93 / 101
永眠侍女、犠牲と化す
19
しおりを挟む
「急ぎの用件なんだ、セシリア」
開けたドアの隙間から顔を覗かせるアーデンは悲しそうな表情に見える。
思わず身構えて対応するとスッとマーデリンからの手紙を差し出してきた。
贈り物と共にこっそりと渡されたらしく、あの時声を掛けられたのはこのことだったのかと申し訳なく思う。
手紙だけを受け取ろうとして俯き気味に手を伸ばせばガシリと手首を掴まれた。
「セシリア、今日ぐらいは僕を遠ざけないで」
普段からあまり目を合わせないようにしているため、こうやって見据えられるとぎこちなくなる。
手紙を渡されたまま、動けないでいるとアーデンの瞳が揺らいだ。
「お願いがあるんだ。これを一緒に」
懐から出されたのは箱入りのチョコレートだった。思わず息が詰まる。
これまで誕生日には二人で特別な何かを食べていたから。
「……お願いだ。セシリア」
懇願したその瞳に抗えず、私は頷いた。
アーデンはホッとしたように微笑むと箱から一粒摘まむ。
これはフロンテ領で初めて食べた時と同じものだ。
ゆっくりと私の口元へ近づけると口を開くように促される。
口の中に放り込まれた途端、その箱を目の前に差し出してきた。
私も同じように一粒取り出し、アーデンの口元へと運ぶとそっと口を開けている。
「16歳、おめでとうございます。アーデン様」
祝辞を述べるとアーデンは口に含んだ。視線が絡み、思わず逸らす。
何とも言えない空気が流れ、私は踵を返した。
甘いはずの味が妙にほろ苦く感じるのは何故だろうか。
切ない気持ちを抱え、落ち着かせようと手紙を読んだ途端、衝撃が走る。
それはマーデリンのお忍びの連絡だった。
「アーデン様、明日の早朝に王女殿下が……」
アーデンの誕生会に駆け付けた翌日、再びマーデリンが秘密裏に訪問するという流れ。
小説ではアーデンが16歳を迎えた翌日、ブランディンがマーデリンを呼び出してタウンハウスへとやってくるのだ。
現状、来訪することを知っているのはアーデンと私のみ。ただ気がかりなのが例の件。
これはブランディンが呼び出したわけではないから判らないが何かが起こる可能性が高い。
公式なものでもなく非公式でもない、短時間の訪問とはいえ、完全なるお忍びという形。
ボルト様と二人でこっそり来るらしいが大々的に訪れた明くる日にとは想像しない。
だからこそ誰に知られることなく、早朝、4人のみでの会合といえる密会だ。
このように隠れて行わざるを得ないということは大っぴらにできない事情があったのだろう。
でなければわざわざ別日にする必要はなかったはずでこれもブランディンが邪魔していたのかもしれない。
用件は私にあるらしく、きっと婚姻関連のものだろうと考えられた。
今日は特段その件に関してマーデリンは全く触れずに過ごしてすぐに帰ってしまわれたのだから。
そのおかげなのか何も起こらなかった。それどころかブランディンはエリオットと共に酒宴を交わしていた。
酔っても問題ないと行動しているのは予定がないからできることなのかもしれない。
それでも油断はできないが訪問を拒否することは困難だ。何も起こらなければそれでいい。
早朝に裏口で待ち合わせ、会合は以前アーデンに宛がわられていた2階にあった隅の部屋が最適ということである。
確かに登校の際利用する裏口からも近く、裏階段を使って2階へ素早く移動でき、普段から出入りの少ないあの場所だったら相応しいといえる。
ボルト様も把握しているし、ほとんどひと気もないから落ち合うにはちょうどいいといえばちょうどいいのかもしれない。
頭の中で手順や準備を素早くまとめ、明日に備えて簡単にアーデンと打ち合わせてからこの場を切り上げた。
「……セシリア、おやすみ」
「おやすみなさいませ、アーデン様」
アーデンの名残惜しそうな顔を逸らしながら変わっていない思いに気付く。
熱情帯びたアメジストの瞳は相変わらず私に向けられたものだということを。
開けたドアの隙間から顔を覗かせるアーデンは悲しそうな表情に見える。
思わず身構えて対応するとスッとマーデリンからの手紙を差し出してきた。
贈り物と共にこっそりと渡されたらしく、あの時声を掛けられたのはこのことだったのかと申し訳なく思う。
手紙だけを受け取ろうとして俯き気味に手を伸ばせばガシリと手首を掴まれた。
「セシリア、今日ぐらいは僕を遠ざけないで」
普段からあまり目を合わせないようにしているため、こうやって見据えられるとぎこちなくなる。
手紙を渡されたまま、動けないでいるとアーデンの瞳が揺らいだ。
「お願いがあるんだ。これを一緒に」
懐から出されたのは箱入りのチョコレートだった。思わず息が詰まる。
これまで誕生日には二人で特別な何かを食べていたから。
「……お願いだ。セシリア」
懇願したその瞳に抗えず、私は頷いた。
アーデンはホッとしたように微笑むと箱から一粒摘まむ。
これはフロンテ領で初めて食べた時と同じものだ。
ゆっくりと私の口元へ近づけると口を開くように促される。
口の中に放り込まれた途端、その箱を目の前に差し出してきた。
私も同じように一粒取り出し、アーデンの口元へと運ぶとそっと口を開けている。
「16歳、おめでとうございます。アーデン様」
祝辞を述べるとアーデンは口に含んだ。視線が絡み、思わず逸らす。
何とも言えない空気が流れ、私は踵を返した。
甘いはずの味が妙にほろ苦く感じるのは何故だろうか。
切ない気持ちを抱え、落ち着かせようと手紙を読んだ途端、衝撃が走る。
それはマーデリンのお忍びの連絡だった。
「アーデン様、明日の早朝に王女殿下が……」
アーデンの誕生会に駆け付けた翌日、再びマーデリンが秘密裏に訪問するという流れ。
小説ではアーデンが16歳を迎えた翌日、ブランディンがマーデリンを呼び出してタウンハウスへとやってくるのだ。
現状、来訪することを知っているのはアーデンと私のみ。ただ気がかりなのが例の件。
これはブランディンが呼び出したわけではないから判らないが何かが起こる可能性が高い。
公式なものでもなく非公式でもない、短時間の訪問とはいえ、完全なるお忍びという形。
ボルト様と二人でこっそり来るらしいが大々的に訪れた明くる日にとは想像しない。
だからこそ誰に知られることなく、早朝、4人のみでの会合といえる密会だ。
このように隠れて行わざるを得ないということは大っぴらにできない事情があったのだろう。
でなければわざわざ別日にする必要はなかったはずでこれもブランディンが邪魔していたのかもしれない。
用件は私にあるらしく、きっと婚姻関連のものだろうと考えられた。
今日は特段その件に関してマーデリンは全く触れずに過ごしてすぐに帰ってしまわれたのだから。
そのおかげなのか何も起こらなかった。それどころかブランディンはエリオットと共に酒宴を交わしていた。
酔っても問題ないと行動しているのは予定がないからできることなのかもしれない。
それでも油断はできないが訪問を拒否することは困難だ。何も起こらなければそれでいい。
早朝に裏口で待ち合わせ、会合は以前アーデンに宛がわられていた2階にあった隅の部屋が最適ということである。
確かに登校の際利用する裏口からも近く、裏階段を使って2階へ素早く移動でき、普段から出入りの少ないあの場所だったら相応しいといえる。
ボルト様も把握しているし、ほとんどひと気もないから落ち合うにはちょうどいいといえばちょうどいいのかもしれない。
頭の中で手順や準備を素早くまとめ、明日に備えて簡単にアーデンと打ち合わせてからこの場を切り上げた。
「……セシリア、おやすみ」
「おやすみなさいませ、アーデン様」
アーデンの名残惜しそうな顔を逸らしながら変わっていない思いに気付く。
熱情帯びたアメジストの瞳は相変わらず私に向けられたものだということを。
1
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説
【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜
七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。
ある日突然、兄がそう言った。
魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。
しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。
そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。
ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。
前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。
これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。
※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です
【完結】ベニアミーナ・チェーヴァの悲劇
佳
恋愛
チェーヴァ家の当主であるフィデンツィオ・チェーヴァは暴君だった。
家族や使用人に、罵声を浴びせ暴力を振るう日々……
チェーヴァ家のベニアミーナは、実母エルミーニアが亡くなってからしばらく、僧院に預けられていたが、数年が経った時にフィデンツィオに連れ戻される。
そして地獄の日々がはじまるのだった。
※復讐物語
※ハッピーエンドではありません。
※ベアトリーチェ・チェンチの、チェンチ家の悲劇を元に物語を書いています。
※史実と異なるところもありますので、完全な歴史小説ではありません。
※ハッピーなことはありません。
※残虐、近親での行為表現もあります。
コメントをいただけるのは嬉しいですが、コメントを読む人のことをよく考えてからご記入いただきますようお願いします。
この一文をご理解いただけない方のコメントは削除させていただきます。
【完結】昭和アイドル好きの悪役令嬢、中途半端ぶりっこヒロインが許せないのでお手本を見せる
堀 和三盆
恋愛
モモリー・アイドール公爵令嬢は転生者。
前世、高度成長期の日本に育った彼女はアイドルが大好きだった。ブラウン管の中の微笑みに夢中だった。
モモリーは卒業パーティーで婚約者だった王太子に婚約破棄をされてしまう。それはいい。しかし、王子に引っ付くヒロインの、中途半端なぶりっこだけは許せないっ!
(高位貴族男子にのみ愛想を振りまくその態度。ぶりっこの風上にも置けないわ。やるなら、徹底的に、老若男女問わず、全方位にやるべきよ)
婚約を破棄され、自由になった公爵令嬢は、王太子妃にはふさわしくないと封印していたアイドルごっこを解き放つ。卒業パーティー、自らを断罪するこの場所で、最高のパフォーマンスを見せて差し上げましょう。
伝説の舞台が、今、始まる――!
※本編は一話のみで完結しています。影さん視点の番外編があります。影さん視点で本編前・本編裏・本編後が分かります。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
『完結』人見知りするけど 異世界で 何 しようかな?
カヨワイさつき
恋愛
51歳の 桜 こころ。人見知りが 激しい為 、独身。
ボランティアの清掃中、車にひかれそうな女の子を
助けようとして、事故死。
その女の子は、神様だったらしく、お詫びに異世界を選べるとの事だけど、どーしよう。
魔法の世界で、色々と不器用な方達のお話。
運命の歯車が壊れるとき
和泉鷹央
恋愛
戦争に行くから、君とは結婚できない。
恋人にそう告げられた時、子爵令嬢ジゼルは運命の歯車が傾いで壊れていく音を、耳にした。
他の投稿サイトでも掲載しております。
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
忘れられた妻
毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。
セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。
「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」
セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。
「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」
セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。
そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。
三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる