70 / 117
六章
4 有沙の遺した物、開戦
しおりを挟む
ダークブルーと黒のストライプのシャツの上に、黒いネクタイとベスト。
少し折り返して紫の裏地を出した七分丈のズボンに、いくつかの刺々しいシルバーアクセサリー。
紫のグラスを軽く引いてメイクを完成させ、ショートブーツを履いて、鎮神は庭に出る。
暫く日陰で待っていると、いつもの法衣を着た真祈が、詩祈山から戻って来た。
鎮神は朝から真祈に、吾宸子の仕事が終わったら深夜美が外出していることを確認して、路加と会うのに付いて来てほしい、と言われていた。
路加には有沙の死について調べてもらっていたはずだ。
いつも通りのほほんとした顔の真祈に従って、鎮神は歩き出す。
無言のまま辿り着いたのは、有沙が死んだ雑木林であった。
少し分け入るとそこには、既に路加が来ていた。
「お忙しいのに頼み事を引き受けてくれてありがとうございます。
早速ですが例のものを」
真祈が言うと、挨拶もそこそこに、路加は林の地図を広げた。
目印になる木や沼地の間隙を縫う赤い線。
これが、血液を酸に変える攻撃を受けてから息絶えるまで、有沙が想像を絶する痛みと共に這った道だ。
その道筋は、助けを求めて真っ直ぐ道路へ出て行くのではなく、不自然に迂回していた。
調べ上げた路加も、その結果に困惑している。
「お二人は、有沙の遺体の口の中に大量の木片が刺さっていたのを覚えていますか」
真祈に言われ、鎮神と路加は頷く。
「あの木が何か調べてみたのですが、どうやらあれは赤松という樹だったようです」
赤松。
鎮神の脳裏を、赤い瞳の少年の沈んだ面持ちが、赤い瞳の男の笑顔が掠めた。
「有沙が倒れていた近くは陰樹の林で、日光を好む赤松は生えていない。
路加さんが調べてくれた彼女の移動経路の中途にやっと、大木が枯死して出来たギャップの中に育ったであろう若い赤松の樹を見ることが出来る。
痛みを紛らわせるための木切れなら迂回せずとも手に入るはず。
有沙は釣りのためにこの林によく来ていたようですから、自身を襲った犯人を伝えるためにわざわざ迂回して赤松を口に含んだのでは……と」
「じゃあ深夜美さんが超能力者で、有沙さんを殺した犯人だと言うんですか!?」
路加は喚く。
それに対して真祈は首を傾げた。
「違うのですか?」
「いえ……それは分かりませんが……
あんな優しそうな人が、有沙さんを……そんなの、信じ難いです。
深夜美さんが有沙さんに対して何の恨みがあったんですか」
「分かりません。誰でも良かったんじゃないですか」
「誰でもって……!」
行き場のない怒りのまま路加は叫ぶ。
黙って聴いている鎮神も混乱で茹だる頭を抱えた。
「鎮神が深夜美さんについて不審な点を挙げてくれました。
彼の性格が御母堂の死を境に変化したことから、深夜美さんは単に安住の地を得るために二ツ河島に来たのではなく、何らかの目的を持ち戦うために戻って来たのではないかという仮説を得た。
血液を酸に変えるという強力な能力を持ちながら、始めに心臓や脳を潰すのではなく、足からゆっくりと溶かしていくという、一見ふざけたような手口にも心当たりがある。
私は深夜美さんを信仰を脅かす存在と断定し、抹消します」
そう言うと真祈は法衣を翻し、林を出て行く方向へ歩き出した。
「鎮神、深夜美さんは士師宮さんのお宅にいると言いましたね」
「そう聞いています」
「路加さん、車で士師宮さんの家まで送ってもらえますか?
説明は移動中にいたします」
「……分かりました」
鎮神と路加も、真祈の後を追う。
深夜美が有沙を殺した。そして真祈が、深夜美を殺す。
まだ実感が湧かず、鎮神の脚は何度も萎えかけた。
しかし鎮神が立ち止まっても、真祈は気にせず進んでいくだろう。
真祈の辿る神話を見届けると、存在を許されたあの夜、誓ったのだ。
自身を奮い立たせ、鎮神は歩幅を広げて腐葉土を踏みしめた。
少し折り返して紫の裏地を出した七分丈のズボンに、いくつかの刺々しいシルバーアクセサリー。
紫のグラスを軽く引いてメイクを完成させ、ショートブーツを履いて、鎮神は庭に出る。
暫く日陰で待っていると、いつもの法衣を着た真祈が、詩祈山から戻って来た。
鎮神は朝から真祈に、吾宸子の仕事が終わったら深夜美が外出していることを確認して、路加と会うのに付いて来てほしい、と言われていた。
路加には有沙の死について調べてもらっていたはずだ。
いつも通りのほほんとした顔の真祈に従って、鎮神は歩き出す。
無言のまま辿り着いたのは、有沙が死んだ雑木林であった。
少し分け入るとそこには、既に路加が来ていた。
「お忙しいのに頼み事を引き受けてくれてありがとうございます。
早速ですが例のものを」
真祈が言うと、挨拶もそこそこに、路加は林の地図を広げた。
目印になる木や沼地の間隙を縫う赤い線。
これが、血液を酸に変える攻撃を受けてから息絶えるまで、有沙が想像を絶する痛みと共に這った道だ。
その道筋は、助けを求めて真っ直ぐ道路へ出て行くのではなく、不自然に迂回していた。
調べ上げた路加も、その結果に困惑している。
「お二人は、有沙の遺体の口の中に大量の木片が刺さっていたのを覚えていますか」
真祈に言われ、鎮神と路加は頷く。
「あの木が何か調べてみたのですが、どうやらあれは赤松という樹だったようです」
赤松。
鎮神の脳裏を、赤い瞳の少年の沈んだ面持ちが、赤い瞳の男の笑顔が掠めた。
「有沙が倒れていた近くは陰樹の林で、日光を好む赤松は生えていない。
路加さんが調べてくれた彼女の移動経路の中途にやっと、大木が枯死して出来たギャップの中に育ったであろう若い赤松の樹を見ることが出来る。
痛みを紛らわせるための木切れなら迂回せずとも手に入るはず。
有沙は釣りのためにこの林によく来ていたようですから、自身を襲った犯人を伝えるためにわざわざ迂回して赤松を口に含んだのでは……と」
「じゃあ深夜美さんが超能力者で、有沙さんを殺した犯人だと言うんですか!?」
路加は喚く。
それに対して真祈は首を傾げた。
「違うのですか?」
「いえ……それは分かりませんが……
あんな優しそうな人が、有沙さんを……そんなの、信じ難いです。
深夜美さんが有沙さんに対して何の恨みがあったんですか」
「分かりません。誰でも良かったんじゃないですか」
「誰でもって……!」
行き場のない怒りのまま路加は叫ぶ。
黙って聴いている鎮神も混乱で茹だる頭を抱えた。
「鎮神が深夜美さんについて不審な点を挙げてくれました。
彼の性格が御母堂の死を境に変化したことから、深夜美さんは単に安住の地を得るために二ツ河島に来たのではなく、何らかの目的を持ち戦うために戻って来たのではないかという仮説を得た。
血液を酸に変えるという強力な能力を持ちながら、始めに心臓や脳を潰すのではなく、足からゆっくりと溶かしていくという、一見ふざけたような手口にも心当たりがある。
私は深夜美さんを信仰を脅かす存在と断定し、抹消します」
そう言うと真祈は法衣を翻し、林を出て行く方向へ歩き出した。
「鎮神、深夜美さんは士師宮さんのお宅にいると言いましたね」
「そう聞いています」
「路加さん、車で士師宮さんの家まで送ってもらえますか?
説明は移動中にいたします」
「……分かりました」
鎮神と路加も、真祈の後を追う。
深夜美が有沙を殺した。そして真祈が、深夜美を殺す。
まだ実感が湧かず、鎮神の脚は何度も萎えかけた。
しかし鎮神が立ち止まっても、真祈は気にせず進んでいくだろう。
真祈の辿る神話を見届けると、存在を許されたあの夜、誓ったのだ。
自身を奮い立たせ、鎮神は歩幅を広げて腐葉土を踏みしめた。
20
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定
魔法のせいだからって許せるわけがない
ユウユウ
ファンタジー
私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。
すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる