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32話

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「初めてナストを抱いたときは調査のためだった! と言っても、本当は挿入までするつもりはなかったんだ。それなのに最後までしたのは、理性が吹き飛んだためである」

 それに大公様が大きく頷いた。

「分かる。わしもそうだった」
「いやあんたはハナからやってることがおかしい!! 司祭と同罪!!」
「言い返せんがお前に言われるのだけは解せん」

 フラスト様はそんな二人に侮蔑の目を向けている。

「猿かお前らは。同じ血が流れている者として恥ずかしいことこの上ない」
「兄さん、あなたは分かっていないね。一度ナストを抱いたら分かる。美しい顔立ち、美しい体、ペニスを悦ばせるために作られたとしか思えないアナル。その上感度良好、小鳥がさえずっているかのように愛らしい嬌声に、快感に溺れているときの情欲を掻きたてる表情――」
「分かる」

 熱弁するヴァルア様に、大きく頷く大公。フラスト様は二人に対して嫌悪感を隠そうともしない。
 僕は、認知が歪んだヴァルア様の見解に全く同意できず、無表情でその様子を眺めていた。
 その雰囲気を受け我に返ったのか、ヴァルア様は咳ばらいをしてから続けた。

「しかしそれから心情の変化があってね。二度目に抱いたときは、調査のためではなかったよ」

 ヴァルア様はそう言って僕に微笑みかけた。

「本当のことだから」

 一度目はともかく二度目は調査のためではなかったと聞けて、少しホッとした。

 ヴァルア様はムスッとした表情で大公様を見た。

「もう二度とナストに手を出さないでくれよ、親父」
「ふむ……」
「お や じ ?」
「ふむ、残念だ」

 大公様の返答を承諾と受け取ったヴァルア様は、次に僕に詰め寄った。

「もう二度と俺以外の人とセックスをしないでくれよ、ナスト」
「だから僕はあなた以外とセックスは――」
「もう二度と、俺以外の人のペニスを、君のアナルに挿入させないでくれよ?」
「わ、分かりました……」

 その会話を聞いていたフラスト様がこれ見よがしに鼻で笑った。

「なんだお前。ナストを束縛してどうするつもりだ? この子は一体お前のなんなんだ」
「それ、は……」
「この件が解決すれば、その後ナストを専属の男娼として飼うつもりか?」
「そんなわけないだろう!!」
「だったらなんだ。まさか、本気だなんて言わないよな?」
「……」

 フラスト様は何を分かり切ったことを聞いているのだろう。一瞬言い淀んでいたヴァルア様が口を開いたときにはすでに、僕が答えていた。

「本気ですよ。だって彼、僕に愛を教えてくれると約束しましたから」
「ほーう?」

 フラスト様はニヤニヤとヴァルア様を見た。ヴァルア様は唇をキュッと締めて、顔を赤くしている。

「彼は生涯をかけて僕に愛を注ぎます。そうですよね、ヴァルア様」

 僕が話を振ると、ヴァルア様は目をきつく瞑って何度も頷いた。

「はいっ! そのつもりです!」
「そうですよね。はい、そういうことです。ご理解いただけましたか」
「ご理解いただくもなにも、そんなわけには――」

 フラスト様がそう言いかけたが、大公様に遮られた。

「まあよいではないか、フラスト。当の二人が良しとしているのだ。それならそれで」
「父上っ。ヴァルアはろくでなしの出来損ないですが、大公家の血が流れている者に変わりなく、子も産めない男と一生を添い遂げるなど――」
「ははは。倅が一人子を持たずとも問題あるまい。お前が同じことを言っておれば、反対していただろうがな。あやつは三男。それも、私の言うことを全く聞かないワガママ坊主だ」
「……チッ。父上はヴァルアばかり甘やかす……」

 機嫌を損ねたフラスト様は、「もう勝手にしろ」と言い捨て部屋から出て行った。


 ヴァルア様は少しずつ平静を取り戻していった。これでやっとまともな話ができると、大公様が安堵のため息を吐く。

 大公様は儀式を実践してみて、ヴァルア様や僕の話が真実だと確信したそうだ。もう摘発することに迷いはないと言っていた。アリスにさらなる詳細や他の悪事も聞きだしてから、ファリスティア教会の是正に向けて本格的に動き出すつもりらしい。
 一通り話し終えた大公様は、最後に僕のこれからについて話した。

「言いづらいことだが、司祭が君に教えてきたことは、ほとんど全て教会の教えに則っていない。それはもう分かっているな」
「はい、ある程度は理解しているつもりです」
「致命的なのは、君が長年にわたり性行為をしてきたことだ。教会は性行為も結婚も禁じている。その掟を、君は知らずとずっと破り続けていたのだよ」
「はい……」
「ファリスティア教会が是正されれば、君に聖職者としての居場所はない。すぐさま職位を剥奪されるだろう」

 司祭様は神の依り代だから、司祭様との性行為は例外だ、とアリスに教えてもらっていた。だがそれはデタラメで、その行為も例にもれず掟破りなことだった。

「そもそも、司祭が神の依り代だというのも噓偽りだ。司祭はあくまでただの司祭。神と同義などと、なんとおこがましい」

 項垂れている僕の隣で、ヴァルア様が明るく笑った。

「ナスト。君が聖職者であることに固執していたのは、自分が穢れた存在であると教え込まれていたためと、そうでなかったらスラム街に捨てられると恐れていたからだろう?」
「……はい」
「だったら今や何も固執する理由がない。君はそもそも穢れていないし、聖職者を辞めてもスラム街には捨てられない。だって俺と共に生きるんだろう? つまりここが、君の家になるんだよ」

 そう言って、ヴァルア様は両腕を広げた。つられて僕はあたりを見回す。

「この広くてきれいな城が、僕の家に……?」
「そうだよ。ここが嫌なら新しく家を建ててもいい。ここよりは狭いけれど、君の好きなように造ってあげる」
「……」

 それに、とヴァルア様はニヤニヤと僕を小突く。

「俺と一生セックスできないなんて嫌だろう? 俺は嫌だよ、君とセックスできないの」

 笑みがこぼれた。冗談めいた言葉が面白かったからでもあるが、なにより、懸命に僕を励まそうとしているヴァルア様の優しさが身に染みたからだ。彼が僕のために選んでくれた言葉の贈り物を、僕はありがたく受け取ることにした。

「そうですね。あなたとセックスできないのは困りますし、司祭様いわくヴァルア様とセックスをすると聖なる力に満ち溢れるそうなので、アコライトという職位を失っても僕は平気です」

 ヴァルア様はキョトンとしてから腹を抱えて笑った。

「ああ、そうだった! そんなこともあったなあ!」

 全く不安がないと言えば嘘になる。だが、この人と一緒にいればなんとかなるだろうという根拠のない確信があった。
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