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25話
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「……聖職者の再教育には、大賛成です」
「他には賛成できないかな」
「……今はちょっと難しいです」
ヴァルア様は歯を食いしばりながら言葉を発した。
「……司祭は君を凌辱していた。危険な禁薬まで使ってだ。それでも君は……司祭を庇うのか」
「……」
「俺の報告書だけでは根拠に乏しいんだ。君が直接話をしてくれたなら、すぐにでもファリスティア教会を是正できる。君を助けられるんだよ、ナストッ……!」
ヴァルア様が僕の手を握った。悲痛な面持ちで僕に訴えかける。
「俺はもう許せないんだ……! 君を洗脳し、穢れていると信じさせてきた司祭が……! 己の性欲のために禁薬を打たせる司祭が……! 君を毎晩好き勝手に抱く司祭が!!」
「っ……」
「こんな……こんなおぞましい道具まで付けさせて……それも媚薬を打った上でだぞ!? どこまで君を弄んだら気が済むんだ……っ!!」
激怒しているヴァルア様を前にして、僕は不思議と冷静に物事を考えていた。
僕のために、まるで自分事のように怒ってくれている。きっと彼は僕以上に憤っている。
これもひとつの愛の形なのかもしれないと、僕はぼんやり思った。
◇◇◇
「アリスッ……!! アリスッ、お願いっ……!!」
「ナスト様……」
金属ペニスを握りしめて懇願する僕の姿は、アリスにとって何度見ても慣れないもののようだった。とても苦しそうな表情をしている。ときには手助けしようと手を伸ばすこともあった。だが、いつも途中で我に返り、その手を引っ込めるのだった。
あの日、ヴァルア様は怒りに震えたまま帰っていった。司祭様に一番怒っているようだったが、教会を庇う僕にも憤っているように感じた。それも当然のことだと思う。僕を助けるためにヴァルア様は尽力してくれているのに、当の本人が手を貸そうとしないんだから。
それから数日後のミサが終わり、みなで食事をとっているとき、食事室に使用人が慌ただしく入って来た。そして司祭様に耳打ちをして、書簡を渡す。
書簡を流し読みした司祭様はハッと息を呑み、一瞬僕に目を向けた。すぐに視線は書簡と使用人に戻される。
食事のあとアリスに呼ばれた。焦っている様子だ。
「ナスト様。早くこちらへ」
「どうしたのアリス。そんなに急いで」
「いいから早く。司祭様がお呼びです」
「えっ……」
こんな時間に呼ばれるなんて初めてだ。まさか儀式を……?
案内された部屋に入ると、これまた動揺している司祭様と、明らかに司祭様より職位が高そうな聖職者が待っていた。
「遅くなり申し訳ございません」
アリスは口早にそう言ってから僕を小突いた。僕も軽く頭を下げる。
見知らぬ聖職者がにこやかに両腕を広げ、僕に近づいてきた。
「かまわないですよ。急に押し掛けたのはこちらですから」
そして舐めるように僕の顔や体を見つめる。
「彼がナスト君というアコライトかな?」
その質問には司祭様が答えた。
「え、ええ。そうです」
「ほう。なるほど。ふむ。確かに、ふむ」
「……」
司祭様も恐縮している。よほど位の高い人なのだろう。
「おっと。申し遅れましたな。わたくし、大司教のエドアルと申します」
大司教だって!? 教皇の次に職位の高い聖職者じゃないか! そんな人がどうしてここへ!?
それに、どうして司祭様は僕を呼びつけたんだ? 僕は一介のアコライト。低級位の聖職者なのに。
大司教様は僕を思う存分眺めたあと、満足げな顔をして司祭様に話しかけた。
「では、よろしくお願いしますよ、司祭殿」
「いっ、いえっ、あのですね、大司教殿。ナストはまだ人に説教ができるような立場では――」
「そうは言ってもですねえ……仕方がないでしょう」
「しかし……っ。ナ、ナストは教会暮らしが長く世間知らずですし、どんな失礼をしてしまうか……」
話が全く読めない。僕はこっそりアリスの手を握り、小声で尋ねた。
「ねえアリス。これはどういう状況?」
「わ、私もまだ呑み込めていないのですが……。実は、大公家から大司教様に依頼がありまして」
「大公家!?」
「え、ええ。どうも、ナスト様を大公家に招き、そこで説教をしてもらいたいと……」
「えぇ……? ど、どういうこと……? 僕はアコライトだよ。説教なんてできないよ」
「そうなのですが……。大公家がどうしてもナスト様がいいと聞かないらしく……」
これ……ほぼ間違いなく、というか絶対、ヴァルア様の仕業だ。
「少し前からこの話は上がっていたそうなのですが、司祭様が承諾せず……。とうとう大司教様がお目見えに……」
「ええ……? 司祭様、もしかしてずっとこの申し出を拒否してたの……? 大公家の依頼なのに……?」
「はあ……そうらしいです……」
どうやらアリスも知らされていなかったようだ。
司祭様はいまだ首を縦に振ろうとしない。
「他の者ではいけませんか。ナストより優秀な聖職者は、他にたくさんおります。なんならわたくしが伺いますよ」
「だから言っているでしょう。大公家がナストをご指名されているのですよ」
「それはなぜっ……」
「そりゃあ……」
大司教様は僕をちらっと見てから、小声で言った。
「美しいからでしょう」
「~~……っ!!」
司祭様は怒りで顔を真っ赤にした。
「そんな理由で! わしが大事に育ててきたナストを外には出せませんよ!! 何をされるか分からない!!」
怒りに任せじだんだを踏んでいる司祭様を、大司教様が呆れたように一瞥した。
「司祭殿」
「わしのナストはどこにもやりませんぞ!! 手放すものか!!」
「司祭殿!!」
大司教様の大声に、やっと司祭様が静かになった。
「たった七日間ですぞ」
「七日間とて、渡すものかっ……!」
「司祭殿……」
大司教様は、はぁ、とため息を吐く。
「あなたは分かっていないのですか。教会であれど、大公家に逆らうなどできません。これは依頼と言う名の命令なのですぞ」
「うぐぅっ……し、しかし……」
「そもそも、なぜ司祭殿はそこまでナストに執着しているのです? まさかあなたは――」
きらりと大司教様の目が光る。
「――ナストとよからぬ関係なのでは?」
「ま、まさかっ、そんなわけはっ……断じて……」
「でしたらたった七日程度、大公家に遣わせてもよろしいのでは? でないと……大公家にも疑われますぞ」
「ぐぅぅっ……」
「教会にとって、大公家に目を付けられることほど恐ろしいことはありません。そうなればファリスティア教会だけでなく、教皇にまで迷惑がかかるのですぞ」
もうすでに目を付けられているんだけどね……。
大司教様ははじめからイエスを取りに来たに過ぎない。司祭様に決定権なんてなかった。
それをやっと悟ったのか、司教様は泣き出しそうな顔で最後のあがきをした。
「せめて……せめて使用人のアリスも共に……」
「ええ。わたくしの方からそのように伝えておきます」
こうして、僕は二日後に大公家の城に行くことになった。司祭様に拾われてから今まで教会の外に出たことがなかったので、少し楽しみだ。
「他には賛成できないかな」
「……今はちょっと難しいです」
ヴァルア様は歯を食いしばりながら言葉を発した。
「……司祭は君を凌辱していた。危険な禁薬まで使ってだ。それでも君は……司祭を庇うのか」
「……」
「俺の報告書だけでは根拠に乏しいんだ。君が直接話をしてくれたなら、すぐにでもファリスティア教会を是正できる。君を助けられるんだよ、ナストッ……!」
ヴァルア様が僕の手を握った。悲痛な面持ちで僕に訴えかける。
「俺はもう許せないんだ……! 君を洗脳し、穢れていると信じさせてきた司祭が……! 己の性欲のために禁薬を打たせる司祭が……! 君を毎晩好き勝手に抱く司祭が!!」
「っ……」
「こんな……こんなおぞましい道具まで付けさせて……それも媚薬を打った上でだぞ!? どこまで君を弄んだら気が済むんだ……っ!!」
激怒しているヴァルア様を前にして、僕は不思議と冷静に物事を考えていた。
僕のために、まるで自分事のように怒ってくれている。きっと彼は僕以上に憤っている。
これもひとつの愛の形なのかもしれないと、僕はぼんやり思った。
◇◇◇
「アリスッ……!! アリスッ、お願いっ……!!」
「ナスト様……」
金属ペニスを握りしめて懇願する僕の姿は、アリスにとって何度見ても慣れないもののようだった。とても苦しそうな表情をしている。ときには手助けしようと手を伸ばすこともあった。だが、いつも途中で我に返り、その手を引っ込めるのだった。
あの日、ヴァルア様は怒りに震えたまま帰っていった。司祭様に一番怒っているようだったが、教会を庇う僕にも憤っているように感じた。それも当然のことだと思う。僕を助けるためにヴァルア様は尽力してくれているのに、当の本人が手を貸そうとしないんだから。
それから数日後のミサが終わり、みなで食事をとっているとき、食事室に使用人が慌ただしく入って来た。そして司祭様に耳打ちをして、書簡を渡す。
書簡を流し読みした司祭様はハッと息を呑み、一瞬僕に目を向けた。すぐに視線は書簡と使用人に戻される。
食事のあとアリスに呼ばれた。焦っている様子だ。
「ナスト様。早くこちらへ」
「どうしたのアリス。そんなに急いで」
「いいから早く。司祭様がお呼びです」
「えっ……」
こんな時間に呼ばれるなんて初めてだ。まさか儀式を……?
案内された部屋に入ると、これまた動揺している司祭様と、明らかに司祭様より職位が高そうな聖職者が待っていた。
「遅くなり申し訳ございません」
アリスは口早にそう言ってから僕を小突いた。僕も軽く頭を下げる。
見知らぬ聖職者がにこやかに両腕を広げ、僕に近づいてきた。
「かまわないですよ。急に押し掛けたのはこちらですから」
そして舐めるように僕の顔や体を見つめる。
「彼がナスト君というアコライトかな?」
その質問には司祭様が答えた。
「え、ええ。そうです」
「ほう。なるほど。ふむ。確かに、ふむ」
「……」
司祭様も恐縮している。よほど位の高い人なのだろう。
「おっと。申し遅れましたな。わたくし、大司教のエドアルと申します」
大司教だって!? 教皇の次に職位の高い聖職者じゃないか! そんな人がどうしてここへ!?
それに、どうして司祭様は僕を呼びつけたんだ? 僕は一介のアコライト。低級位の聖職者なのに。
大司教様は僕を思う存分眺めたあと、満足げな顔をして司祭様に話しかけた。
「では、よろしくお願いしますよ、司祭殿」
「いっ、いえっ、あのですね、大司教殿。ナストはまだ人に説教ができるような立場では――」
「そうは言ってもですねえ……仕方がないでしょう」
「しかし……っ。ナ、ナストは教会暮らしが長く世間知らずですし、どんな失礼をしてしまうか……」
話が全く読めない。僕はこっそりアリスの手を握り、小声で尋ねた。
「ねえアリス。これはどういう状況?」
「わ、私もまだ呑み込めていないのですが……。実は、大公家から大司教様に依頼がありまして」
「大公家!?」
「え、ええ。どうも、ナスト様を大公家に招き、そこで説教をしてもらいたいと……」
「えぇ……? ど、どういうこと……? 僕はアコライトだよ。説教なんてできないよ」
「そうなのですが……。大公家がどうしてもナスト様がいいと聞かないらしく……」
これ……ほぼ間違いなく、というか絶対、ヴァルア様の仕業だ。
「少し前からこの話は上がっていたそうなのですが、司祭様が承諾せず……。とうとう大司教様がお目見えに……」
「ええ……? 司祭様、もしかしてずっとこの申し出を拒否してたの……? 大公家の依頼なのに……?」
「はあ……そうらしいです……」
どうやらアリスも知らされていなかったようだ。
司祭様はいまだ首を縦に振ろうとしない。
「他の者ではいけませんか。ナストより優秀な聖職者は、他にたくさんおります。なんならわたくしが伺いますよ」
「だから言っているでしょう。大公家がナストをご指名されているのですよ」
「それはなぜっ……」
「そりゃあ……」
大司教様は僕をちらっと見てから、小声で言った。
「美しいからでしょう」
「~~……っ!!」
司祭様は怒りで顔を真っ赤にした。
「そんな理由で! わしが大事に育ててきたナストを外には出せませんよ!! 何をされるか分からない!!」
怒りに任せじだんだを踏んでいる司祭様を、大司教様が呆れたように一瞥した。
「司祭殿」
「わしのナストはどこにもやりませんぞ!! 手放すものか!!」
「司祭殿!!」
大司教様の大声に、やっと司祭様が静かになった。
「たった七日間ですぞ」
「七日間とて、渡すものかっ……!」
「司祭殿……」
大司教様は、はぁ、とため息を吐く。
「あなたは分かっていないのですか。教会であれど、大公家に逆らうなどできません。これは依頼と言う名の命令なのですぞ」
「うぐぅっ……し、しかし……」
「そもそも、なぜ司祭殿はそこまでナストに執着しているのです? まさかあなたは――」
きらりと大司教様の目が光る。
「――ナストとよからぬ関係なのでは?」
「ま、まさかっ、そんなわけはっ……断じて……」
「でしたらたった七日程度、大公家に遣わせてもよろしいのでは? でないと……大公家にも疑われますぞ」
「ぐぅぅっ……」
「教会にとって、大公家に目を付けられることほど恐ろしいことはありません。そうなればファリスティア教会だけでなく、教皇にまで迷惑がかかるのですぞ」
もうすでに目を付けられているんだけどね……。
大司教様ははじめからイエスを取りに来たに過ぎない。司祭様に決定権なんてなかった。
それをやっと悟ったのか、司教様は泣き出しそうな顔で最後のあがきをした。
「せめて……せめて使用人のアリスも共に……」
「ええ。わたくしの方からそのように伝えておきます」
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