90 / 101
永眠侍女、犠牲と化す
16
しおりを挟む
彼女のさり気ない気づかいに胸を打たれた。
本来、この訪問はマーデリンがする必要の無いものだったといえる。
発表から有に1カ月は経っているのにも拘らずの急な来訪。
アーデン経由からの伝達で強引に事を進めていることを鑑みてブランディンから断られていたに違いない。
それでもこうやって私に会いにきてくれたということは何らかの事情を察したのだろう。
リストを用意してくれたおかげで行き詰っていた準備が進んでいく。
元々公爵家の長い歴史の中で格式や形式が極端過ぎて判りにくかったのだ。
特にベルネッタとヴァネッセの代では真逆といえるものだった。
誰にも聞くことができず、一つ一つを確認していく作業は大変だった。
それでも忙しい中、参考資料を用意してくれたカーティスには感謝している。
もちろん両親にも手伝ってもらったが所詮は元子爵。
知っている範囲は限られて不甲斐なさを申し訳なさそうにさせるばかりだった。
時間もない中、成すすべもないままどうしようもない状態を嘆く暇もなかったのだ。
そこへ救いの手が差し伸べられた。それも自らが押し付けているかのような振る舞いで。
ブランディンを怒らせてしまうと判っていた前提にも拘らず。
しかも帰宅前には『お義姉さま、共にブランディンとアーデンの仲違いを解消いたしましょう』と心強い耳打ちをされた。
本当に正義感に溢れた素晴らしいヒロインだ。
それからのやり取りは密やかに手紙で続いていくことになった。
困ったり行き詰ったりした時に相談するとすぐに返事をくれた。その仲介はアーデンが行なっている。
気まずさをぬぐえないままだが、自らアーデンは黙って引き受けたのだ。
間接的ではあるがマーデリンとの接触機会が増えたことには違いない。
これを機に太陽姫の人柄や素晴らしさに触れて感情に気づくことになるのかもしれない。
私が乱入してしまったばかりに湾曲してしまった矛先を本来の位置へと導かないといけないのだから。
そんな風に着々と準備を進めていく中、いつの間にか雨季は終わりを迎えていた。
「セシリア、わざわざ赴かせてすまない。準備は順調だと聞いているが任せきりの状態だ。今回も君に負担をかけている、本当にすまない」
発表から2カ月。学園は1週間ほどで夏期休暇を迎える時期となる。
私は一人、グリフィス領へと訪れていた。もちろん婚姻準備のためである。
王都で出来ることは熟し、急ピッチで進められた成果がグリフィス領へと届きつつあった。
それを確認するために単身で赴く必要があったからだ。
アーデンも行きたがっていたものの、学園があるため留まらせた。
本当は休暇に入ってからでも間に合うのだが、何となく一人で行く理由が欲しくてそうしたのだ。
厳重に保管される部屋で品々を確認し終えた頃には夕刻を迎えていた。
カーティスの姿はもう領内にはなく、私が残されているだけだった。
宿泊を促されたものの、陽が長くなっていることもあり、まだ馬車を利用するには何とか間に合いそうだった。
ジョセフさんにその趣旨を伝え、帰宅するために簡易馬車の方を用意してもらった。
これは使用人などが利用しているフード付きの馬車で神々しくない仕様のもの。
自宅に戻るだけなので畏まったものを使うよりも気が楽なこともあるし、時間短縮のため選択し、どうにか説得できた。
そうして帰路を出発して間もない頃、前方から勢いよく向かってくる1頭の馬とすれ違う。
通りすがりの一瞬で看過しそうな状況にも拘らず、目を奪われてしまったのはその馬が見知ったものだったから。
あれは間違いなく公爵家の一頭。厩舎で世話をしていたから判ったが一見目立たなくてほとんど使用されていない個体である。
そして馬上に跨っていたその人物。目深にフードを被っていたが背格好から男性だと伺えた。
だが、一瞬見えたその表情は険しく、鋭く光った印象深い瞳の色が物語る。
……あれは、ブランディン、だった。
本来、この訪問はマーデリンがする必要の無いものだったといえる。
発表から有に1カ月は経っているのにも拘らずの急な来訪。
アーデン経由からの伝達で強引に事を進めていることを鑑みてブランディンから断られていたに違いない。
それでもこうやって私に会いにきてくれたということは何らかの事情を察したのだろう。
リストを用意してくれたおかげで行き詰っていた準備が進んでいく。
元々公爵家の長い歴史の中で格式や形式が極端過ぎて判りにくかったのだ。
特にベルネッタとヴァネッセの代では真逆といえるものだった。
誰にも聞くことができず、一つ一つを確認していく作業は大変だった。
それでも忙しい中、参考資料を用意してくれたカーティスには感謝している。
もちろん両親にも手伝ってもらったが所詮は元子爵。
知っている範囲は限られて不甲斐なさを申し訳なさそうにさせるばかりだった。
時間もない中、成すすべもないままどうしようもない状態を嘆く暇もなかったのだ。
そこへ救いの手が差し伸べられた。それも自らが押し付けているかのような振る舞いで。
ブランディンを怒らせてしまうと判っていた前提にも拘らず。
しかも帰宅前には『お義姉さま、共にブランディンとアーデンの仲違いを解消いたしましょう』と心強い耳打ちをされた。
本当に正義感に溢れた素晴らしいヒロインだ。
それからのやり取りは密やかに手紙で続いていくことになった。
困ったり行き詰ったりした時に相談するとすぐに返事をくれた。その仲介はアーデンが行なっている。
気まずさをぬぐえないままだが、自らアーデンは黙って引き受けたのだ。
間接的ではあるがマーデリンとの接触機会が増えたことには違いない。
これを機に太陽姫の人柄や素晴らしさに触れて感情に気づくことになるのかもしれない。
私が乱入してしまったばかりに湾曲してしまった矛先を本来の位置へと導かないといけないのだから。
そんな風に着々と準備を進めていく中、いつの間にか雨季は終わりを迎えていた。
「セシリア、わざわざ赴かせてすまない。準備は順調だと聞いているが任せきりの状態だ。今回も君に負担をかけている、本当にすまない」
発表から2カ月。学園は1週間ほどで夏期休暇を迎える時期となる。
私は一人、グリフィス領へと訪れていた。もちろん婚姻準備のためである。
王都で出来ることは熟し、急ピッチで進められた成果がグリフィス領へと届きつつあった。
それを確認するために単身で赴く必要があったからだ。
アーデンも行きたがっていたものの、学園があるため留まらせた。
本当は休暇に入ってからでも間に合うのだが、何となく一人で行く理由が欲しくてそうしたのだ。
厳重に保管される部屋で品々を確認し終えた頃には夕刻を迎えていた。
カーティスの姿はもう領内にはなく、私が残されているだけだった。
宿泊を促されたものの、陽が長くなっていることもあり、まだ馬車を利用するには何とか間に合いそうだった。
ジョセフさんにその趣旨を伝え、帰宅するために簡易馬車の方を用意してもらった。
これは使用人などが利用しているフード付きの馬車で神々しくない仕様のもの。
自宅に戻るだけなので畏まったものを使うよりも気が楽なこともあるし、時間短縮のため選択し、どうにか説得できた。
そうして帰路を出発して間もない頃、前方から勢いよく向かってくる1頭の馬とすれ違う。
通りすがりの一瞬で看過しそうな状況にも拘らず、目を奪われてしまったのはその馬が見知ったものだったから。
あれは間違いなく公爵家の一頭。厩舎で世話をしていたから判ったが一見目立たなくてほとんど使用されていない個体である。
そして馬上に跨っていたその人物。目深にフードを被っていたが背格好から男性だと伺えた。
だが、一瞬見えたその表情は険しく、鋭く光った印象深い瞳の色が物語る。
……あれは、ブランディン、だった。
1
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
妹がいなくなった
アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。
メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。
お父様とお母様の泣き声が聞こえる。
「うるさくて寝ていられないわ」
妹は我が家の宝。
お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。
妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?
【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜
七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。
ある日突然、兄がそう言った。
魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。
しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。
そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。
ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。
前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。
これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。
※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です
婚約破棄されたショックですっ転び記憶喪失になったので、第二の人生を歩みたいと思います
ととせ
恋愛
「本日この時をもってアリシア・レンホルムとの婚約を解消する」
公爵令嬢アリシアは反論する気力もなくその場を立ち去ろうとするが…見事にすっ転び、記憶喪失になってしまう。
本当に思い出せないのよね。貴方たち、誰ですか? 元婚約者の王子? 私、婚約してたんですか?
義理の妹に取られた? 別にいいです。知ったこっちゃないので。
不遇な立場も過去も忘れてしまったので、心機一転新しい人生を歩みます!
この作品は小説家になろうでも掲載しています
浮気くらいで騒ぐなとおっしゃるなら、そのとおり従ってあげましょう。
Hibah
恋愛
私の夫エルキュールは、王位継承権がある王子ではないものの、その勇敢さと知性で知られた高貴な男性でした。貴族社会では珍しいことに、私たちは婚約の段階で互いに恋に落ち、幸せな結婚生活へと進みました。しかし、ある日を境に、夫は私以外の女性を部屋に連れ込むようになります。そして「男なら誰でもやっている」と、浮気を肯定し、開き直ってしまいます。私は夫のその態度に心から苦しみました。夫を愛していないわけではなく、愛し続けているからこそ、辛いのです。しかし、夫は変わってしまいました。もうどうしようもないので、私も変わることにします。
完結 喪失の花嫁 見知らぬ家族に囲まれて
音爽(ネソウ)
恋愛
ある日、目を覚ますと見知らぬ部屋にいて見覚えがない家族がいた。彼らは「貴女は記憶を失った」と言う。
しかし、本人はしっかり己の事を把握していたし本当の家族のことも覚えていた。
一体どういうことかと彼女は震える……
辺境伯へ嫁ぎます。
アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。
隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。
私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。
辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。
本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。
辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。
辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。
それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか?
そんな望みを抱いてしまいます。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 設定はゆるいです。
(言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)
❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。
(出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる