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七章

6 深夜美の神話

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 荒野の中心で、与半よはん深夜美みやびに語り掛けていた。
「君には心がある!」

 意外にも深夜美は、与半の話を大人しく聞いているようだった。

 その背中に向けて雷を撃ち込もうと真祈まきが能力を発動する。
 すると深夜美はズボンのポケットから小さな和風の手鏡を取り出した。
 優美な手つきでそれを掲げ、鏡面を明らかに鎮神しずかたちの方へ向けた。

 気付かれてはもはや奇襲ではないし、このまま攻撃して避けられでもすれば、戦力となり得る与半をも巻き込みかねないと判断し、真祈は能力を解除する。
 


 陶酔した赤い瞳が、手鏡とそれを支える白い指、そして三日月と金星を見上げる。
 深夜美は低い声で、舞台上で歌うかのように語りだした。

「えりしゅの治める天命のもと、宇宙は数多の神に運ばれていた。
 太陽は苛烈なるえりしゅの燃えさかる城。
 月の娘たる金星は、母の澪を恐るべき太陽より守るため、先駆と殿をつとめる戦の女神。

 太古の昔、アサックという生き物が居た。
 その住み処にえりしゅが神を産み落としたことでアサックは滅ぼされたが、わずかに残った者たちがアサルルヒへ進化した。
 卵より目覚め、火を恐れ、老いるより早く死ぬ、非力な、尾を失くし二本足で立つ大蜥蜴だ。
 アサルルヒの身体には、他者が向けてきた負の感情を呪いに変換して蓄積するという特性があった。

 生物として、より強く……! 
 その一心で多くのアサルルヒが黒頭を贄とした呪術を行い、永き命を持つルルーの民へ進化した。
 えりしゅとの決別……つまり、太陽の光を浴びると命に関わる傷を負うことを代償に、な。
 
 しかし繁栄は続かなかった。
 地球の各地に飛来した光の舟と無数の鎗によりルルーの民は滅ぼされ、屍はカルーの民を創る材料にされた。
 アサルルヒは神の鎗の狙いからは外れていたが、
ルルーの民になり得る生物だということで黒頭やカルーの民に殲滅させられた。
 
 ただ二ツ河島においてのみ、二人のルルーの民が生き残っていたために、彼らの手で僅かなアサルルヒが島外へ逃れることができた。
 そのルルーの民たちは、カルーの民に戦争を吹っかけて封印されたが。
 
 以降アサルルヒは支え合いながら本土でひっそりと生きてきた。
 人間に紛れられるような胎生、恒温の生物に進化し、
代々受け継がれる狡猾さと美しさを使ってのしあがり、
中世には武士の地位と赤松の姓を手に入れていた。

 四百年前に武家としては没落し、残党狩りから逃れる先として赤松家は、
一族にとっての始まりの地である二ツ河島へ戻って来た。
 もちろん自らがアサルルヒの生き残りだ、などと名乗れるはずもない――
誇り高きルーツを偽らなくてはならない屈辱を味わってでも先祖が二ツ河島へ戻って来たのは、きっと、純粋な郷愁からだろう。

 昭和の始めごろになると、島では働き口が無いために、赤松家は再び二ツ河島を出て行くことになった。
 しかし元々卵生だったものを生物的には有り得ない速度で無理矢理胎生に進化させた代償として、我々の家系図は年々先細りしており、
私が生まれた頃にはもう母と祖母しか一族の者は居なくなっていた」


 一瞬、深夜美は口を引き結び、目線を泳がせる。
 話したくないことがあるのだ、と鎮神は直感した。
 前にも彼のこんな表情を見たことがある。
 婚姻届の氏名欄に、忌み続けていた戸籍上の姓を書いた時だ。

 しかし深夜美は何事も無かったかのように、再び唇で弧を描く――これは彼の戦化粧。

「母は優しかった。
 祖母は私が三歳の時に死んだが、よくしてもらった記憶はしっかりとある。
 私の半分は誇り高き赤松の血で出来ている――そしてもう半分は、呪術の民よりもよほど醜悪な男の血だ!」

 手振りと共に、痛みを吐き出すように吼える。

「父は酒色に溺れ、日々私たちを侮辱した。
 母は泣き言も言わずに耐え続け、そして死んでいった。
 赤松深海子みみこの一生が幸福なものだったかは分からない。
 少なくとも私には、母を幸せに出来た自信は無い。
 赤松家の血を引く者はもう私一人……しかし母は私に確かに託していったのだ。
 宇津僚うつのつかさ家とは別の流れで受け継がれてきた二ツ河島の神話、この手鏡、我が名と身体。
 そして、この地上世界に再び闇の帝国を築けという意志を! 
 
 私は最強の呪物になる! 
 我が邪視が父を裁く時、私は浄められ、王として歩み出せる!」
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