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一章

3 近親婚とかアリですか

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「遺産を奪い合う必要も、貴方に贖罪する義理も、私にはありません。私と鎮神しずかは夫婦となるのですから」
 
 ひどく矛盾した言葉だった。
 先ほど真祈まきは、二人が異母きょうだいであることを告げた。


 鎮神が生まれたのは、一夜の不浄な罪の世界でのことであり、その夜さえ明ければ父は、母を置き去りにして彼の日常に帰って行ったのだ。
 その日常に、本来の家族というものが築かれているかもしれないと想像したことはある。
 なので、真祈の存在そのものに驚きは無い。まさかこうして対面することになるとは思わなかったが。

 なのに今、真祈は、その異母きょうだいが夫婦になるのだと言った。


「いや、姉弟で結婚はできないでしょう? それにおれ、まだ結婚できる年齢じゃないし……何より、初対面の人にそんなこと言われても」
「それはソトの世界の法でしょう」
 真祈は淡々としている。
 その顔に、鎮神に対する肉欲が微塵も見受けられないのは救いであったが、同時に愛情も全く感じられなかった。
 柔和な笑みを絶やしてはいないはずなのに、冷たい印象が拭えない。

「私には――宇津僚家には、貴方を妻としてめとる理由がある」
「じゃあその理由を!」
「それは信仰に関わるので、島の者にしか教えられません。
 だから鎮神に理由を話してあげられるのは、私たちが結婚し、鎮神がこの島の人となったときのみ」
 真祈はぴっと指を立てる。
「これに関して大事なことが一つ。
 可能とは思えませんが、万が一にも鎮神が密航して島を出たっきり逃げ果せたり、自害したりして成婚が成らなかったときには、私は玖美さんを殺します」
 無垢な唇が、またもインモラルな言葉を紡ぐ。
「私は玖美さんが姑として島の者になる前提で、彼女にこちらの事情の一部を打ち明けて協力を仰ぎました。
 なのに鎮神が消えてしまえば、玖美さんは私たちの秘密を握っている部外者として、一人で二ツ河島ふたつがわじまに残されるのです。殺されて当然でしょう」
「っ……じゃあ母さんは今、ここに居るんですね」
「ええ。長時間の移動で疲れて、今は休まれているかと」
 それを聞いた鎮神が廊下に出て行っても、真祈は追っては来なかった。


 廊下の先には与半よはんが一人で立っていた。
「母さんは、どこに……」
 あかがねのような色の巨躯に問えば、与半は何も言わず鎮神を案内した。

 客間の正面に続く廊下とは九十度の角度を成している、玄関の正面に続く廊下を行く。
 右手に納戸と、風呂場らしき土間。突きあたりが台所と食堂。そこで廊下は再び九十度に折れ、その先に私室らしき襖が四部屋ぶんあった。
 その一番手前を与半は示す。
「玖美様はこちらに……」
「……貴方も、あの人や母のことを止めてくれなかったんですね」
 つい、まだ話の通じそうな与半に、真祈との会話で溜まった苛立ちをぶつけた。
 するとぶ厚く屈強な目元が、しょげたように下がった。
「私たちは……二ツ河島の人々は、宇津僚様に対して、罪を償うべき身ですから……」
「罪?」
「これ以上は、なんとも」
 与半は小さな声でそう言うと、数歩下がって、勝手口を塞ぐようにして立った。
 

 これ以上何も話せそうにないと感じ、鎮神は母のいる部屋に踏み込む。
 まず目についたのは、畔連べつれ町の家からそっくり持ってきた、見慣れた家具。
 他にも、衣類や小物を詰めて持ってきたであろうダンボールが積んであって、玖美はその中央に敷いた布団で寝ている。
 ただの引っ越しをしただけ、とでも言いたげな光景だった。

 鎮神は母の肩を揺する。
 疲れていても慣れない地では多少眠りが浅くなるのか、玖美はすぐに起きた。
「母さん……なんで結婚なんて許したの……」
 二ツ河島という地で見る母の顔は、今まで共に過ごしたどの瞬間よりも安らかで、若返ったようにさえ見えた。
「不満なの? あんな美人がやらせてくれるのに?」
 そう言って笑い、話を逸らそうとする母を見たとき、全身の血が毒に変わり体を焼かれるような感覚がした。

 茶化しても笑わないどころか黙って立ち尽くす鎮神を見て、玖美は顔を赤くして立ち上がる。
「じゃあ逆に訊くけど、あんたは服のデザイナーなんて狭き門を目指して、私の老後の面倒をちゃんと見る気はあるの?」
 鎮神が言い返せないのを良いことに、玖美は捲し立てる。
「私が真面目に働いてあんたを育ててあげたのに、あんたが不安定な職に就いたら、いつまで経っても貧乏のまま。
 真祈さんの申し出は願ってもなかった。
 宇津僚家は島の有力者よ。婿養子に入ってしまえば、私の老後の心配は要らないし、働く必要も無い。
 結婚を認めたのは鎮神のためなんだから」
 息巻く母を、酷いと一蹴することなど出来なかった。
「ファッションなんて、自己満足の贅沢じゃない。
 デザイナーはその無駄に付き合うだけの無駄な仕事。
 ましてや、なんの才能もコネもないあんたなんかが入っても必要とされるはずがない。
 でも、真祈さんはあんたを必要としてる。それで十分でしょ」


 母には恩がある。鎮神が引き籠っていた時も、必死で働いて養ってくれたのだ。
 母が、真祈が、鎮神を必要としている。何の価値も無い上に、おぞましい力を宿したこんな自分を。

 二ツ河島は噂通り、鎮神をアンドロメダに欲した。
 しかし、元々居場所など無いのだ。
 生贄という枠に甘んじることで喜んでくれる者が居るなら、叶わぬ夢を見て無益に生きていくよりも、それは価値のある犠牲なのかもしれない。

 ただでさえ、結婚しなければ母を殺すと真祈には言われている。
 その上、母の考えを聞いてしまっては、道は一つであった。
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