人魚姫の王子

おりのめぐむ

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迫り来る危機

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 堂々と病室を出た翌日の昼過ぎ。
 退院まであと2日。
 もう松葉杖なんて必要ない。
 幸いにもあの口うるさい看護師は休み。
 あとでいろいろ言われようと病院の日々はどうせ残り僅か。
 退院してからも行動を起こせるが、少しでも早い方がいい。
 とにかく俺は知夏に会いたい、ただそれだけだった。
 すたすたとエレベーターホールに向かい、前回同様ボタンを押す。
 あんなに苦労して乗り込んだエレベーターも今はスムーズ。
 あっという間に6階に降り立つ。
 病室は前と変わりなく一安心した。
 前に看護師から聞いた様子じゃ、知夏の意識が戻ってからは家族の1人が交代で付き添っているらしい。
 今まではいつ危険な状態になるか判らなかったため、ずっと家族で付きっきりだったらしい。
 その話からあの時居た見たことのない女2人は知夏の姉貴ということが判った。
 女人家族の3姉妹の末っ子であるそんな彼女の病室の前に辿り着いた。
 家族からの抗議は覚悟しての行動だ。
 一呼吸おいてドアをスライドさせる。
 開かれつつあるドアからだんだんと病室の風景が飛び込んでくる。
 俺の視線はすぐにベッドへと向けられた。
 そこには背を起こしたベッドに寄りかかったまま窓の外を見ている知夏の姿があった―――。

「知夏!」

 すぐさま病室内へと駆け出していく。
 知夏は俺の声に反応したのか、ゆっくりとこっちに振り返る。
 まだ頭から首に掛けて包帯が巻かれていたが知夏の顔があった。
 そして視線が合うと懐かしい笑顔を浮かべる。

「知夏、知夏っ!!」

 俺は左手でしか背中に手を回せなかったが夢中で知夏を抱きしめていた。

「すぐに来れなくて、ゴメン。ずっと会いたかった」

 一通りの気持ちを吐き出して知夏から離れた瞬間、後ろから悲鳴が上がった。
 振り返ると知夏の母親の姿。
 とっさにベッドから離れると母親に頭を下げた。

「今まで来れなくてすいません。俺、近々退院するのでこれから知夏に付き添えますからよろしくお願いします」

「何を、言ってるんだい?」

 頭上から冷めたような声が響く。

「……何をバカなことを言ってるの、かしらね?」

 歓迎されない反応は分かっていた。俺は顔を上げ、母親を見据える。

「こんな風になってしまったのは俺に責任があります。だから……」

「……こんな風?」

 言葉をかき消すかのように母親は一歩近づいてくる。

「あんた、この状態が判ってモノを言ってるの?」

 鋭い形相で睨みつけ、一歩一歩近づく。

「……はい、判ってるつもりです。だから知夏が完治するまで付き添います」

母親は俺の回答にフッと鼻で笑い、踵を返すと備え付けの棚に寄って行く。

「……全然判ってないわね」

 後ろ姿から低い声が響き、俺は母親が何が言いたいのか分からなかった。

「……完治する、まで?」

 俺の方にゆっくりと振り返りながらぞっとするような冷笑。

「そんな日は永遠来ないよ!!」

 叫んだかと思うと、俺に向かって母親が何かを振りかざす。
 瞬間的に左手が反応して避けたがすっと肌を裂く感覚が走る。
 痛っと感じた時、パジャマの袖口の裂け目から血が噴き出していた。
 よく見ると母親が両手でギュッと握り締めていたものは果物ナイフだった。

「知夏をこんな身体にしたあんたを許さない!!」

 再び、鬼のような形相で俺に向かってナイフを下ろす。
 それを後ろへと下がってかわしていく。

「知夏は私たち家族の理想だった。全てにおいて完璧にね」

 声を荒げながらも狙いを的確に捕らえるかのように。

「そんな知夏を、知夏の将来さえもあんたは奪ったんだ!!」

 とうとう壁際に追い詰められる。

「だからあんたの命で償ってもらうんだ!!」 

 乱れた髪、殺気立ち血走った眼。
 力強く両手に握られたナイフが俺に向かって近づいてくる。
 必死になってかわしてきたものの、片手では不利だった。
 追い詰められた俺はそれを受け入れるしかないと思った。
 もう、目前にある殺意の塊。

 ――刺される!

 そう思った瞬間、どすんと何か落ちる大きな音が響いた。
 俺たちはとっさにその音に反応し、その方を見る。
 そこには床にうつぶせた形で必死にこっちを見つめる知夏の姿。
 様子からしてどうやらベッドから落ちた音のようだ。
 この状況を止めようとした行動に違いなかったがそれにしては様子が変だ。
 知夏はうつぶせたままその場から動くことはない。
 だけど顔だけはこっちへと向け、その瞳は涙を流しながら何かを訴えているように思えた。

 ――何か変だ。

 そう感じて思わず呟いていた。

「……知夏?」

 俺の発した言葉で一時停止の状況が再燃。
 知夏の母親は俺の方に振り返るとナイフを握り直す。
 そしてさっきよりさらに憎しみを込めた顔つきで俺を見据えた。
 次の瞬間、やぁあああ~という奇声とともに突進してくる。
 身動きも取れないまま、近づいてくる殺意を見つめるだけだった。
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