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魔王、捨て身で戦う

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 現在コメディアが浮遊している町の外れに、俺と勇者、強化魔法使いのジョリーと幻覚魔法使いのヴェルティージュ、砂魔法使いのメイドであるデゼールの五人で訪れていた。
 
 戦力を分散せざるを得なくなった結果、こんな訳の分からんパーティが生まれてしまった。
 唯一の成人であるデゼールが引率の先生で、他四人が社会見学に来たみたいになっている。
 しかし戦いに関しては信頼出来るメンバーだ。

「ジョリーは後方から私たちの魔法に強化をかけ続けてください。
 勇者さんと……」
 物陰に隠れながら、デゼールが作戦を練る。
 しかしそんな間もなく、背後から道化師たちが迫ってきた。
 このままでは、コメディアと道化師に挟み撃ちにされる!


 その時、ヴェルティージュが立ち上がって小さな魔法陣を大量に出現させた。
「僕があいつらを撹乱させる。
 みんなはコメディア本体を叩け!」

 なるほど、ヴェルティージュの幻覚……いや、洗脳魔法ならば道化師たちの視界を狂わせることなど容易だ。
「任せた!」
 残る四人でコメディアの前に飛び出していく。

 勇者が放つレーザー光線。
 デゼールが使役するゴーレムの拳。
 俺の炎。
 それらがジョリーの強化を受けて、コメディアに直撃する!

「やったか……!」
「おい馬鹿、それは死亡フラグだ!」
 俺が勇者を注意したのも束の間。


 もくもくと広がる火炎や砂の中から、光の球が降ってくる!
 避けきれなかった勇者が、棺に閉じ込められてしまった!


 コメディアを見上げると、その姿は硬い透明な棺の中に閉じこもっていた。

「デゼール、怯むな!」
「分かっている!」
 デゼールがコメディアの真上に魔法陣を張り、降らせた砂粒を俺が一瞬で加熱し、ガラスの雨に変える。

 しかしコメディアの棺は思ったより頑丈だった。
 ガラスの雨はことごとく弾かれ、コメディア本体を叩くことなく四方に散らばる。

 デゼールは慌てて砂を射出し、ガラスがこちらに襲いかかるのを防いだ。
 ガラスはコメディアの背後の崖下へと落下していき、大量のガラスが砕け散る音が谷底から空に抜けていく。


「攻守共に無敵か……」
 デゼールが呟いた時、背後でヴェルティージュの悲鳴が聞こえた。

 見れば、眼窩が空洞になった道化師たちがヴェルティージュに光の球を撃ち、彼を棺に閉じ込めるところだった。
 ヴェルティージュの洗脳魔法の原理を見破り、目玉をくり抜いたのか!


 背後を守ってくれていたヴェルティージュが閉じ込められ、道化師たちが一気にこちらへ流れ込んでくる。


「俺の実力なら、命懸けにはなるがコメディアを倒せるはずだ。
 しっかりと援護せよ」
 俺がジョリーとデゼールに命じるが、ジョリーは酷く反発した。
 

「やけくそは許しませんわよ!
 全員で生き残って、全て元通りになること。それが私の命令ですわ!」
「何かを捨てなくては得られないものもある」
「だからトラゴスを捨てるべきですって?
 ジーヴルのことは、どうするのよ」
「あいつなら俺以外にも良い相手が見つかる」
「そうじゃなくて、貴方がジーヴルと結ばれないまま死んで満足かって訊いてるの!」

 この世界に来てから、いつだって俺の周りにはジーヴルの話題がついて回ったな。
 ジーヴル本人が居ない時も、これだ。

「俺は魔王トラゴス・ビケット・オーデーだ。
 乙女ゲームの王子様に愛される伴侶とは真逆の、悪の存在。
 そもそもこの世界に居なかったのだから、俺が欠けたってジョリーが言う『元通り』は果たせるはずだ」
「悪……? 悪として生まれたから、ジーヴルを諦めるんですの?」
「仕方ないだろう。
 ジーヴルを良い奴だと思うからこそ、俺は俺にジーヴルの側に居てほしくない。
 勇者にトラウマを与え、コメディアが生まれる原因を作った魔王には……」

 何故かジョリーの方が泣きそうな顔をして、自身の角を指差す。
「私が羨んだトラゴスは、そんなキャラじゃなくってよ!
 もっと傍迷惑でウザくて、輝いていたはずですわ!」

 俺が輝いている? 冗談だろう?
 棺が乱立する乙女ゲーム世界を、そして勇者の棺に映るラスボスらしいデザインの顔を見つめてしまう。

 俺の手でならばともかく、コメディアのせいで大混乱する世界など見ていても楽しくない。
 この狂った状況にケリをつけなくては。


 ごちゃごちゃ言っている間に、コメディアが光の球を撃ってきた。
 避けてから顔を上げると、ジョリーが居ない。

「ジョリーは!?」
 デゼールに訊くと、首を横に振られた。
「トラゴスの作戦には付き合っていられないと、離脱した」
「さ、さすが悪役令嬢……頑固な奴だ」

 炎と砂だけでは、出来ることなど少ない。
 磁力魔法使いのティレが居れば作戦の幅も広がったのだが、あいにく彼は別の戦場で道化師をやっつけている。
 強力な戦力を、ここにばかり集中させるわけにもいかなかった。


「その棺、ガラスの雨では割れなかったが……重力には勝てるか?」
 勇者が落とした剣、菓子の隠し味に使ったラム酒の余り。
 それを使い、俺は再び即席のジェット噴射器を作る。

「デゼール、砂を垂らしてくれ」
「こ、こうか?」

 デゼールは再び上空に魔法陣を出現させ、そこからサラサラと砂を落としてくれる。
 俺は炎でそれを固め、ガラスのはしごを作った。

「恩に切る!」
 ガラスのはしごを駆け上がると、コメディアと同じ高さにまでやってくる。

 剣を棺の脳天に突き刺し、着火する。
 ジェット噴射の力で、コメディアは崖下へ落下していく。
 炎を消されてしまわないよう、俺はコメディアの棺にしがみついたままだ。


 このまま、棺をぶち割って本体を引きずり出す!
 そして本体を最高火力で燃やし尽くしてやる……自分も巻き込む覚悟で!


 谷底がどんどん迫ってくる。
 風を切る音だけが全身を揺るがす。

 これで終わりだ。

 暗闇に隠れていた谷底が近付いて明らかになるにつれて、何か輝くものがあるのを見つけた。

 なびく金色、二つのエメラルド……。


「……ジーヴル」
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