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永眠侍女、犠牲と化す

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「急ぎの用件なんだ、セシリア」

 開けたドアの隙間から顔を覗かせるアーデンは悲しそうな表情に見える。
 思わず身構えて対応するとスッとマーデリンからの手紙を差し出してきた。
 贈り物と共にこっそりと渡されたらしく、あの時声を掛けられたのはこのことだったのかと申し訳なく思う。
 手紙だけを受け取ろうとして俯き気味に手を伸ばせばガシリと手首を掴まれた。

「セシリア、今日ぐらいは僕を遠ざけないで」

 普段からあまり目を合わせないようにしているため、こうやって見据えられるとぎこちなくなる。
 手紙を渡されたまま、動けないでいるとアーデンの瞳が揺らいだ。
 
「お願いがあるんだ。これを一緒に」

 懐から出されたのは箱入りのチョコレートだった。思わず息が詰まる。
 これまで誕生日には二人で特別な何かを食べていたから。

「……お願いだ。セシリア」

 懇願したその瞳に抗えず、私は頷いた。
 アーデンはホッとしたように微笑むと箱から一粒摘まむ。
 これはフロンテ領で初めて食べた時と同じものだ。
 ゆっくりと私の口元へ近づけると口を開くように促される。
 口の中に放り込まれた途端、その箱を目の前に差し出してきた。
 私も同じように一粒取り出し、アーデンの口元へと運ぶとそっと口を開けている。

「16歳、おめでとうございます。アーデン様」

 祝辞を述べるとアーデンは口に含んだ。視線が絡み、思わず逸らす。
 何とも言えない空気が流れ、私は踵を返した。
 甘いはずの味が妙にほろ苦く感じるのは何故だろうか。
 切ない気持ちを抱え、落ち着かせようと手紙を読んだ途端、衝撃が走る。
 それはマーデリンのお忍びの連絡だった。

「アーデン様、明日の早朝に王女殿下が……」
 
 アーデンの誕生会に駆け付けた翌日、再びマーデリンが秘密裏に訪問するという流れ。
 小説ではアーデンが16歳を迎えた翌日、ブランディンがマーデリンを呼び出してタウンハウスへとやってくるのだ。
 現状、来訪することを知っているのはアーデンと私のみ。ただ気がかりなのが例の件。
 これはブランディンが呼び出したわけではないから判らないが何かが起こる可能性が高い。
 公式なものでもなく非公式でもない、短時間の訪問とはいえ、完全なるお忍びという形。
 ボルト様と二人でこっそり来るらしいが大々的に訪れた明くる日にとは想像しない。
 だからこそ誰に知られることなく、早朝、4人のみでの会合といえる密会だ。
 このように隠れて行わざるを得ないということは大っぴらにできない事情があったのだろう。
 でなければわざわざ別日にする必要はなかったはずでこれもブランディンが邪魔していたのかもしれない。
 用件は私にあるらしく、きっと婚姻関連のものだろうと考えられた。
 今日は特段その件に関してマーデリンは全く触れずに過ごしてすぐに帰ってしまわれたのだから。
 そのおかげなのか何も起こらなかった。それどころかブランディンはエリオットと共に酒宴を交わしていた。
 酔っても問題ないと行動しているのは予定がないからできることなのかもしれない。
 それでも油断はできないが訪問を拒否することは困難だ。何も起こらなければそれでいい。
 早朝に裏口で待ち合わせ、会合は以前アーデンに宛がわられていた2階にあった隅の部屋が最適ということである。
 確かに登校の際利用する裏口からも近く、裏階段を使って2階へ素早く移動でき、普段から出入りの少ないあの場所だったら相応しいといえる。
 ボルト様も把握しているし、ほとんどひと気もないから落ち合うにはちょうどいいといえばちょうどいいのかもしれない。
 頭の中で手順や準備を素早くまとめ、明日に備えて簡単にアーデンと打ち合わせてからこの場を切り上げた。

「……セシリア、おやすみ」

「おやすみなさいませ、アーデン様」

 アーデンの名残惜しそうな顔を逸らしながら変わっていない思いに気付く。
 熱情帯びたアメジストの瞳は相変わらず私に向けられたものだということを。
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