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六章

9 応用と反撃

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 逃げ出す路加ろかに手を伸べると同時に辺りが光に包まれ、深夜美みやびの全身に衝撃が走った。

 力が入らず、深夜美はステアリングに突っ伏す。
 感電こそしなかったが、雷の威力を間近に受けてしまった。


 横目に、二階部分を失った士師宮ししみや家を見上げる。
 堂々と立つ真祈まきの靡く銀髪と突き出された右手は、生ける宇宙に変わっていた。
 これが、真祈の能力。
 赤松の遠い先祖の身体を引き裂いて造られた高等な生物に与えられた加護。


 投げ出されていた上体をどうにか起こして、痛む左腕に目をやった。
 チャビーコートは破れ、磁器のような肌に一筋、雷で破壊された車体の破片が飛んできてついたらしい切り傷があった。

 吊り上がるまなじりから、抑えきれぬ呪詛が溢れ出す。
「母の似姿たるオレの体に傷をつけられるのは、たとえここが戦場だと分かっていても我慢できねえ……
 母のイコンたるオレの体に傷があってはならねえんだよ! 
 ああ、許せねえ、うかうか攻撃を喰らった自分が!」

 自分に言い聞かせるように叫びながら怒りのままにクラッシュパッドを殴る。
 深夜美の細腕ではへこみ一つつけられないが、溢れた呪力が革も金属も腐食させた。


 冷静さを欠き、次に何をすればいいか考えが纏まらない。
 とにかく目的の場所に移動しようと、開け放たれていた助手席のドアを閉め、アクセルを踏み込んだ。

 しかし車は動かない。
 さっきの攻撃で壊れたのだろうか。
 
 ここは一旦退いて、誰かを洗脳して車を奪うべきか。
 集会所へ行かなくてはならないのは絶対だが、そこに真祈たちが居ては困る。必ず引き離さなくては。
 
 ドアの取っ手を掴んだ時、視界の端に影が差した。
 見れば、瑞々しい蔦がタイムラプスの映像を再生したかのような異常な速度で成長していた。
 蔦は外から車を包み込み絡め取り、出入り出来ないほどに縛り上げる。
 アクセルの下には草が詰まり、駄目押しかのように計器や座席にまで緑は茂りだす。
 おそらくエンジンなども無事ではあるまい。

 どう考えても超能力の成せる業だが、真祈の能力は雷であり、鎮神の能力は念動だ。では誰が。


 腐食の呪力を注ぎ込んで植物の中に流れる水を酸に変えるが、蔦は全く溶けない。
 場所を選ばずに繁茂するのを見るに、元々その場にあった種子を発芽させたとは考えにくい。
 速度計に生えだしたまだ細い蔦を手折れば、観察するまでもなく異変は起こった。
 蔦の断面から、青紫色の粘液が滴り落ちてきたのだ。
 そして粘液の中にはラメのように輝くもの――星辰が巡っている。


 原始の生命は、原始の大気に含まれる元素が雷や宇宙線に刺激されることで生まれたという。
 真祈はきっと雷に乗せて若い星の大気を撃ち込み、攻撃地点で進化を歪になぞってこの異様な生命を生み出し、武器にしているのだ。
 真祈の能力により発生した物質ならば、深夜美の能力が効かないという理由にもなる。
 
 一度攻撃したきり真祈が沈黙しているのは、深夜美の動きを封じた上でここに来て、確実に仕留めるつもりなのだろう。

 しかし真祈には見えないものが深夜美には見えている。
 それは互いの強さでもあり弱さでもあると、深夜美は理解していた。

 蔦に覆われて光の届かなくなった車内で深夜美はほくそ笑む。
 生物的な優劣など、この胸中に渦巻く憤怒と誇りの前では無力だと、聖なる島に生贄の血で刻み込んでやる。
 二ツ河ふたつがわ島は既に、深夜美の虫籠だ。
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