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Chapter1 強欲の腕
第3話 世界の変貌
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黒時は少々首を傾げる。
何が起きた? 急に夜になったのか?
瞬間的に空が暗くなり夜になるなんて事態が起きるはずも無い事は黒時だって分かってはいるが、それ以外に答えがだせなかった。
黒時は少しの間漆黒に染まった天を見上げ続けていた。天からは月明かりのような光が優しく差し込んでいて、天は漆黒なれど地上はほんのりと明るい。
理解出来ない現象が起きている。
黒時は天を見上げるのを止め歩き出した。不思議だ、彼が導き出した結論はそれだった。それ以外に何もなかった。黒時は世界の変貌にすら興味を示さなかった。
ちなみに、もしも天からの光が無く地上すらも漆黒に染まっていたのなら、さすがの黒時も少々戸惑っていた。なにせ、辺り一帯が見えなくなってしまうのだ。そうなってしまうと暗闇の中を帰らないと行けないわけで、家に帰るのが面倒になってしまう。目隠しをして下校しているようなものだ。
そうならなかった事への安堵も少ししながら、黒時は何事もなかったかのように家を目指して歩いて行く。
都心にあるスクランブル交差点。
今朝立ち止まったあの交差点である。そこに着いたところで黒時は更なる世界の異変に気がついた。
――人間がいないのである。
いつもよりも歩く人間の姿が少ないだとか、そういった比喩ではない。文字通り、人間が一人もいないのである。しかし、まるでいなくなった人間の代理を務めるかのように存在する物体の姿がそこにはあった。
それは――人影だった。
大量の黒い人影のような物体が、今朝の人間たちと同じように跋扈している。黒時は慌てて辺りを見回す。
人影。人影。人影。
人影が二足歩行で歩く姿ばかりで、人間の姿はまったく見当たらない。
人間が黒い人影と入れ替わった。
それを理解して、黒時は小さく舌打ちをした。これは彼にとって珍しい事である。上機嫌であったからと言うわけではなく、そもそも灰ヶ原黒時という人間は感情の起伏が少ない人間なのである。興味のある事に関してはそうとは言い切れないのだが、基本彼はドライな人間だ。
舌打ちという不満や怒りを如実に現す行為を行った。それはつまり黒時が今、不満を抱き苛立っているという証拠でもある。
では何故、感情の起伏が少ない彼は苛立っているのだろうか?
人間が人影と入れ替わった、その事態に彼を苛立たせるようなことがあったのだろうか。考えるまでもなく、あった。黒時の感情が激しく揺さぶられる部分にこの事態は触れていたのだ。
彼の唯一の楽しみ、それは人間の本質を見ること。即ち、人間が存在して初めて成り立つものなのである。
人間が人影と入れ替わった。人間がいなくなり、人影が現れた。
人間がいない。
これでは、人間が存在している事を前提とした黒時の唯一の楽しみが成り立たなくなってしまうのである。普段笑わない彼を楽しませ、笑わせるものがなくなってしまうということなのである。
楽しみもなく笑えない人生。これ以上に辛いものはこの世の中に存在していないだろう。
黒時はもう一度舌打ちをした。
人間がいなくなったこの世界、なんと面白くない世界だろうか。一生このまま人影が人間の代わりをするのならば、これから一生人間の本質を見ることが出来ない。
黒時はそう思うと、舌打ちをした後に大きく嘆息した。
ため息をついたところで現状が変わるわけもなく、人影たちは初めからそこにいたかのように歩き続けている。
黒時はスクランブル交差点のど真ん中に立ち、行き交う人影の内の一体を小突いてみた。少々強めである。俺の楽しみを奪うな、とそう言いたげな小突き方である。
小突いてみた結果、硬かった。岩を殴ったかと思うほどに硬かった。黒時自身、岩を殴った事はないのだが。
首を大きく落とし、もう一度ため息をつく。そして、脳裏によぎる。楽しみがないのなら、生きていてもしょうがない、と。
その瞬間――
『お前に新たな世界を託そう』
その声は、頭に響く声で、現実で耳に届いたものだった。黒時は落とした首を上げてゆっくりと前方を見やる。そこには行き交う人影たちの中にまぎれて立っている、一つの光り輝く人影があった。
また人影か。黒時はそう思った。
正直なところ、彼は既に面倒臭くなっている。さっさと家に帰って眠ってしまおうとさえ思っている。哲学者ニーチェが言っていた。苛立ったりしている時は眠ってしまえば楽になる、それを実行しようとしているのだ。
しかし、前方に見える人影はじっとこちらを見据えている気がして、無視するわけにはいかない気がした。
『世界はこれより【真の世界】の姿を描く。それを変えることが出来るのは私が選んだ者のみだ』
言葉の意味が理解できず黒時は判然としないまま、疑問を呈するのも面倒なので次の言葉を待った。
『望むのなら、私はお前に新たな世界を託そう』
新たな世界、それは変貌したこの世界のことだろうか。いくら考えても答えは出なかった。しかし、黒時には分かっている事があった。これはつまり、この世界を変える力を得るかどうかの問答であるということだ。
であるならば。この地獄のような世界を変えることができると言うのならば、黒時の中では既に答えが出ていてしかるべきだった。
「俺は、望む。新たな世界を!」
黒時は言った。彼には珍しく叫ぶようにして言った。
突然、音が聞こえた。返答とは違う。何か別の音が聞こえた。何の音かは分からないが、黒時には不快なノイズに感じた。
『一つだけ助言をしておこう。この世界には七人の人間がいる。それら全ての力を手に入れることで新たな世界への扉は開かれるだろう。新たな世界がどのような世界になるか、それはお前次第だ』
光る人影がその姿を霧のようにして消え始めると、突如黒時の身体が激しい光に包まれた。眩しく、世界を照らす光。もしかしたらそれは、希望の光ともいえるものなのかもしれない。しかし――
「待ってくれ、お前は一体何者なんだ?」
沈黙。流れる静寂。ノイズが走る。
『私は――神だ』
黒時は知らない。最後の瞬間が訪れるその時まで、黒時は知ることがない。
自分が全てを間違えている事に。
何が起きた? 急に夜になったのか?
瞬間的に空が暗くなり夜になるなんて事態が起きるはずも無い事は黒時だって分かってはいるが、それ以外に答えがだせなかった。
黒時は少しの間漆黒に染まった天を見上げ続けていた。天からは月明かりのような光が優しく差し込んでいて、天は漆黒なれど地上はほんのりと明るい。
理解出来ない現象が起きている。
黒時は天を見上げるのを止め歩き出した。不思議だ、彼が導き出した結論はそれだった。それ以外に何もなかった。黒時は世界の変貌にすら興味を示さなかった。
ちなみに、もしも天からの光が無く地上すらも漆黒に染まっていたのなら、さすがの黒時も少々戸惑っていた。なにせ、辺り一帯が見えなくなってしまうのだ。そうなってしまうと暗闇の中を帰らないと行けないわけで、家に帰るのが面倒になってしまう。目隠しをして下校しているようなものだ。
そうならなかった事への安堵も少ししながら、黒時は何事もなかったかのように家を目指して歩いて行く。
都心にあるスクランブル交差点。
今朝立ち止まったあの交差点である。そこに着いたところで黒時は更なる世界の異変に気がついた。
――人間がいないのである。
いつもよりも歩く人間の姿が少ないだとか、そういった比喩ではない。文字通り、人間が一人もいないのである。しかし、まるでいなくなった人間の代理を務めるかのように存在する物体の姿がそこにはあった。
それは――人影だった。
大量の黒い人影のような物体が、今朝の人間たちと同じように跋扈している。黒時は慌てて辺りを見回す。
人影。人影。人影。
人影が二足歩行で歩く姿ばかりで、人間の姿はまったく見当たらない。
人間が黒い人影と入れ替わった。
それを理解して、黒時は小さく舌打ちをした。これは彼にとって珍しい事である。上機嫌であったからと言うわけではなく、そもそも灰ヶ原黒時という人間は感情の起伏が少ない人間なのである。興味のある事に関してはそうとは言い切れないのだが、基本彼はドライな人間だ。
舌打ちという不満や怒りを如実に現す行為を行った。それはつまり黒時が今、不満を抱き苛立っているという証拠でもある。
では何故、感情の起伏が少ない彼は苛立っているのだろうか?
人間が人影と入れ替わった、その事態に彼を苛立たせるようなことがあったのだろうか。考えるまでもなく、あった。黒時の感情が激しく揺さぶられる部分にこの事態は触れていたのだ。
彼の唯一の楽しみ、それは人間の本質を見ること。即ち、人間が存在して初めて成り立つものなのである。
人間が人影と入れ替わった。人間がいなくなり、人影が現れた。
人間がいない。
これでは、人間が存在している事を前提とした黒時の唯一の楽しみが成り立たなくなってしまうのである。普段笑わない彼を楽しませ、笑わせるものがなくなってしまうということなのである。
楽しみもなく笑えない人生。これ以上に辛いものはこの世の中に存在していないだろう。
黒時はもう一度舌打ちをした。
人間がいなくなったこの世界、なんと面白くない世界だろうか。一生このまま人影が人間の代わりをするのならば、これから一生人間の本質を見ることが出来ない。
黒時はそう思うと、舌打ちをした後に大きく嘆息した。
ため息をついたところで現状が変わるわけもなく、人影たちは初めからそこにいたかのように歩き続けている。
黒時はスクランブル交差点のど真ん中に立ち、行き交う人影の内の一体を小突いてみた。少々強めである。俺の楽しみを奪うな、とそう言いたげな小突き方である。
小突いてみた結果、硬かった。岩を殴ったかと思うほどに硬かった。黒時自身、岩を殴った事はないのだが。
首を大きく落とし、もう一度ため息をつく。そして、脳裏によぎる。楽しみがないのなら、生きていてもしょうがない、と。
その瞬間――
『お前に新たな世界を託そう』
その声は、頭に響く声で、現実で耳に届いたものだった。黒時は落とした首を上げてゆっくりと前方を見やる。そこには行き交う人影たちの中にまぎれて立っている、一つの光り輝く人影があった。
また人影か。黒時はそう思った。
正直なところ、彼は既に面倒臭くなっている。さっさと家に帰って眠ってしまおうとさえ思っている。哲学者ニーチェが言っていた。苛立ったりしている時は眠ってしまえば楽になる、それを実行しようとしているのだ。
しかし、前方に見える人影はじっとこちらを見据えている気がして、無視するわけにはいかない気がした。
『世界はこれより【真の世界】の姿を描く。それを変えることが出来るのは私が選んだ者のみだ』
言葉の意味が理解できず黒時は判然としないまま、疑問を呈するのも面倒なので次の言葉を待った。
『望むのなら、私はお前に新たな世界を託そう』
新たな世界、それは変貌したこの世界のことだろうか。いくら考えても答えは出なかった。しかし、黒時には分かっている事があった。これはつまり、この世界を変える力を得るかどうかの問答であるということだ。
であるならば。この地獄のような世界を変えることができると言うのならば、黒時の中では既に答えが出ていてしかるべきだった。
「俺は、望む。新たな世界を!」
黒時は言った。彼には珍しく叫ぶようにして言った。
突然、音が聞こえた。返答とは違う。何か別の音が聞こえた。何の音かは分からないが、黒時には不快なノイズに感じた。
『一つだけ助言をしておこう。この世界には七人の人間がいる。それら全ての力を手に入れることで新たな世界への扉は開かれるだろう。新たな世界がどのような世界になるか、それはお前次第だ』
光る人影がその姿を霧のようにして消え始めると、突如黒時の身体が激しい光に包まれた。眩しく、世界を照らす光。もしかしたらそれは、希望の光ともいえるものなのかもしれない。しかし――
「待ってくれ、お前は一体何者なんだ?」
沈黙。流れる静寂。ノイズが走る。
『私は――神だ』
黒時は知らない。最後の瞬間が訪れるその時まで、黒時は知ることがない。
自分が全てを間違えている事に。
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