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7.七節
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新月の宴に茨木童子が居なくなったことに気付いたのは唯一人だった。部屋を出て酒呑童子の居た部屋に行くわけではなく、違う方に向かった。ゆっくりとした足取りで石畳の階段を上がる茨木童子の背中を気付かれないように追った。そして途中の道を逸れれば、そこには老婆鬼と若い、否幼い鬼がいた。茨木童子の姿を見つけた鬼は小さな足取りで走り出した。そして勢いよく茨木童子に抱き付いた。
「茨木童子、今宵も頼んだぞ。それと酒呑童子、それで隠れて居るつもりか?」
老婆鬼の掠れた声に茨木童子は振り返った。茨木童子の月色の瞳に酒呑童子の黄金色の瞳が映し出される。新月故にその場にある光は茨木童子の持つ灯りのみだった。
「婆様には分かっちまうか。」
呟きのような酒呑童子の言葉に身構えたのは茨木童子だった。平然とした老婆鬼は酒呑童子を見据えた。まるで禁忌を犯す罪人を見るかのような冷たき視線に酒呑童子は苦しい笑みを浮かべた。
「で?茨木童子は新月の宴だって言うのに何しにこんな場所に来たんだ?」
真っ直ぐ過ぎる問いがその場に落とされた。軽く笑った老婆鬼は茨木童子の背後に隠れる幼い鬼を指差した。茨木童子は黙って、全てを老婆鬼にまかせる道を選んだ。
「その娘が男が苦手な故、茨木童子に我が頼んだのじゃ。」
酒呑童子は老婆鬼の皺だらけの指先が指す幼い鬼を黄金色の瞳に映し出した。まだ幼い鬼といえど、十年先には絶世の美女になると感じた。柘榴石のような暗い赤の長き髪に曇りがかった黄金のような瞳、そして整った目鼻立ち、しかし酒呑童子の心にはその幼い鬼への不思議な感情が生まれていた。
「茨木童子と遊べるなんてついてるな、餓鬼。」
笑うような嘲るような言葉に子鬼は不機嫌な顔をした。鬼と言ってもまだその頭には角はなかった。
「餓鬼じゃない、朱野って名前がある。」
単調な子鬼の言葉に酒呑童子は笑った。その様子に老婆鬼は少なからず驚いた。子鬼が自分の名前を明かした男鬼は酒呑童子が初めてだった。
「酒を呑んでないお前は餓鬼で充分だ。」
茨木童子は喉で笑うような酒呑童子と子鬼の姿をどこか遠くで見ているような錯覚を覚えた。
「茨木童子。」
我に返すように酒呑童子が茨木童子を呼んだ。茨木童子は慌てるように忙しく酒呑童子の瞳を捕らえた。
「別に話してくれたって良かったろ?」
楽しそうに口元を歪めた酒呑童子に茨木童子は同じように口元を歪めた。少し驚いたのか酒呑童子の瞳が小さくなる。
「悪かったな。お前の事だから興味持って付いて来る気がしてな。」
茨木童子の偽りの言葉に子鬼は茨木童子の着物を強く握った。それを感じながらも茨木童子は紡ぐ。
「お前みたいに面の悪い男鬼を見たら朱野が更に男嫌いになる。それは避けたかったのだが、取り越し苦労だったようだな。」
全てを言い切った茨木童子はため息を吐いた。そして苦笑を浮かべる姿は誰が見ても友の素行に呆れる男にしか見えなかった。しかし子鬼だけは気付いていた。その手が強く握られ、震えているのに。
「分かった、分かった。帰ればいいんだろ?」
呆れた、否飽きた様子の酒呑童子は踵を返し、石畳を降り始めた。その姿が見えなくなるまで茨木童子は動くことなく見据えていた。子鬼は今まで見たことのない母の表情を唯不思議そうに見ていた。
どれくらい待っただろうか。それは長くも短くも感じた。老婆鬼の姿はもうなかった。
「行こうか。」
茨木童子の言葉に子鬼はただ頷いた。茨木童子の手を強く離さないように握った子鬼は何故だか酒呑童子を思い出した。あの鬼は自分に近いモノがあった。二つの影が洞窟に入った。子鬼はいつも不思議だった。洞窟に入ると茨木童子が女になる。まるで天女の如き容姿ながらもその頭には双角がある。
「ねぇ、かあさま」
子鬼は洞窟以外で茨木童子を母とは呼ばなかった。何故かそうしなければならないと幼いながらも分かっていた。だけどどうしてなのかは解らなかった。
「なに?」
優しい声色、それが何時もの母と同じだと分かると安心した。先ほど酒呑童子と会話していた茨木童子は子鬼の知らない鬼だった。そしてどこか遠くに行ってしまいそうだった。
「お酒、飲んだ方がいいのかな?」
どうしてだか子鬼はそう聞いた。子鬼は鬼と鬼の間に生まれた。外は鬼だがまだ鬼ではない。だから母のような双角や他のような一角はない。
「飲みたくなければ飲まなくていいのよ。」
茨木童子はそう言いながらも自らに問いたい事があった。何故、あの時に酒呑童子の杯に口を付けたのだろうか?そんな疑問を持ちながら、茨木童子は強く、娘を抱きしめた。
子鬼はこんなに弱い母を知らなかった。
「茨木童子、今宵も頼んだぞ。それと酒呑童子、それで隠れて居るつもりか?」
老婆鬼の掠れた声に茨木童子は振り返った。茨木童子の月色の瞳に酒呑童子の黄金色の瞳が映し出される。新月故にその場にある光は茨木童子の持つ灯りのみだった。
「婆様には分かっちまうか。」
呟きのような酒呑童子の言葉に身構えたのは茨木童子だった。平然とした老婆鬼は酒呑童子を見据えた。まるで禁忌を犯す罪人を見るかのような冷たき視線に酒呑童子は苦しい笑みを浮かべた。
「で?茨木童子は新月の宴だって言うのに何しにこんな場所に来たんだ?」
真っ直ぐ過ぎる問いがその場に落とされた。軽く笑った老婆鬼は茨木童子の背後に隠れる幼い鬼を指差した。茨木童子は黙って、全てを老婆鬼にまかせる道を選んだ。
「その娘が男が苦手な故、茨木童子に我が頼んだのじゃ。」
酒呑童子は老婆鬼の皺だらけの指先が指す幼い鬼を黄金色の瞳に映し出した。まだ幼い鬼といえど、十年先には絶世の美女になると感じた。柘榴石のような暗い赤の長き髪に曇りがかった黄金のような瞳、そして整った目鼻立ち、しかし酒呑童子の心にはその幼い鬼への不思議な感情が生まれていた。
「茨木童子と遊べるなんてついてるな、餓鬼。」
笑うような嘲るような言葉に子鬼は不機嫌な顔をした。鬼と言ってもまだその頭には角はなかった。
「餓鬼じゃない、朱野って名前がある。」
単調な子鬼の言葉に酒呑童子は笑った。その様子に老婆鬼は少なからず驚いた。子鬼が自分の名前を明かした男鬼は酒呑童子が初めてだった。
「酒を呑んでないお前は餓鬼で充分だ。」
茨木童子は喉で笑うような酒呑童子と子鬼の姿をどこか遠くで見ているような錯覚を覚えた。
「茨木童子。」
我に返すように酒呑童子が茨木童子を呼んだ。茨木童子は慌てるように忙しく酒呑童子の瞳を捕らえた。
「別に話してくれたって良かったろ?」
楽しそうに口元を歪めた酒呑童子に茨木童子は同じように口元を歪めた。少し驚いたのか酒呑童子の瞳が小さくなる。
「悪かったな。お前の事だから興味持って付いて来る気がしてな。」
茨木童子の偽りの言葉に子鬼は茨木童子の着物を強く握った。それを感じながらも茨木童子は紡ぐ。
「お前みたいに面の悪い男鬼を見たら朱野が更に男嫌いになる。それは避けたかったのだが、取り越し苦労だったようだな。」
全てを言い切った茨木童子はため息を吐いた。そして苦笑を浮かべる姿は誰が見ても友の素行に呆れる男にしか見えなかった。しかし子鬼だけは気付いていた。その手が強く握られ、震えているのに。
「分かった、分かった。帰ればいいんだろ?」
呆れた、否飽きた様子の酒呑童子は踵を返し、石畳を降り始めた。その姿が見えなくなるまで茨木童子は動くことなく見据えていた。子鬼は今まで見たことのない母の表情を唯不思議そうに見ていた。
どれくらい待っただろうか。それは長くも短くも感じた。老婆鬼の姿はもうなかった。
「行こうか。」
茨木童子の言葉に子鬼はただ頷いた。茨木童子の手を強く離さないように握った子鬼は何故だか酒呑童子を思い出した。あの鬼は自分に近いモノがあった。二つの影が洞窟に入った。子鬼はいつも不思議だった。洞窟に入ると茨木童子が女になる。まるで天女の如き容姿ながらもその頭には双角がある。
「ねぇ、かあさま」
子鬼は洞窟以外で茨木童子を母とは呼ばなかった。何故かそうしなければならないと幼いながらも分かっていた。だけどどうしてなのかは解らなかった。
「なに?」
優しい声色、それが何時もの母と同じだと分かると安心した。先ほど酒呑童子と会話していた茨木童子は子鬼の知らない鬼だった。そしてどこか遠くに行ってしまいそうだった。
「お酒、飲んだ方がいいのかな?」
どうしてだか子鬼はそう聞いた。子鬼は鬼と鬼の間に生まれた。外は鬼だがまだ鬼ではない。だから母のような双角や他のような一角はない。
「飲みたくなければ飲まなくていいのよ。」
茨木童子はそう言いながらも自らに問いたい事があった。何故、あの時に酒呑童子の杯に口を付けたのだろうか?そんな疑問を持ちながら、茨木童子は強く、娘を抱きしめた。
子鬼はこんなに弱い母を知らなかった。
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