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27話

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 アリスが僕に向けて何か言おうとしたが、ヴァルア様にさえぎられる。

「内輪モメはあとでしてくださいね。さて、質問を続けますよ」
「……」

 ヴァルア様は胸ポケットから注射器を取り出した。

「これに見覚えは?」

 それを見て、僕とアリスが同時に「あっ」と声を上げた。

「お二人ともあるようですね」

 ヴァルア様が注射器を軽く押すと、甘い香りが部屋一面に広がった。

「入手するのに手間取りました。よく毎晩打てるほどの数を入手できましたねえ」
「っ……」

 それまでニコニコしていたヴァルア様の表情ががらりと変わった。眼光が鋭くなり、声が低くなる。

「これが禁薬だと、あなたは知りませんでしたか?」
「……」
「それをこんな子どもに、それも毎晩、よく打たせましたね? 良心は痛まなかったのでしょうか」
「な、なんのことか……」
「……っ、」

 ヴァルア様はぶるぶる震え、テーブルを強く叩いた。僕とアリスだけでなく、キルティアさんも驚いて体をビクつかせた。

「……アリスさん」
「……」
「ナストは……あなたのことを庇いましたよ」
「っ……」
「あなただけでなく、司祭のこともです。ナストはもう全て知っています。あんなことが儀式ではないことも、司祭に聖なる力など宿っていないことも、他の聖職者があんな悪趣味な下着を身に着けていないこともね!」

 アリスがおそるおそる僕を見たが、僕は彼女の方を向けなかった。

「それでも、ナストは二人のことを庇い、俺たちに証言することを拒んだのです。だからあなたが呼ばれたんですよ。分かりますか」

 テーブルの下で、アリスの手が震えている。

「ナストはあなたことを、母や姉のように慕っていると言っていました」
「……」
「あなたはナストのことを、ただ司祭の男娼としか思っていなかったですか?」
「……そんなわけ……そんなわけ、ないじゃない!!」

 今度はアリスがテーブルに拳を叩きつけた。

「あなたは分かる!? 大切な子が毎晩犯されに行くのを見送らなければいけない苦しみを……!! 変な薬を打たれて悶え苦しんでいるのに、何もしてあげられない辛さを!!」
「分からない。止めればよかった。何かしてあげればよかった。それだけだ」
「……やっぱりあなたには分からない……」

 アリスが泣き崩れた。そしてぽつぽつと、僕も知らなかったことを話し始めた。

「……私には子どもがいるんです。司祭様との子どもです」
「なんだって……?」
「ナスト様が教会に来る前は、私が司祭様の夜のお相手をしていました。それで、子を授かったんです――」

 だが、司祭にとってそれは取り返しのつかない不都合ごとだった。

「まあ、そうだろうね。聖職者は性行為も結婚も禁止されている。司祭なんてなおさらだ。使用人との子どもを授かったことがバレれば、間違いなく職位をはく奪されるだろうね」
「はい……。だから司祭様は……我が子を殺そうとしたんです……」
「……殺人の方が罪が重いだろう。司祭はバカなのだろうか」

 アリスが我が子の命乞いをしているちょうどそのとき、僕が教会にやってきたそうだ。そして司祭様はアリスに、子どもを殺されたくないのなら、僕の使用人になれと命令したらしい。もちろん、司祭様が僕にすることは一切口外しないことと条件を付けて。
 アリスは我が子を守るため、司祭様に従うしかなかった。

「……申し訳ありません、ナスト様……」

 ヴァルア様はキルティアさんに目で合図した。それからヴァルア様がアリスに声をかける。

「アリスさん。その子の名前を教えてください」
「え……?」
「人質なんだから、今もファリスティア教会にいるんでしょう? 保護します」
「ほ、本当に……?」
「当然です。俺たちはそういった人たちを助けるためにいるんですから」

 アリスがさらに大きな嗚咽を漏らす。ヴァルア様は彼女の肩に優しく手を載せた。

「さあ、これで心配事はなくなった。ナストと司祭のこと、正直に話してくださいますね?」
「はい……っ、はい……!!」

 狼狽えながらその場を見守るしかなかった僕に、ヴァルア様はやっと話しかけてくれた。

「ナスト。安心していいよ。アリスの処遇はなんとかする」
「ほ……本当に……?」
「体裁は保たせてもらうがね。むしろ、君は本当にそれでいいのかな」
「はい。もちろん」
「そうか。ではそうする。司祭に関しては、もはや救う手はないね。諦めなさい」

 僕は頷いた。被害者は僕だけじゃなかった。アリスも、アリスの子どもも、司祭様にずっと苦しめられていたんだ。受けた恩を忘れるつもりはないが、司祭様は犯した罪があまりに多すぎる。
 僕が同意して安心したのか、ヴァルア様の頬が緩んだ。

「ありがとう。じゃあ、もう少しアリスに話を聞きたいから、君はしばらく休んでいなさい。個室を用意してあるから」

 ヴァルア様がベルを鳴らすと、数人の使用人がやってきた。
 僕は案内された個室のベッドに寝転がる。先ほどまでの緊張がほどけたのか、すぐに眠気がやってきた。
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