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二章

9 再びよぎる死

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宇津僚うつのつかさ家は人間じゃなくて、カルーの民……。
 おれたちは人間じゃなくて、強いて言えば、宇宙人のようなもの……」

 鎮神しずかは確信と共に呟いていた。
 真祈まきは微笑む。

「ええ。鎮神は半分黒頭の血を引き、自分の出生を知らず、二ツ河島と無関係の地で、黒頭のコミュニティで自分が人間だと思い込んで生きてきたのですね。
 そのことで私には計り知れないような苦悩を感じたこともあったでしょう。
 しかし、これからはそのような理由で苦しむ必要は無い。
 おかえり、鎮神」

 苦しみも何も知らぬ天使のような紫色の瞳が、優しく見下ろしてくる。
 目の前が暗くなるどころか、世界が輝いて見える。
 長年の苦しみへの余りに単純な答えに笑みが零れる。

「そう、か……人間じゃなかったんだ」 
 この宣告を慈悲と感じることこそ、何よりの証左しょうさだった。

 これが銀色の髪の答え。
 人ならざる力の答え。
 鎮神はやっと、自分自身に戻れた。
 
 同時に涙も零れた。
 人間としての当たり前への憧れが流した涙だ。
 ほんの少し前までは、少しいびつでも、母がいて友人がいて人並みの目標があった。
 そしてそれがずっと続くと思っていた。
 だがその歪な人間ごっこが限界を迎え、鎮神は自身を殺そうとした。
 鎮神は今、真祈に本当の生を与えられた。
 心がついて来られずとも、鎮神の血が歓喜を叫んでいる――。


「弎つの印を失ってから、宇津僚家は血の繋がった者同士で契って血を濃縮してきた。
 濃縮とはつまり、カルーの民の遺伝形質とも言える不老不死、両性具有、銀髪を取り戻そうとしているのです。

 銀髪については、艶子つやこや鎮神のような色をした髪の者ならば恒常的に生まれるようになりました。
 しかし本来のカルーの民の姿に近いのは、私のように金緑石アレキサンドライトのような光を放つ銀髪。
 かなり稀にしか発現しません。

 両性具有もあまり現れませんが、最も珍しいのは不老不死でしょう。
 印を失ってからは、不老不死の印を持つ者は一人しか現れなかった。
 ただその方は、色々あって深く長い眠りについた、と聞いていますが」

 そして真祈は続ける。
「超能力は弎つの印には数えられていない、ウトゥ神の加護と呼ばれるものです。
 これは血なまぐさい生き方をしている私たちにとっての切り札のようなもの。
 お察しの通り、私が鎮神を妻にする理由は、いつか弎つの印を持った子が生まれてくるまで、血を濃縮し続けるため」
 真祈は天井の星図を指す。

「宇津僚家は年々明らかに生殖能力が低下しています。
 私などはきょうだいやいとこがおらず、父母もかなりの齢ですから、血が薄い分家から妻を娶るほか無いのかと考えていました。
 有沙は妻ではありますが、少々事情が異なりますので。
 しかし淳一は死の間際、隠し子の可能性をいくつか私に教えた。
 五十件近い心あたりを調べたところ、鎮神だけが生まれていた」

「弎つの印が揃うとき、空磯からいそは齎される……『居るべき遠い所』――空磯が、宇津僚の最終目標……。
 だからおれはここに連れて来られた……」
 やはり宗教上の理由という一点で行動する真祈のことは、現実離れしていると感じる。
 しかし自身の異様な半生が、彼らの神話を何よりも保証しているのだ。

 完全には理解できないが、真祈は真祈なりに、やるべきことをやっている。
 悩んで立ち止まることなどなく、異常なまでの一途さで。
 だとすれば、尚更、鎮神は自身が恨めしくあった。
 まだ真祈と契ることを恐れている自分自身が。

「どうしました?」
 真祈に問われてから気付く。
 恐怖に冷えた頬を涙が伝っていた。
 涙が悲哀の表象だということは真祈も理解しているらしい。

「……駄目ですね、腹括ったつもりだったのに、まだ怖いみたいです……。
 おれも父親や母さんみたいに、子どもを傷つけてしまうんじゃないかって思うと、怖くて……」

 無責任な淳一のように、子どもに恩を着せた玖美のように。
 内に流れる悪い血が目覚めて、自分が加害者になるという予感が離れない。

「……いっそ、おれを狂わせてください。
 壊して、貴方のものにして――そして、望みを叶えて」

 宇津僚家の信仰などどうでもいい。
 ただ、真祈の望みを裏切りたくない。
 どこまでも世界と噛み合わない自我なら、壊れてしまえばいいと、鎮神の胸に再び死の影が去来した。
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