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魔王、決闘する
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美形男に引っ張られ、俺は学園の隅に建つ競技場へと連れて来られていた。
煉瓦よりも随分丈夫そうな、金属で組まれたドームだ。
乙女ゲームの世界は古風な建物や文化が多く残っているというだけで、俺の居たRPGに比べると文明がかなり進んでいるらしいというのは、二か月ほど暮らすうちに分かっていた。
プレイヤーにとっては「過去の時代」というよりも、「現実世界と異なる歴史を辿ったパラレルワールド」ということになっているらしい。
でないと、綺麗な紙とインクで製法された本が図書館に何万冊とあったのもおかしな話だしな。
ゲームシステムと設定の辻褄を合わせるためには、その方が都合が良かったのだろう。
それにしても見事な建物だ。
騒ぎを聞きつけた人々が集まってきて、ドームのスタンドにずらりと並ぶ。
美形が軽く念じただけで、吹雪が巻き起こった。
あっという間に俺の腰から下は氷漬けにされる。
「君が今までどれだけ甘やかされて育ったかは知らない。
だが、ここは将来に直結する学びの場だ。
準備不足故の無知が許されるような所ではないんだよ」
美形は、低くて深みのある声でくどくどとお説教してきやがる。
話す時の息遣いひとつからも、高貴な雰囲気が漂ってくる。
こいつのキャラクターボイスは、俺の中の人に負けず劣らずのベテランが務めていると見た。
「反省したなら……」
詩を百回書き写せとでも言うのだろうか。
別にそれくらい構わない。
ただ俺は、グラフィックもCVもお綺麗な、お前みたいな野郎の怯える姿が大好物なのでね!
「魔王トラゴスの実力におののく、記念すべき初の贄となるがいい。光栄に思え!」
俺は宣戦布告すると、魔法で頭上に小さな太陽を発生させた。
俺を包んでいた氷はどろどろと溶け始め、蹴飛ばすとあっけなく崩れる。
「逆らうか……」
美形は冷ややかに呟くが、あいつには状態異常「ねつ」「どんそく」というスリップダメージと速度低下が発生している。
美形のステータス表を呼び出せば、HPがじりじり減っていくのが目に見える。
小さな太陽を生み出す魔法は、俺が操るものの中でも強力な部類だ。
これの強さは、単なる火力だけではない。
放出される電磁波によるデバフこそが厄介なのだ。
デバフを受けながらも、美形は両手に力を集中させた。
手の中に氷が集まっていき、それはすぐに弓と四本の矢の形を成した。
煌めく矢を、優美な仕草でつがえる。
「そんなもので俺を射る気か?」
俺が笑いかけると、美形は黙ったまま——矢を四本、一気に天井に向かって射った。
氷の矢は天井に突き刺さり、刺さった地点でさらに周囲を凍らせる。
天井の一部分が、美形に向かって崩落してきた。
しかし美形は慌てることなく、落ちてきた天井を掴むと、それを盾のように構えた。
即席の盾を氷で包み込み、さらには弓を溶かして氷の剣を生成し直すと、美形は俺に突進してくる。
「殺すつもりは無い。
胸の校章に打撃を喰らわせた方が勝ちとしよう!」
美形の決闘宣言に、観客が湧いた。
盾の効果か、デバフによるHP減少の勢いが弱まり、鈍っていた速度もほとんど戻っている。
そして盾と剣には氷魔法が毎秒付与され続けており、太陽熱と拮抗している。
氷の剣が、俺の胸に迫ってきた。
——ここまで全て、俺の計算通り!
「させるか!」
俺は、掌にチャージした炎を思いきりぶつけた。
「そんな炎で、この盾が破れるか!」
何の変哲も無い炎を見て、美形は勝ち誇ったように吼える。
しかしこの勝負、俺がもらった。
炎で盾を破る、なんて考え方がそもそも陳腐なのだよ!
俺の炎で、盾を包む氷は溶けて水となる。
炎は盾の表面を炙り、盾を少し溶かし、そして!
次の瞬間、俺たちの間には爆発が起こっていた。
「っ……」
競技場の壁に、吹き飛ばされて叩きつけられた美形が寄りかかっている。
あまりのことに、観客たちは声も出ないようだ。
ああ、ゾクゾクする。みんなが俺を恐れているのが分かる! 俺が好きなのはこれだ、これ!
俺は拍手をしながら、美形に向かって悠々と歩き、解説を垂れてやる。
「その屋根にはマグネシウム合金が使われている。
電磁波に強い物質だからな。デバフを防ぐためにそれを盾として使ったのは褒めてやる。
しかし、そいつが燃えている状態で水を掛けると爆発することもある……ということは知らなかったかな?」
文明が進んでいた故に、軽量化された合金が天井の建材に用いられていた。
この世界の素晴らしい技術が、試合の命運を左右した訳だ。
くぅ~っ、今の俺、完璧なラスボスムーブしてる!
解説が終わると、美形が無言で顔を上げた。
てっきり恐怖でお綺麗な顔を歪ませていると思っていたが、彼は無表情で俺を見つめている。
俺と戦ってもなお俺を恐れない人間なんて、初めて見た。
俺が呆気にとられていると、美形は氷の仮面で顔を覆った。
次の瞬間、猛烈な息苦しさが俺を襲った。
美形が魔法で作り出した絶対零度で、俺の周りの空気が凍ってやがる!
待て待て、いくら俺が厳密には非生命体だからって、一応呼吸はしてるから!
鼻がいっっってぇ! あと頭も! ガンガンする!
魔法を発動する余裕も無くもがく俺を、美形は微動だにせず見つめている。
こいつ、単純にクソ強え……!
目が覚めると、目の前に美形の顔があった。
「気がついたか。君は少し気絶してたんだよ」
そう言われると、だんだん記憶と意識がはっきりしてきた。
後頭部に当たっているもの……競技場の床とは違うみたいだ。
俺、美形に膝枕されてる!?
悟った瞬間、俺は身体を起こした。
善意でやってくれたんだろうが、魔王が膝枕で介抱されてる絵面はちょっとプライドが傷ついた。
「急に立ち上がるな、危なっかしい」
そう言って立ち上がった美形は、手の中で俺の校章をもてあそんでやがった。
ああ、俺は試合にも勝負にも負けたのか……。
「君の強さは今回でよく分かった。
学園でよく学び、力を皆のために振るえる人物になるよう期待している。
トラゴス・ビケット・オーデー」
そう言いながら、美形は俺のジャケットに校章を付け直してくれる。
……あれ?
「なあ。俺、お前に名乗ったか?」
そういえば寮の庭で会った時から、こいつは何故か俺を名前で呼んでいた気がする。
美形はあっさりと答える。
「王子なら、未来の家臣候補の名を全員覚えるのは当たり前だ」
「王子……」
情報が、俺の中で結びついた。
「つまりお前が、ジーヴル・ポエジー?」
「なんだ、知らなかったのか?」
王子……こいつが、俺が蹴落とそうとしていた相手……!?
ジーヴルは傲慢さが透けた顔で、にやりと笑う。
「お前、面白い奴だな」
「出た、ジーヴル王子の『お前、面白い奴だな』!」
「ルート突入のフラグ立ったわね!」
「王子様はパッケージに一番デカデカと描かれてるけど攻略難易度高いぞー、頑張れよ」
見物していた奴らが騒ぎたてる。
ルート突入……? 待て、凄く嫌な予感がするぞ。
「ねえ、このゲームって貴女が主人公でしょ? 攻略対象取られそうだけど、あれで良いわけ?」
モブ女子生徒がこのゲーム本来の主人公である少女に話しかける声が、スタンドのどこかから聞こえてきた。
主人公の清楚な声が、それに答える。
「うん。バグのせいで、もうプレイヤーさんとは会えないみたいだからね。
だったらプレイヤーさんが喜ぶこととは違う、私がゲーム内で試してみたかったことをやろうかなって思ってて」
「そうなんだ。頑張ってね」
主人公が本来の相手役としてジーヴルを引き受けてくれれば良かったのだが、望みは薄そうだ。
この乙女ゲームは、もうめちゃくちゃだ……!
目を泳がせていた俺の手を、ジーヴルはぎゅっと握った。
「私の伴侶になってくれ」
煉瓦よりも随分丈夫そうな、金属で組まれたドームだ。
乙女ゲームの世界は古風な建物や文化が多く残っているというだけで、俺の居たRPGに比べると文明がかなり進んでいるらしいというのは、二か月ほど暮らすうちに分かっていた。
プレイヤーにとっては「過去の時代」というよりも、「現実世界と異なる歴史を辿ったパラレルワールド」ということになっているらしい。
でないと、綺麗な紙とインクで製法された本が図書館に何万冊とあったのもおかしな話だしな。
ゲームシステムと設定の辻褄を合わせるためには、その方が都合が良かったのだろう。
それにしても見事な建物だ。
騒ぎを聞きつけた人々が集まってきて、ドームのスタンドにずらりと並ぶ。
美形が軽く念じただけで、吹雪が巻き起こった。
あっという間に俺の腰から下は氷漬けにされる。
「君が今までどれだけ甘やかされて育ったかは知らない。
だが、ここは将来に直結する学びの場だ。
準備不足故の無知が許されるような所ではないんだよ」
美形は、低くて深みのある声でくどくどとお説教してきやがる。
話す時の息遣いひとつからも、高貴な雰囲気が漂ってくる。
こいつのキャラクターボイスは、俺の中の人に負けず劣らずのベテランが務めていると見た。
「反省したなら……」
詩を百回書き写せとでも言うのだろうか。
別にそれくらい構わない。
ただ俺は、グラフィックもCVもお綺麗な、お前みたいな野郎の怯える姿が大好物なのでね!
「魔王トラゴスの実力におののく、記念すべき初の贄となるがいい。光栄に思え!」
俺は宣戦布告すると、魔法で頭上に小さな太陽を発生させた。
俺を包んでいた氷はどろどろと溶け始め、蹴飛ばすとあっけなく崩れる。
「逆らうか……」
美形は冷ややかに呟くが、あいつには状態異常「ねつ」「どんそく」というスリップダメージと速度低下が発生している。
美形のステータス表を呼び出せば、HPがじりじり減っていくのが目に見える。
小さな太陽を生み出す魔法は、俺が操るものの中でも強力な部類だ。
これの強さは、単なる火力だけではない。
放出される電磁波によるデバフこそが厄介なのだ。
デバフを受けながらも、美形は両手に力を集中させた。
手の中に氷が集まっていき、それはすぐに弓と四本の矢の形を成した。
煌めく矢を、優美な仕草でつがえる。
「そんなもので俺を射る気か?」
俺が笑いかけると、美形は黙ったまま——矢を四本、一気に天井に向かって射った。
氷の矢は天井に突き刺さり、刺さった地点でさらに周囲を凍らせる。
天井の一部分が、美形に向かって崩落してきた。
しかし美形は慌てることなく、落ちてきた天井を掴むと、それを盾のように構えた。
即席の盾を氷で包み込み、さらには弓を溶かして氷の剣を生成し直すと、美形は俺に突進してくる。
「殺すつもりは無い。
胸の校章に打撃を喰らわせた方が勝ちとしよう!」
美形の決闘宣言に、観客が湧いた。
盾の効果か、デバフによるHP減少の勢いが弱まり、鈍っていた速度もほとんど戻っている。
そして盾と剣には氷魔法が毎秒付与され続けており、太陽熱と拮抗している。
氷の剣が、俺の胸に迫ってきた。
——ここまで全て、俺の計算通り!
「させるか!」
俺は、掌にチャージした炎を思いきりぶつけた。
「そんな炎で、この盾が破れるか!」
何の変哲も無い炎を見て、美形は勝ち誇ったように吼える。
しかしこの勝負、俺がもらった。
炎で盾を破る、なんて考え方がそもそも陳腐なのだよ!
俺の炎で、盾を包む氷は溶けて水となる。
炎は盾の表面を炙り、盾を少し溶かし、そして!
次の瞬間、俺たちの間には爆発が起こっていた。
「っ……」
競技場の壁に、吹き飛ばされて叩きつけられた美形が寄りかかっている。
あまりのことに、観客たちは声も出ないようだ。
ああ、ゾクゾクする。みんなが俺を恐れているのが分かる! 俺が好きなのはこれだ、これ!
俺は拍手をしながら、美形に向かって悠々と歩き、解説を垂れてやる。
「その屋根にはマグネシウム合金が使われている。
電磁波に強い物質だからな。デバフを防ぐためにそれを盾として使ったのは褒めてやる。
しかし、そいつが燃えている状態で水を掛けると爆発することもある……ということは知らなかったかな?」
文明が進んでいた故に、軽量化された合金が天井の建材に用いられていた。
この世界の素晴らしい技術が、試合の命運を左右した訳だ。
くぅ~っ、今の俺、完璧なラスボスムーブしてる!
解説が終わると、美形が無言で顔を上げた。
てっきり恐怖でお綺麗な顔を歪ませていると思っていたが、彼は無表情で俺を見つめている。
俺と戦ってもなお俺を恐れない人間なんて、初めて見た。
俺が呆気にとられていると、美形は氷の仮面で顔を覆った。
次の瞬間、猛烈な息苦しさが俺を襲った。
美形が魔法で作り出した絶対零度で、俺の周りの空気が凍ってやがる!
待て待て、いくら俺が厳密には非生命体だからって、一応呼吸はしてるから!
鼻がいっっってぇ! あと頭も! ガンガンする!
魔法を発動する余裕も無くもがく俺を、美形は微動だにせず見つめている。
こいつ、単純にクソ強え……!
目が覚めると、目の前に美形の顔があった。
「気がついたか。君は少し気絶してたんだよ」
そう言われると、だんだん記憶と意識がはっきりしてきた。
後頭部に当たっているもの……競技場の床とは違うみたいだ。
俺、美形に膝枕されてる!?
悟った瞬間、俺は身体を起こした。
善意でやってくれたんだろうが、魔王が膝枕で介抱されてる絵面はちょっとプライドが傷ついた。
「急に立ち上がるな、危なっかしい」
そう言って立ち上がった美形は、手の中で俺の校章をもてあそんでやがった。
ああ、俺は試合にも勝負にも負けたのか……。
「君の強さは今回でよく分かった。
学園でよく学び、力を皆のために振るえる人物になるよう期待している。
トラゴス・ビケット・オーデー」
そう言いながら、美形は俺のジャケットに校章を付け直してくれる。
……あれ?
「なあ。俺、お前に名乗ったか?」
そういえば寮の庭で会った時から、こいつは何故か俺を名前で呼んでいた気がする。
美形はあっさりと答える。
「王子なら、未来の家臣候補の名を全員覚えるのは当たり前だ」
「王子……」
情報が、俺の中で結びついた。
「つまりお前が、ジーヴル・ポエジー?」
「なんだ、知らなかったのか?」
王子……こいつが、俺が蹴落とそうとしていた相手……!?
ジーヴルは傲慢さが透けた顔で、にやりと笑う。
「お前、面白い奴だな」
「出た、ジーヴル王子の『お前、面白い奴だな』!」
「ルート突入のフラグ立ったわね!」
「王子様はパッケージに一番デカデカと描かれてるけど攻略難易度高いぞー、頑張れよ」
見物していた奴らが騒ぎたてる。
ルート突入……? 待て、凄く嫌な予感がするぞ。
「ねえ、このゲームって貴女が主人公でしょ? 攻略対象取られそうだけど、あれで良いわけ?」
モブ女子生徒がこのゲーム本来の主人公である少女に話しかける声が、スタンドのどこかから聞こえてきた。
主人公の清楚な声が、それに答える。
「うん。バグのせいで、もうプレイヤーさんとは会えないみたいだからね。
だったらプレイヤーさんが喜ぶこととは違う、私がゲーム内で試してみたかったことをやろうかなって思ってて」
「そうなんだ。頑張ってね」
主人公が本来の相手役としてジーヴルを引き受けてくれれば良かったのだが、望みは薄そうだ。
この乙女ゲームは、もうめちゃくちゃだ……!
目を泳がせていた俺の手を、ジーヴルはぎゅっと握った。
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