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ハージェス王太子の醜聞は、すぐに国中に広まった。元々、ヴァランタン王国は小さな国なのだ。その上、人々は平和で退屈しきっており、王家の醜聞は格好の娯楽だった。
だが、そんな事態をよそに、三日経っても、一週間経っても、国王からは婚約破棄について何の連絡もなかった。国王の側近である父なら何か知っているはずなのだが、聞いても難しい顔をして首を横に振るばかり。
(……まさかこのまま婚約継続ということはないでしょうけれど、それにしても遅い……)
普段は苛烈とも言えるほど即決即断の王であるというのに、珍しいことだった。
(まあ、婚約破棄できるなら、私はなんだっていいけれど)
ーーそうのんびり考えていたリュシエルの元に、驚きの知らせがもたらされたのは、それからさらに半月後だった。
「ナーバ帝国の皇女が、クロード様とお見合いのためにヴァランタンに来る!?」
「ああ」
本当にハージェスの側近をやめて、クロードの側近になってしまったエドガーが言った。
「なんでも、クロード様の婚約破棄の噂を聞きつけたナーバ帝国の第一皇女、ヤーラ皇女が、婿としてクロード様を迎えたいらしいんだ」
「ナーバ帝国って、そんな……」
ナーバ帝国は巨万の富を持つ南方の大国だ。ヴァランタンからはそう遠いわけではないが、肌の色も違えば、文化も風習もまるで違う国である。
「なぜそんな話に?」
「それが……どうもヤーラ皇女の婿取りで色々と揉めていたらしくてね」
兄の話によれば、ナーバ帝国は今複雑な状況にあり、唯一の皇族であるにも関わらず、ヤーラ皇女は女帝にはなれないのだという。代わりに、ヤーラ皇女の婿となるものが、次期ナーバ帝国の君主になるらしい。
「君主って……つまりナーバの皇帝ってこと?」
「そう。だからヤーラ皇女には求婚が殺到してね。とは言え、選ぶ方もかなり慎重になる。吟味に吟味を重ねている最中に、どこからか、クロード様の婚約解消の話を聞いたらしい」
「だからって何故クロード様を? ヴァランタンは小さな国だし、ナーバにとってのメリットがよくわからないわ」
「クロード様は以前、大使としてナーバ帝国に行ったことがあるんだ。その時に、どうやらヤーラ皇女の父である皇帝にとても気に入られたらしい。おまけに、ヴァランタンが小国なのも都合が良かったようだ」
リュシエルはわかったようなわからないような、複雑な表情をした。
(クロード様が、ナーバ帝国の皇帝に……?)
「それでね、リュシー。お前にこの話をしたのは、クロード様から直々に指名があったからなんだ」
「指名?」
「リュシーはナバル語を話せただろう? 当日、クロード様一人じゃカバーしきれない賓客の接待を、お前に手伝って欲しいらしいんだ」
「私が!?」
「ああ。ナバル語を話せて、かつ要人の接待もできる人となるとなかなかいなくてね……」
リュシエルは考えた。確かに、ヴァランタン王国はナーバ帝国とはあまり接点を持ってこなかったため、ナバル語を話せる貴族階級のものはほとんどいないのだろう。だからこそリュシエルにその役目が回ってきたのだ。
(私の勉強の結果を試すいい場になるかも……。それに気になるわ。クロード殿下と結婚するかもしれないヤーラ皇女がどんな方なのか……)
そこまで考えて、リュシエルは顔を上げた。
「……わかりました。私が行きます」
こうして、リュシエルは通訳として、クロード王子の見合いの場に同席することとなったのだ。
だが、そんな事態をよそに、三日経っても、一週間経っても、国王からは婚約破棄について何の連絡もなかった。国王の側近である父なら何か知っているはずなのだが、聞いても難しい顔をして首を横に振るばかり。
(……まさかこのまま婚約継続ということはないでしょうけれど、それにしても遅い……)
普段は苛烈とも言えるほど即決即断の王であるというのに、珍しいことだった。
(まあ、婚約破棄できるなら、私はなんだっていいけれど)
ーーそうのんびり考えていたリュシエルの元に、驚きの知らせがもたらされたのは、それからさらに半月後だった。
「ナーバ帝国の皇女が、クロード様とお見合いのためにヴァランタンに来る!?」
「ああ」
本当にハージェスの側近をやめて、クロードの側近になってしまったエドガーが言った。
「なんでも、クロード様の婚約破棄の噂を聞きつけたナーバ帝国の第一皇女、ヤーラ皇女が、婿としてクロード様を迎えたいらしいんだ」
「ナーバ帝国って、そんな……」
ナーバ帝国は巨万の富を持つ南方の大国だ。ヴァランタンからはそう遠いわけではないが、肌の色も違えば、文化も風習もまるで違う国である。
「なぜそんな話に?」
「それが……どうもヤーラ皇女の婿取りで色々と揉めていたらしくてね」
兄の話によれば、ナーバ帝国は今複雑な状況にあり、唯一の皇族であるにも関わらず、ヤーラ皇女は女帝にはなれないのだという。代わりに、ヤーラ皇女の婿となるものが、次期ナーバ帝国の君主になるらしい。
「君主って……つまりナーバの皇帝ってこと?」
「そう。だからヤーラ皇女には求婚が殺到してね。とは言え、選ぶ方もかなり慎重になる。吟味に吟味を重ねている最中に、どこからか、クロード様の婚約解消の話を聞いたらしい」
「だからって何故クロード様を? ヴァランタンは小さな国だし、ナーバにとってのメリットがよくわからないわ」
「クロード様は以前、大使としてナーバ帝国に行ったことがあるんだ。その時に、どうやらヤーラ皇女の父である皇帝にとても気に入られたらしい。おまけに、ヴァランタンが小国なのも都合が良かったようだ」
リュシエルはわかったようなわからないような、複雑な表情をした。
(クロード様が、ナーバ帝国の皇帝に……?)
「それでね、リュシー。お前にこの話をしたのは、クロード様から直々に指名があったからなんだ」
「指名?」
「リュシーはナバル語を話せただろう? 当日、クロード様一人じゃカバーしきれない賓客の接待を、お前に手伝って欲しいらしいんだ」
「私が!?」
「ああ。ナバル語を話せて、かつ要人の接待もできる人となるとなかなかいなくてね……」
リュシエルは考えた。確かに、ヴァランタン王国はナーバ帝国とはあまり接点を持ってこなかったため、ナバル語を話せる貴族階級のものはほとんどいないのだろう。だからこそリュシエルにその役目が回ってきたのだ。
(私の勉強の結果を試すいい場になるかも……。それに気になるわ。クロード殿下と結婚するかもしれないヤーラ皇女がどんな方なのか……)
そこまで考えて、リュシエルは顔を上げた。
「……わかりました。私が行きます」
こうして、リュシエルは通訳として、クロード王子の見合いの場に同席することとなったのだ。
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