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終章

2 二ツ河島事件

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 二学期になると、教室に鎮神しずかの机は無くなっていた。

 皆がそれについて騒いだのは初日だけだった。
 職員室に行って担任に詰め寄っても、詳しくは知らないが家庭の事情だと思うので詮索するな、と言われた。
 教師も、鎮神は母親と夜逃げしたと思っているのだろう。

 ただ、諏訪部の本籍地が既に他県へ移されているという職員たちの会話が漏れ聞こえてきた。
 世間を賑わせている『二ツ河島住人消失事件』との関連について知っている者は、少なくとも学校には翔と星奈しか居ない。


 校舎の屋上へ続く階段に座り込み、翔と星奈はクリアポケットファイルを開くと、一枚の新聞記事を取り出す。
 特急列車が入って来た線路に落下した男がそのまま跡形も無く消失したという事件。
 落ちていた財布から見つかった身分証や目撃者の証言から、男は北原嵐師あらしなる人物だと判明した。

 しかし、財布と共に落ちていたものがさらなる謎を呼んだ。

 それは血のついた包丁だった。
 指紋はきっちりと拭き取られており、販売ルートの特定も難航しているという。

 同時に、嵐師は二ツ河島住人消失事件で行方不明となっている青年、宇津僚うつのつかさ深夜美みやびの父親であることも報じられた。

 ニュースで宇津僚深夜美の顔写真を見た時には驚いた。
 それは鎮神が居なくなったあの日、諏訪部家から学校へ戻る電車の中で翔と星奈が見た男だったのだ。


 二ツ河島へ続く海が異様な光で染まり、上空には濃い霧が立ち込めたせいで誰一人として島に接近出来なかった数十時間のうちに、
住人の蒸発と不審死、港をはじめとした建造物の不自然かつ大規模な破壊、村役場で戸籍などの書類が意図的に焼却されるといった
様々な異常事態が起こっていたらしく、霧の中から再び姿を現した島は廃墟となっていた。

 不審死の内容は様々で、特に獣に食い殺された者と
人目につきそうな所で自死を選んだ者が、数の多さと異常性では際立っていた。

 一方で、二ツ河島に大型の獣は居なかった、その『獣』の歯形は人間のそれであった、などとも囁かれている。

 さらには墓とされる洞窟に安置されていた死後間もない屍もあった。
 死因になるものが一切見つからない画家の綺麗な遺体、
長鎗のようなもので内臓までめった刺しにされた漁師、
強い力が全身にかかって圧死した看護士――いずれも異常な要因で絶命していたらしい。


 二ツ河島に残された奇妙な死体を調べていくうちに、
嵐師が落とした包丁に付着していた血液と同じDNA型を持つ死体が発見された。
 自宅の倉庫で刺し傷を付けられた上で監禁され、免疫低下で病を発し死亡した荒津良夫だ。

 さらに島の灯台には、人体を引き摺って海へ突き落したかのような失血死相当の血痕があり、
その血は北原嵐師が独居する家のごみ箱から採取された爪によって鑑定されたDNAと親子であるという結果を成したため、
宇津僚深夜美は死亡している、それも他殺であると見られた。
 
 しかし嵐師には、犯人であると決めつけ難いアリバイがある。
 
 繋がりつつある怪奇現象、調べれば調べるほど謎が深まる事件。
 いくら捜査したところで真相に辿り着くことは出来ないだろう、と翔も星奈も確信していた。

 人智の及ばぬ何かが、二ツ河島で滅びを齎したのだ。

「なんか、北原嵐師の息子があの時の男だったって分かった辺りから、
点と点が繋がって輪になって、鎮神んとこに戻って来た……みたいな感じがするよな」
 記事と睨み合いながら星奈は言う。
 
 お堅いはずの新聞さえも、怪奇の二文字を引き合いに出さねば語れないほどの事件。

「ああ。
 燃えた書類の中に、鎮神に関する手掛かりがあったのかな……」

 行方不明者、死者のリストの中に鎮神の名は無かった。
 
 近年戸籍のデータ化が進みつつあるとはいえ、田舎の二ツ河村役場ではそのようなシステムは導入されていなかった。
 法務局にある副本と照合すれば焼失した内容を補うことは出来るだろうが、
どうやら役場から法務局へ副本を送る頻度は多くなく、
仮に鎮神が二ツ河村に痕跡を残していても、副本が送られる前にそれを闇に葬ってしまえば、彼の存在は宙に浮く。
 もしかしたら役場に手掛かりなど無かったかもしれないが、それでも可能性を考えてしまう。

 翔は段差に背中を預けながら、ぼんやりと考えていた。

 事件が発生したせいで、二人が二ツ河島の地を踏むことは無かった。
 親には、目的は伏せていたものの二ツ河島へ行くことは伝えてあったので、
翔と星奈を心配した親からの電話がその日の宿に寄せられたために、すぐさま家へ帰ることになってしまってろくな調査も出来なかった。

 こうして切り抜きを集め、友人の行方に想いを馳せるばかりの日々だ。

 しばらくあれこれと話し合っていたが、鎮神を見つける方法が思い浮かぶわけでもなかった。

 二人はファイルを片付けて帰路につく。
「この後、蘭子先輩にビデオ返しに行くんだけどさ、一緒に行くか?」
 翔は『世紀の発見! 未来よりの使者、河童型サイボーグが目論む人類絶滅の台本に迫る! 超ドキュメンタリーX』とラベルに書かれたビデオテープをちらつかせて言う。
「ああ、私も行こうかな。秋もののタイツが欲しくてさ」
 星奈が答え、二人は寄り道の進路を取る。

 駅の近く、雑居ビルの中地階にあるセレクトショップでは、
相変わらずパステルカラーに身を包んだ蘭子先輩と、新しく雇われたバイトの青年が居る。
 熊を模した着ぐるみのようなつなぎのウェアを着た、これまた奇抜な人だ。

「河童型サイボーグ、凄かったっすね!」
「でしょー、まさにこの世の真実って感じだよね!」
 翔と蘭子はカウンター辺りで楽しげに喋っている。
 蘭子も、鎮神のことは夜逃げで仕方なく遠くへ行ってしまったと考えている一人だ。
 
 鎮神と面識の無い青年は、星奈のために店中のタイツを掻き集めて来て、テーブルに並べてくれている。

 ある棚の一角が、星奈の目に留まった。
 ハードなチョーカーに、大きなリボンのついたカチューシャ。
 近くのラックには、絵本の中のお姫様と王子様が着ていそうな服が掛かっている。 
 近寄ってタグを見ると、『Go Sick Beauty』と書いてあった。

「それ、ついこないだ仕入れ始めたブランドなんですよ」
 男が言った。

 それを聞いた蘭子がこちらを見る。
「鎮神くんが好きそうでしょ、それ。
 今、バンドマンとかライブハウスに出入りする子たちの間で流行ってんの」
 蘭子は寂しげに笑った。

 鎮神がこのブランドを知れば、喜んで着る気がする――いや、もしかしたら、このブランドを立ち上げたのは鎮神なのかも。

 しかし突飛すぎるその考えを、星奈はそっと胸の奥にしまい込んだ。
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