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五章
12 怠惰なる贖罪、彷徨う懺悔
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【今回ちょっとグロいので、苦手な方は自衛お願いします。
読み飛ばしても大丈夫なように、今回の内容は次章冒頭のあらすじに簡単に書く予定です!】
命を奪ったのならば、それ以上に多くの命を救えば罪が軽くなるのではないか。
そんな根拠のない考えが看護士としての路加を突き動かしていた。
自分のしでかしたことを島のソトの然るべき機関に申し出れば、罪の名と、罰を与えてもらえるのかもしれない。
しかし路加にその勇気は無かった。
なので、誰にも届かない贖罪を、生業として日々重ねるほかないのだ。
かつて路加は、真祈を妄信していた。
教えではなく、真祈その人を。
路加の心が真祈からひっそりと離れた今も、両親は相変わらず真祈を崇めている。
アレキサンドライトのような髪、両性具有。
三つのうち二つの印を持つ真祈こそは、次の世代で必ずや空磯を齎す聖者なのだと思っていた。
彼のためならば、命など使ってしまってもいい、とも思っていた。
宇津僚家は年々家系図を先細りさせており、空磯へ至るためには確実に子孫を残さなくてはならない。
一方で自分たちは宇津僚から印を失わせた罪人の末裔である。
たとえ宇津僚の手足として死んだとしても、空磯へ迎えられるというのならば、そんなことは些末だった。
だから、宇津僚家と対立していた教団が和解のためと言って真祈に近付いた時――それを襲撃し、殺した。
自分の隣には、両親の他にも志を同じくする島民たちが武器を構えていた。
これは正しいことだ、という夢想の中に居た。
覚めない方が幸せだった夢。
目覚めという罰を与えたのは、一人の女が路加によこした眼差しだった。
彼女は路加が殺害した教祖の娘で、唯一逃げ果せ、真祈に助けられた。
その時、娘は――有沙は、身の上を嘆くでもなく、彼女の両親の血で手を染めた路加を、ただ汚らわしいものかのように見ていた。
当時の路加がその半生で、初めて向けられた表情であった。
怒りを持たない真祈であれば、路加に対して絶対にそんな態度はとらなかった。
怒られるような真似などしたことは無いから、親だって路加にこんな冷たい視線を向けたことは無い。
その時、全ては逆だったと気付いた。
誰からも蔑まれたくなくて、疑うことなく親の価値観に染まった。
路加にとって都合の悪いものが欠落しているから、真祈その人に心酔した。
路加は有沙によって、血に塗れた無菌室から、ただ一人引きずり出された。
訪問看護のために人気のない道を一人で歩いていると、いつの間にか昔のことを考えていた。
日射しのせいか、考え事のせいか、頭が茹だる。
路加は木陰に入ろうと、雑木林沿いに身を寄せた。
同時に林の奥で、下生えの草が重々しく擦られる音が鳴った。
路加は立ち止まり、林を覗き込む。
二ツ河島に大きな獣が生息しているという話は聞いたことが無い。
何の音だろう、と訝って辺りを見回す。
また、同じ音がした。
林の奥から、路加の居る道の方へと、迫って来ているような気がする。
引き寄せられるように草木の中へ分け入って、音の主を見た路加は、何も言えず立ち尽くした。
赤い小さなものが這っている。
二つの濡れたものが暗がりの中できらめいて、穴がぱくぱくと開閉したことで、それに目と口があるのだと――
それが腰から下を失った人間なのだと辛うじて認識できた。
幽鬼の類ではないかと戦慄いて逃げ出すのは簡単だった。
しかし、人型のそれが血を流して、僅かでも動いているのなら手を差し伸べるべきだと、看護士としての自分が叫ぶ。
路加が草を踏み分けていく音にそれは反応しているが、視線は交わらない。
ほとんど目が見えていないらしい。
声を掛けると、それの気配が揺らいだ。
瞳には、石のように冷たく暗く、強い意志が宿った。
その目には、痛いほどに見覚えがあった。
「――有沙、さん……」
なぜ彼女がこんな惨い姿で這っているのだろいう。
路加がこの手で残酷な運命に陥れた女は、償いの方法も見つからぬ間に、さらなる苦痛を纏って、何の救いも無いまま消えゆこうとしている。
にっと、有沙が笑った気がした。
しかしそれは一瞬で、もう一度路加がその口元へ目を遣ったときには、既に彼女は虚ろな表情で事切れていた。
宇津僚家の電話が鳴ったのは、真祈が儀式から帰宅してすぐのことだった。
深夜美の居る士師宮家へも、詳しい事情は秘して連絡が行った。
艶子と真祈、鎮神は、島民であってもほとんど近寄らないような雑木林へ駆けた。
この雑木林で、有沙は怪死を遂げていたのだ。
「焼けている……というか、溶けているのですか」
路加ですらまだ震えと吐き気が止まらないでいる。
それとは正反対に、真祈は淡々と妻の死体を検め始めた。
読み飛ばしても大丈夫なように、今回の内容は次章冒頭のあらすじに簡単に書く予定です!】
命を奪ったのならば、それ以上に多くの命を救えば罪が軽くなるのではないか。
そんな根拠のない考えが看護士としての路加を突き動かしていた。
自分のしでかしたことを島のソトの然るべき機関に申し出れば、罪の名と、罰を与えてもらえるのかもしれない。
しかし路加にその勇気は無かった。
なので、誰にも届かない贖罪を、生業として日々重ねるほかないのだ。
かつて路加は、真祈を妄信していた。
教えではなく、真祈その人を。
路加の心が真祈からひっそりと離れた今も、両親は相変わらず真祈を崇めている。
アレキサンドライトのような髪、両性具有。
三つのうち二つの印を持つ真祈こそは、次の世代で必ずや空磯を齎す聖者なのだと思っていた。
彼のためならば、命など使ってしまってもいい、とも思っていた。
宇津僚家は年々家系図を先細りさせており、空磯へ至るためには確実に子孫を残さなくてはならない。
一方で自分たちは宇津僚から印を失わせた罪人の末裔である。
たとえ宇津僚の手足として死んだとしても、空磯へ迎えられるというのならば、そんなことは些末だった。
だから、宇津僚家と対立していた教団が和解のためと言って真祈に近付いた時――それを襲撃し、殺した。
自分の隣には、両親の他にも志を同じくする島民たちが武器を構えていた。
これは正しいことだ、という夢想の中に居た。
覚めない方が幸せだった夢。
目覚めという罰を与えたのは、一人の女が路加によこした眼差しだった。
彼女は路加が殺害した教祖の娘で、唯一逃げ果せ、真祈に助けられた。
その時、娘は――有沙は、身の上を嘆くでもなく、彼女の両親の血で手を染めた路加を、ただ汚らわしいものかのように見ていた。
当時の路加がその半生で、初めて向けられた表情であった。
怒りを持たない真祈であれば、路加に対して絶対にそんな態度はとらなかった。
怒られるような真似などしたことは無いから、親だって路加にこんな冷たい視線を向けたことは無い。
その時、全ては逆だったと気付いた。
誰からも蔑まれたくなくて、疑うことなく親の価値観に染まった。
路加にとって都合の悪いものが欠落しているから、真祈その人に心酔した。
路加は有沙によって、血に塗れた無菌室から、ただ一人引きずり出された。
訪問看護のために人気のない道を一人で歩いていると、いつの間にか昔のことを考えていた。
日射しのせいか、考え事のせいか、頭が茹だる。
路加は木陰に入ろうと、雑木林沿いに身を寄せた。
同時に林の奥で、下生えの草が重々しく擦られる音が鳴った。
路加は立ち止まり、林を覗き込む。
二ツ河島に大きな獣が生息しているという話は聞いたことが無い。
何の音だろう、と訝って辺りを見回す。
また、同じ音がした。
林の奥から、路加の居る道の方へと、迫って来ているような気がする。
引き寄せられるように草木の中へ分け入って、音の主を見た路加は、何も言えず立ち尽くした。
赤い小さなものが這っている。
二つの濡れたものが暗がりの中できらめいて、穴がぱくぱくと開閉したことで、それに目と口があるのだと――
それが腰から下を失った人間なのだと辛うじて認識できた。
幽鬼の類ではないかと戦慄いて逃げ出すのは簡単だった。
しかし、人型のそれが血を流して、僅かでも動いているのなら手を差し伸べるべきだと、看護士としての自分が叫ぶ。
路加が草を踏み分けていく音にそれは反応しているが、視線は交わらない。
ほとんど目が見えていないらしい。
声を掛けると、それの気配が揺らいだ。
瞳には、石のように冷たく暗く、強い意志が宿った。
その目には、痛いほどに見覚えがあった。
「――有沙、さん……」
なぜ彼女がこんな惨い姿で這っているのだろいう。
路加がこの手で残酷な運命に陥れた女は、償いの方法も見つからぬ間に、さらなる苦痛を纏って、何の救いも無いまま消えゆこうとしている。
にっと、有沙が笑った気がした。
しかしそれは一瞬で、もう一度路加がその口元へ目を遣ったときには、既に彼女は虚ろな表情で事切れていた。
宇津僚家の電話が鳴ったのは、真祈が儀式から帰宅してすぐのことだった。
深夜美の居る士師宮家へも、詳しい事情は秘して連絡が行った。
艶子と真祈、鎮神は、島民であってもほとんど近寄らないような雑木林へ駆けた。
この雑木林で、有沙は怪死を遂げていたのだ。
「焼けている……というか、溶けているのですか」
路加ですらまだ震えと吐き気が止まらないでいる。
それとは正反対に、真祈は淡々と妻の死体を検め始めた。
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