上 下
25 / 47

25話

しおりを挟む
「……聖職者の再教育には、大賛成です」
「他には賛成できないかな」
「……今はちょっと難しいです」

 ヴァルア様は歯を食いしばりながら言葉を発した。

「……司祭は君を凌辱していた。危険な禁薬まで使ってだ。それでも君は……司祭を庇うのか」
「……」
「俺の報告書だけでは根拠に乏しいんだ。君が直接話をしてくれたなら、すぐにでもファリスティア教会を是正できる。君を助けられるんだよ、ナストッ……!」

 ヴァルア様が僕の手を握った。悲痛な面持ちで僕に訴えかける。

「俺はもう許せないんだ……! 君を洗脳し、穢れていると信じさせてきた司祭が……! 己の性欲のために禁薬を打たせる司祭が……! 君を毎晩好き勝手に抱く司祭が!!」
「っ……」
「こんな……こんなおぞましい道具まで付けさせて……それも媚薬を打った上でだぞ!? どこまで君を弄んだら気が済むんだ……っ!!」

 激怒しているヴァルア様を前にして、僕は不思議と冷静に物事を考えていた。
 僕のために、まるで自分事のように怒ってくれている。きっと彼は僕以上に憤っている。
 これもひとつの愛の形なのかもしれないと、僕はぼんやり思った。


 ◇◇◇


「アリスッ……!! アリスッ、お願いっ……!!」
「ナスト様……」

 金属ペニスを握りしめて懇願する僕の姿は、アリスにとって何度見ても慣れないもののようだった。とても苦しそうな表情をしている。ときには手助けしようと手を伸ばすこともあった。だが、いつも途中で我に返り、その手を引っ込めるのだった。


 あの日、ヴァルア様は怒りに震えたまま帰っていった。司祭様に一番怒っているようだったが、教会を庇う僕にも憤っているように感じた。それも当然のことだと思う。僕を助けるためにヴァルア様は尽力してくれているのに、当の本人が手を貸そうとしないんだから。


 それから数日後のミサが終わり、みなで食事をとっているとき、食事室に使用人が慌ただしく入って来た。そして司祭様に耳打ちをして、書簡を渡す。
 書簡を流し読みした司祭様はハッと息を呑み、一瞬僕に目を向けた。すぐに視線は書簡と使用人に戻される。
 食事のあとアリスに呼ばれた。焦っている様子だ。

「ナスト様。早くこちらへ」
「どうしたのアリス。そんなに急いで」
「いいから早く。司祭様がお呼びです」
「えっ……」

 こんな時間に呼ばれるなんて初めてだ。まさか儀式を……?
 案内された部屋に入ると、これまた動揺している司祭様と、明らかに司祭様より職位が高そうな聖職者が待っていた。

「遅くなり申し訳ございません」

 アリスは口早にそう言ってから僕を小突いた。僕も軽く頭を下げる。
 見知らぬ聖職者がにこやかに両腕を広げ、僕に近づいてきた。

「かまわないですよ。急に押し掛けたのはこちらですから」

 そして舐めるように僕の顔や体を見つめる。

「彼がナスト君というアコライトかな?」

 その質問には司祭様が答えた。

「え、ええ。そうです」
「ほう。なるほど。ふむ。確かに、ふむ」
「……」

 司祭様も恐縮している。よほど位の高い人なのだろう。

「おっと。申し遅れましたな。わたくし、大司教のエドアルと申します」

 大司教だって!? 教皇の次に職位の高い聖職者じゃないか! そんな人がどうしてここへ!?
 それに、どうして司祭様は僕を呼びつけたんだ? 僕は一介のアコライト。低級位の聖職者なのに。
 大司教様は僕を思う存分眺めたあと、満足げな顔をして司祭様に話しかけた。

「では、よろしくお願いしますよ、司祭殿」
「いっ、いえっ、あのですね、大司教殿。ナストはまだ人に説教ができるような立場では――」
「そうは言ってもですねえ……仕方がないでしょう」
「しかし……っ。ナ、ナストは教会暮らしが長く世間知らずですし、どんな失礼をしてしまうか……」

 話が全く読めない。僕はこっそりアリスの手を握り、小声で尋ねた。

「ねえアリス。これはどういう状況?」
「わ、私もまだ呑み込めていないのですが……。実は、大公家から大司教様に依頼がありまして」
「大公家!?」
「え、ええ。どうも、ナスト様を大公家に招き、そこで説教をしてもらいたいと……」
「えぇ……? ど、どういうこと……? 僕はアコライトだよ。説教なんてできないよ」
「そうなのですが……。大公家がどうしてもナスト様がいいと聞かないらしく……」

 これ……ほぼ間違いなく、というか絶対、ヴァルア様の仕業だ。

「少し前からこの話は上がっていたそうなのですが、司祭様が承諾せず……。とうとう大司教様がお目見えに……」
「ええ……? 司祭様、もしかしてずっとこの申し出を拒否してたの……? 大公家の依頼なのに……?」
「はあ……そうらしいです……」

 どうやらアリスも知らされていなかったようだ。
 司祭様はいまだ首を縦に振ろうとしない。

「他の者ではいけませんか。ナストより優秀な聖職者は、他にたくさんおります。なんならわたくしが伺いますよ」
「だから言っているでしょう。大公家がナストをご指名されているのですよ」
「それはなぜっ……」
「そりゃあ……」

 大司教様は僕をちらっと見てから、小声で言った。

「美しいからでしょう」
「~~……っ!!」

 司祭様は怒りで顔を真っ赤にした。

「そんな理由で! わしが大事に育ててきたナストを外には出せませんよ!! 何をされるか分からない!!」

 怒りに任せじだんだを踏んでいる司祭様を、大司教様が呆れたように一瞥した。

「司祭殿」
「わしのナストはどこにもやりませんぞ!! 手放すものか!!」
「司祭殿!!」

 大司教様の大声に、やっと司祭様が静かになった。

「たった七日間ですぞ」
「七日間とて、渡すものかっ……!」
「司祭殿……」

 大司教様は、はぁ、とため息を吐く。

「あなたは分かっていないのですか。教会であれど、大公家に逆らうなどできません。これは依頼と言う名の命令なのですぞ」
「うぐぅっ……し、しかし……」
「そもそも、なぜ司祭殿はそこまでナストに執着しているのです? まさかあなたは――」

 きらりと大司教様の目が光る。

「――ナストとよからぬ関係なのでは?」
「ま、まさかっ、そんなわけはっ……断じて……」
「でしたらたった七日程度、大公家に遣わせてもよろしいのでは? でないと……大公家にも疑われますぞ」
「ぐぅぅっ……」
「教会にとって、大公家に目を付けられることほど恐ろしいことはありません。そうなればファリスティア教会だけでなく、教皇にまで迷惑がかかるのですぞ」

 もうすでに目を付けられているんだけどね……。

 大司教様ははじめからイエスを取りに来たに過ぎない。司祭様に決定権なんてなかった。
 それをやっと悟ったのか、司教様は泣き出しそうな顔で最後のあがきをした。

「せめて……せめて使用人のアリスも共に……」
「ええ。わたくしの方からそのように伝えておきます」

 こうして、僕は二日後に大公家の城に行くことになった。司祭様に拾われてから今まで教会の外に出たことがなかったので、少し楽しみだ。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます

猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」 「いや、するわけないだろ!」 相川優也(25) 主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。 碧スバル(21) 指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。 「僕の方がぜってー綺麗なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ」 「スバル、お前なにいってんの……?」 冗談? 本気? 二人の結末は? 美形病みホスと平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。

運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…

こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』  ある日、教室中に響いた声だ。  ……この言い方には語弊があった。  正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。  テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。  問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。 *当作品はカクヨム様でも掲載しております。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

兄のやり方には思うところがある!

野犬 猫兄
BL
完結しました。お読みくださりありがとうございます! 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 第10回BL小説大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、そしてお読みくださった皆様、どうもありがとうございました!m(__)m ■■■ 特訓と称して理不尽な行いをする兄に翻弄されながらも兄と向き合い仲良くなっていく話。 無関心ロボからの執着溺愛兄×無自覚人たらしな弟 コメディーです。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...