか……あっち?」
周りには何もなくなってしまい方角がいまいち掴めないが、とにかく、彩香は黒時から見て右の方向に指を差した。黒時はその指の先を目で追う。
この先に、ルシファーがいる。魅入って心を奪われた、あの美しい悪魔がいる。
そう思うと黒時の身体はまた自然と震えていた。
「追いかける」
そう言って黒時は指差された方向へと歩き出した。その行動と発言に栄作は驚愕する。
「はあ!? おい、ちょっと待てよ。何言ってんだ、俺達殺されかけたんだぞ!? なのに、追いかけるって何考えてんだよ!?」
栄作の言葉に反応せず黒時は歩き続ける。
「そ、そうですよ黒時先輩。彩香はルシファーさんのことよく知りませんけど、多分危ない奴ですよ、そいつ。だから追いかけるなんてやめましょうよ。それに、まだ身体も本調子じゃないでしょうし」
抑制の言葉をかける二人。
それでも黒時は止まらない。止まるはずがない。行けば殺すと言われても、黒時は止まらない。己の命よりも何よりも、今はルシファーの存在を追い求めることが、黒時にとっては大切な事なのだから。
「っつ……」
だが。
彩香の言葉は的を得ていたようで。
黒時は数歩ほど進んだ先で突如激しい頭痛に襲われ、よろめいた。
既に足には黒時の身体を支える余力もなく、よろめいたまま体勢を立て直すことが出来ない。次第に地面が眼前に迫ってきて、黒時の身体は再び地に沈むことになるかとも思われた。
しかし、そうはならず黒時自身の足ではない他のものが彼の身体を支えてくれた。
「ほら見ろ。彩香の言うとおりぼろぼろじゃねぇか。どっかで休もうぜ。ルシファーを追いかけるのはそれからでも遅くねぇだろ?」
しゃがみながら黒時の身体を受け止めた栄作は、にこっと笑いながらそう言った。無邪気なその笑顔は美しさなんて微塵も感じられないものではあったけれど、意外にも黒時は素直に――
「ああ、そうだな」
と言った。
「なあ、星井」
「彩香、でいいですよ。黒時先輩」
「……星井」
「彩香」
「星――」
「あ・や・か」
「…………」
「黒時、悪い事は言わない。ここはお前が折れとけ」
と、栄作がすかさず黒時に耳打ちをする。黒時は得心がいかなかったが、このままでは話も進まないので仕方なくその意見に従う事にした。
「なあ、彩香」
「はい、なんでしょう? 黒時先輩」
「……ルシファーを、見なかったか?」
「ルシファー? なんですかそれ? なんだかおいしそうですね、ファー、て部分がふわふわしてそうで。洋菓子の一種ですか?」
あまりに馬鹿らしい解答だったが、これは黒時が悪い。
事情を知らぬ相手にそのまま質問をぶつけても、たいした解答が得られないのは容易に分かる事だ。
まあ、ルシファーを洋菓子だと言ってしまう彩香にも問題はありそうだが。真っ黒なケーキか何かなのだろうか。
「見栄坊、説明してやってくれ」
「なんで俺!? まあいいけど。その代わり、これから俺の事を慕えよ」
「は?」
「いやいや、栄ちゃん先輩を何言っているんですか? さすがに気持ち悪いんですけど……。ああ、やばい吐きそう」
意味が分からず当惑する黒時と、えずきだす彩香。えずき方もあざとく無駄に可愛らしい。
「だって俺だよ? 俺様だよ? 二人は知んないかもだけどさ、俺ってさ結構すごい男なんだぜ。あ、黒時は知ってるか、同じクラスだもんな。皆からさ、ゴッドって呼ばれてんだよ」
いや、知らない。と、思ったが言うつもりは黒時にはない。
それにもしも本当にゴッドと呼ばれているとしても、それは確実に馬鹿にされているだけだ。まるで神のような神経の図太さ、そんな感じの皮肉だろう。
そもそも栄作の発言がふわふわしずぎていて要領を得ない。一体、何ファーのつもりなのだろうか。
「あの、黒時先輩」
栄作の言葉を綺麗に無視して彩香が黒時に話しかける。
「彩香はですね、たまたま黒時先輩みたいな格好いい人と出会えてすごく嬉しいんですけど、残念ながら栄ちゃん先輩とも出会ってしまったことでプラマイゼロになってしまいました」
「それは……残念だったな」
「おおい! 俺の話をちゃんと聞けよ!」
叫ぶ栄作。
闇に染まった空。
焼け焦げた大地。
その中に彼の情けない声が響き渡るという光景はなんともシュールだった。
「見栄坊」
「なんだ?」
栄作は少しばかり怒ったような口調で返すが、さすがは黒時、彼は栄作の当初の望みを叶えてやる事で場を瞬時に収束させた。言わずもがな、怒っている栄作に気を使ったわけではなくただ面倒を回避する為にである。
「これからはお前のこと、栄作って呼ぶよ。だから、落ち着いてくれ」
「え? あ、ああ、いい。それでいいよ。オッケー。いやむしろ、オールオッケー!」
栄作の機嫌を適当に戻したところで本題に入る。黒時にとって何よりも優先すべき事は、お調子者の一顰一笑ではない。
栄作はこれまでの出来事を簡潔に彩香に伝え、そして、彼女が理解したところで黒時はもう一度彼女にルシファーについて尋ねた。
「うーん、そうですねぇ。あ、そういえば。彩香はすごい音と光が気になってここに来てみたんですけど、ここに来る途中でおっきな鳥みたいなのが飛んでるのを見ました」
「おっきな、ってどれくらいだ?」
「うーん、ここにあった高層ビルぐらいですかね」
彩香はそう言いながら、今ではただの空間となってしまった場所を指差す。高層ビルを造っていた壁や鉄は瓦礫となって辺り一帯に散らばっている。
「それはどこに向かって飛んでいったんだ?」
彩香の言葉を聞いて、黒時はその大きな鳥みたいなものがルシファーであることを確信した。
「えーと、たしか……あっち?」
周りには何もなくなってしまい方角がいまいち掴めないが、とにかく、彩香は黒時から見て右の方向に指を差した。黒時はその指の先を目で追う。
この先に、ルシファーがいる。魅入って心を奪われた、あの美しい悪魔がいる。
そう思うと黒時の身体はまた自然と震えていた。
「追いかける」
そう言って黒時は指差された方向へと歩き出した。その行動と発言に栄作は驚愕する。
「はあ!? おい、ちょっと待てよ。何言ってんだ、俺達殺されかけたんだぞ!? なのに、追いかけるって何考えてんだよ!?」
栄作の言葉に反応せず黒時は歩き続ける。
「そ、そうですよ黒時先輩。彩香はルシファーさんのことよく知りませんけど、多分危ない奴ですよ、そいつ。だから追いかけるなんてやめましょうよ。それに、まだ身体も本調子じゃないでしょうし」
抑制の言葉をかける二人。
それでも黒時は止まらない。止まるはずがない。行けば殺すと言われても、黒時は止まらない。己の命よりも何よりも、今はルシファーの存在を追い求めることが、黒時にとっては大切な事なのだから。
「っつ……」
だが。
彩香の言葉は的を得ていたようで。
黒時は数歩ほど進んだ先で突如激しい頭痛に襲われ、よろめいた。
既に足には黒時の身体を支える余力もなく、よろめいたまま体勢を立て直すことが出来ない。次第に地面が眼前に迫ってきて、黒時の身体は再び地に沈むことになるかとも思われた。
しかし、そうはならず黒時自身の足ではない他のものが彼の身体を支えてくれた。
「ほら見ろ。彩香の言うとおりぼろぼろじゃねぇか。どっかで休もうぜ。ルシファーを追いかけるのはそれからでも遅くねぇだろ?」
しゃがみながら黒時の身体を受け止めた栄作は、にこっと笑いながらそう言った。無邪気なその笑顔は美しさなんて微塵も感じられないものではあったけれど、意外にも黒時は素直に――
「ああ、そうだな」
と言った。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラウンクレイド零和
茶竹抹茶竹
SF
「私達はそれを魔法と呼んだ」
学校を襲うゾンビの群れ! 突然のゾンビパンデミックに逃げ惑う女子高生の祷は、生き残りをかけてゾンビと戦う事を決意する。そんな彼女の手にはあるのは、異能の力だった。
先の読めない展開と張り巡らされた伏線、全ての謎をあなたは解けるか。異能力xゾンビ小説が此処に開幕!。
※死、流血等のグロテスクな描写・過激ではない性的描写・肉体の腐敗等の嫌悪感を抱かせる描写・等を含みます。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
さくらと遥香
youmery
恋愛
国民的な人気を誇る女性アイドルグループの4期生として活動する、さくらと遥香(=かっきー)。
さくら視点で描かれる、かっきーとの百合恋愛ストーリーです。
◆あらすじ
さくらと遥香は、同じアイドルグループで活動する同期の2人。
さくらは"さくちゃん"、
遥香は名字にちなんで"かっきー"の愛称でメンバーやファンから愛されている。
同期の中で、加入当時から選抜メンバーに選ばれ続けているのはさくらと遥香だけ。
ときに"4期生のダブルエース"とも呼ばれる2人は、お互いに支え合いながら数々の試練を乗り越えてきた。
同期、仲間、戦友、コンビ。
2人の関係を表すにはどんな言葉がふさわしいか。それは2人にしか分からない。
そんな2人の関係に大きな変化が訪れたのは2022年2月、46時間の生配信番組の最中。
イラストを描くのが得意な遥香は、生配信中にメンバー全員の似顔絵を描き上げる企画に挑戦していた。
配信スタジオの一角を使って、休む間も惜しんで似顔絵を描き続ける遥香。
さくらは、眠そうな顔で頑張る遥香の姿を心配そうに見つめていた。
2日目の配信が終わった夜、さくらが遥香の様子を見に行くと誰もいないスタジオで2人きりに。
遥香の力になりたいさくらは、
「私に出来ることがあればなんでも言ってほしい」
と申し出る。
そこで、遥香から目をつむるように言われて待っていると、さくらは唇に柔らかい感触を感じて…
◆章構成と主な展開
・46時間TV編[完結]
(初キス、告白、両想い)
・付き合い始めた2人編[完結]
(交際スタート、グループ内での距離感の変化)
・かっきー1st写真集編[完結]
(少し大人なキス、肌と肌の触れ合い)
・お泊まり温泉旅行編[完結]
(お風呂、もう少し大人な関係へ)
・かっきー2回目のセンター編[完結]
(かっきーの誕生日お祝い)
・飛鳥さん卒コン編[完結]
(大好きな先輩に2人の関係を伝える)
・さくら1st写真集編[完結]
(お風呂で♡♡)
・Wセンター編[不定期更新中]
※女の子同士のキスやハグといった百合要素があります。抵抗のない方だけお楽しみください。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる