99 / 117
八章
6 無慈悲な構造
しおりを挟む
仮眠をとってから二時間ほどしてから、鎮神は起き上がった。
同時に団も目を覚ます。
すぐそこにあるトイレにでも行くのかと思いきや、鎮神は三階へ上って行く。
団が声を掛けようとすると、いつの間にか隣で起きていた路加に無言で静止された。
三階には、真祈が居るのだ。
三階では真祈がベランダの方を向いて座り外界を見下ろしていた。
「休まなくて大丈夫ですか、真祈さん」
言いながら鎮神が近付いて行くと、真祈は疲れ一つ浮かんでいない様子で答えた。
「ええ、深夜美さんとの戦いはさすがに疲れましたけど、十分休めましたよ」
真祈は疲れにくく設計された生物なのだろうな、と今までの調子で納得するほかなかった。
鎮神はと言えば、まだ身体の末端に震えが残っている。
鎮神は真祈のすぐ横に座った。
窓の外は、上方には偽の月と金星、眼下には神門のこじんまりとした町並みが広がり、
以前二人が訪れた映画館の廃墟も奥に見えている。
「あの、真祈さん」
「何ですか?」
話しかけても、真祈は外を警戒したまま振り向きもしない。
一抹の寂しさはあるが、仕方ない。
鎮神も共に外を見張るようにしながら話を続けた。
「畔連町に居た時も、二ツ河島に来てからも……幸せなことが多かったとは言えません。
でも、真祈さんに会えて良かった。
貴方に出会えたからおれは、自分が産まれてきたことを許せたんです。
自分の始まりを肯定出来なかったら、どんなに長く生きて安らかに死んでいっても、
最期に思い出すのはきっと暗い気持ちだと思う。
だけどもうおれにその心配は無い。
だからどんな未来が待っていても戦い続けられる」
悲しみを持たない真祈に今言ったことの何割が伝わったかは分からないが、率直な気持ちを言い切る。
「だから……故意に伏せてあることがあるのなら、言ってください。
隠してましたよね、神殺しでカルーの民に起こるデメリットのこと。
……この戦いが終わった後のこと」
かつて真祈が語った神話。
それが真実ならば、母たる帝雨荼を傷つけたカルーの民は。
真祈はしばらく黙り込んで考えていたが、やがて口を割り、鎮神と目を合わせて話しだした。
「損得勘定とか、生存確率とか……そういったものは貴方が掲げる信念の前には無意味のようですね。
ならば私も、もう隠しはしません。
神代の戦いで、帝雨荼を傷つけたカルーの民は、
母への叛逆でえりしゅに罰を与えられました。
その結果弎つの印は失われ、空磯は遠ざかった。
今度も同じです。
忌風雷を帝雨荼へ向ければ、私たちは罰を受けることとなる」
「罰って、どんな?」
「さあ。軽くはないでしょうけどね」
「もし、ですよ……あえて深夜美さんに帝雨荼を殺させたら、
深夜美さんが強くなってもえりしゅの罰で相殺されて、
力を抑えたり共倒れさせたりできませんか」
「えりしゅの性質上、それには期待しない方がいい」
「えりしゅの、性質?」
そもそも『えりしゅ』とは如何なる存在なのか。
真祈の話の流れから、神々の中でも高位の存在――いわゆる最高神のようなものだろうとは想像していたが。
「まだ誰にも明かしていない、私の研究成果です。
いえ、誰にもっていうのは語弊があるでしょうか。
八年前、私は祖父にえりしゅの正体を話しました。
直後、彼は明日が怖いと言い残して自ら命を絶った」
そういえば真祈は、自殺した知人が居たというようなことを語っていた。
ぼかして語っていたが、それは祖父だったらしい。
「神殿に残された古代文字を読める者は居なくなり、神話の細部は忘れられた。
印を失ったカルーの民の思考には黒頭のように負の感情が混入していった。
そして生じたのは大きなずれ。
つまり宇津僚家は、自らが帰する最高神のかつては当然とされていた性質を知った時、恐怖を抱くようになっていた。
祖父の末路を見た私は、えりしゅの正体が現在の我々の信仰を破壊しかねないと知り、
淳一や艶子、それから本土で活動している遠縁の者にも一切を隠してきました」
真祈はそろりと銀色の長い髪を撫でる。
流れる髪の内側が宇宙の色に染まった。
真祈の受けた加護、夢幻の源へ接続する能力だ。
「この宇宙のどこかにある小さな城で、そして同時に世界を包み込むような形で、
眠りと食事を貪りながらえりしゅは存在している。
それは有にして無。
善にして悪。
二元論を包括する一元論、広がり続けるフラクタル。
流出説とも創造論とも矛盾しない究極の混沌」
話を聴いているうちに、万華鏡の中に閉じ込められたかのような感覚が鎮神を襲った。
大きな存在に見下ろされると同時に、そこらに偏在する無数の何かに覗かれているような不気味な感覚。
それがこの世界の構造なのか。
「えりしゅの糧は信仰です。
えりしゅを崇め空磯を望むその心こそが神格を形造っている。
この世界はえりしゅの餌場で、生けるものはえりしゅを養うための家畜、帝雨荼のような神々は家畜を育てる牧場主のようなものなのです。
そして家畜を肥えさせるためにばら撒いた餌こそが空磯の正体」
同時に団も目を覚ます。
すぐそこにあるトイレにでも行くのかと思いきや、鎮神は三階へ上って行く。
団が声を掛けようとすると、いつの間にか隣で起きていた路加に無言で静止された。
三階には、真祈が居るのだ。
三階では真祈がベランダの方を向いて座り外界を見下ろしていた。
「休まなくて大丈夫ですか、真祈さん」
言いながら鎮神が近付いて行くと、真祈は疲れ一つ浮かんでいない様子で答えた。
「ええ、深夜美さんとの戦いはさすがに疲れましたけど、十分休めましたよ」
真祈は疲れにくく設計された生物なのだろうな、と今までの調子で納得するほかなかった。
鎮神はと言えば、まだ身体の末端に震えが残っている。
鎮神は真祈のすぐ横に座った。
窓の外は、上方には偽の月と金星、眼下には神門のこじんまりとした町並みが広がり、
以前二人が訪れた映画館の廃墟も奥に見えている。
「あの、真祈さん」
「何ですか?」
話しかけても、真祈は外を警戒したまま振り向きもしない。
一抹の寂しさはあるが、仕方ない。
鎮神も共に外を見張るようにしながら話を続けた。
「畔連町に居た時も、二ツ河島に来てからも……幸せなことが多かったとは言えません。
でも、真祈さんに会えて良かった。
貴方に出会えたからおれは、自分が産まれてきたことを許せたんです。
自分の始まりを肯定出来なかったら、どんなに長く生きて安らかに死んでいっても、
最期に思い出すのはきっと暗い気持ちだと思う。
だけどもうおれにその心配は無い。
だからどんな未来が待っていても戦い続けられる」
悲しみを持たない真祈に今言ったことの何割が伝わったかは分からないが、率直な気持ちを言い切る。
「だから……故意に伏せてあることがあるのなら、言ってください。
隠してましたよね、神殺しでカルーの民に起こるデメリットのこと。
……この戦いが終わった後のこと」
かつて真祈が語った神話。
それが真実ならば、母たる帝雨荼を傷つけたカルーの民は。
真祈はしばらく黙り込んで考えていたが、やがて口を割り、鎮神と目を合わせて話しだした。
「損得勘定とか、生存確率とか……そういったものは貴方が掲げる信念の前には無意味のようですね。
ならば私も、もう隠しはしません。
神代の戦いで、帝雨荼を傷つけたカルーの民は、
母への叛逆でえりしゅに罰を与えられました。
その結果弎つの印は失われ、空磯は遠ざかった。
今度も同じです。
忌風雷を帝雨荼へ向ければ、私たちは罰を受けることとなる」
「罰って、どんな?」
「さあ。軽くはないでしょうけどね」
「もし、ですよ……あえて深夜美さんに帝雨荼を殺させたら、
深夜美さんが強くなってもえりしゅの罰で相殺されて、
力を抑えたり共倒れさせたりできませんか」
「えりしゅの性質上、それには期待しない方がいい」
「えりしゅの、性質?」
そもそも『えりしゅ』とは如何なる存在なのか。
真祈の話の流れから、神々の中でも高位の存在――いわゆる最高神のようなものだろうとは想像していたが。
「まだ誰にも明かしていない、私の研究成果です。
いえ、誰にもっていうのは語弊があるでしょうか。
八年前、私は祖父にえりしゅの正体を話しました。
直後、彼は明日が怖いと言い残して自ら命を絶った」
そういえば真祈は、自殺した知人が居たというようなことを語っていた。
ぼかして語っていたが、それは祖父だったらしい。
「神殿に残された古代文字を読める者は居なくなり、神話の細部は忘れられた。
印を失ったカルーの民の思考には黒頭のように負の感情が混入していった。
そして生じたのは大きなずれ。
つまり宇津僚家は、自らが帰する最高神のかつては当然とされていた性質を知った時、恐怖を抱くようになっていた。
祖父の末路を見た私は、えりしゅの正体が現在の我々の信仰を破壊しかねないと知り、
淳一や艶子、それから本土で活動している遠縁の者にも一切を隠してきました」
真祈はそろりと銀色の長い髪を撫でる。
流れる髪の内側が宇宙の色に染まった。
真祈の受けた加護、夢幻の源へ接続する能力だ。
「この宇宙のどこかにある小さな城で、そして同時に世界を包み込むような形で、
眠りと食事を貪りながらえりしゅは存在している。
それは有にして無。
善にして悪。
二元論を包括する一元論、広がり続けるフラクタル。
流出説とも創造論とも矛盾しない究極の混沌」
話を聴いているうちに、万華鏡の中に閉じ込められたかのような感覚が鎮神を襲った。
大きな存在に見下ろされると同時に、そこらに偏在する無数の何かに覗かれているような不気味な感覚。
それがこの世界の構造なのか。
「えりしゅの糧は信仰です。
えりしゅを崇め空磯を望むその心こそが神格を形造っている。
この世界はえりしゅの餌場で、生けるものはえりしゅを養うための家畜、帝雨荼のような神々は家畜を育てる牧場主のようなものなのです。
そして家畜を肥えさせるためにばら撒いた餌こそが空磯の正体」
20
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
幽子さんの謎解きレポート~しんいち君と霊感少女幽子さんの実話を元にした本格心霊ミステリー~
しんいち
キャラ文芸
オカルト好きの少年、「しんいち」は、小学生の時、彼が通う合気道の道場でお婆さんにつれられてきた不思議な少女と出会う。
のちに「幽子」と呼ばれる事になる少女との始めての出会いだった。
彼女には「霊感」と言われる、人の目には見えない物を感じ取る能力を秘めていた。しんいちはそんな彼女と友達になることを決意する。
そして高校生になった二人は、様々な怪奇でミステリアスな事件に関わっていくことになる。 事件を通じて出会う人々や経験は、彼らの成長を促し、友情を深めていく。
しかし、幽子にはしんいちにも秘密にしている一つの「想い」があった。
その想いとは一体何なのか?物語が進むにつれて、彼女の心の奥に秘められた真実が明らかになっていく。
友情と成長、そして幽子の隠された想いが交錯するミステリアスな物語。あなたも、しんいちと幽子の冒険に心を躍らせてみませんか?
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
まじぼらっ! ~魔法奉仕同好会騒動記
ちありや
ファンタジー
芹沢(せりざわ)つばめは恋に恋する普通の女子高生。入学初日に出会った不思議な魔法熟… 少女に脅され… 強く勧誘されて「魔法奉仕(マジックボランティア)同好会」に入る事になる。
これはそんな彼女の恋と青春と冒険とサバイバルのタペストリーである。
1話あたり平均2000〜2500文字なので、サクサク読めますよ!
いわゆるラブコメではなく「ラブ&コメディ」です。いえむしろ「ラブギャグ」です! たまにシリアス展開もあります!
【注意】作中、『部』では無く『同好会』が登場しますが、分かりやすさ重視のために敢えて『部員』『部室』等と表記しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2024/12/25:『しんねん』の章を追加。2025/1/1の朝4時頃より公開開始予定。
2024/12/24:『おおみそか』の章を追加。2024/12/31の朝4時頃より公開開始予定。
2024/12/23:『いそがしい』の章を追加。2024/12/30の朝4時頃より公開開始予定。
2024/12/22:『くらいひ』の章を追加。2024/12/29の朝8時頃より公開開始予定。
2024/12/21:『ゆぶね』の章を追加。2024/12/28の朝8時頃より公開開始予定。
2024/12/20:『ゆきだるま』の章を追加。2024/12/27の朝4時頃より公開開始予定。
2024/12/19:『いぬ』の章を追加。2024/12/26の朝4時頃より公開開始予定。
ヘリオポリスー九柱の神々ー
soltydog369
ミステリー
古代エジプト
名君オシリスが治めるその国は長らく平和な日々が続いていた——。
しかし「ある事件」によってその均衡は突如崩れた。
突如奪われた王の命。
取り残された兄弟は父の無念を晴らすべく熾烈な争いに身を投じていく。
それぞれの思いが交錯する中、2人が選ぶ未来とは——。
バトル×ミステリー
新感覚叙事詩、2人の復讐劇が幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる