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二人暮らし先

第四十話

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 俺と小鳥遊が恋人同士になった日から一カ月後。
 小鳥遊が、引っ越し業者を引き連れて俺の一人暮らし先にやってきた。
 今日からは一人暮らし先ではなく、二人暮らし先になる。

「一緒に暮らそうか」

 あの日、俺を朝まで抱き潰したあと、小鳥遊がそう言った。

「はじめてお前の住まいを見たときから、一緒に暮らしてやりたいと思っていた」

 からっぽの広すぎる家の中に、独房のような寝室がぽつんとある俺の住まい。それを目にした小鳥遊は、得も言われぬ悲しみを抱いたそうだ。

「毎晩カップラーメンしか食っていないお前に、温かいメシを作って、たらふく食わせてやりたいと思っていた」

 それに、と言って、小鳥遊が俺を抱きしめる。

「お前がよからぬことをしないように、毎晩見張っていたいとも」

 実はこれが最大の理由だと、小鳥遊が冗談交じりに言った。

 俺が了承すると、小鳥遊はその日のうちから引っ越しの準備を始めた。
 退去の手続きを進めつつ、俺の余った部屋に置く家具まで探してくれた。
 この一カ月間、週末になれば家具屋や家電店に連れ回された。俺が選んだ家具もいくつかあるが、あまり興味のない俺は、ほとんど小鳥遊に任せきりだった。

 しかし、ひとつだけ俺がどうしても欲しいと思ったものがあった。

「ルンバ……! ルンバ欲しい!!」
「お、いいな。買おうか。どうせなら一番いいやつを――」
「一部屋にひとつずつ欲しい!」
「……それじゃあ俺たちのではなくルンバの家になるぞ」

 結局、小鳥遊の部屋(になる予定の一室)以外にルンバを配置することになった。小鳥遊は、自分の部屋の中に動くAIが棲みつくのが気持ち悪くていやだと言って拒否したのだ。

「仕方ないな、じゃあ俺が毎日掃除してやるからな」
「お前は俺のおかんか。掃除くらい自分でする」
「えー……でもお前の部屋汚かったしな……」
「汚くはないだろう。それなりにきれいにしていたつもりだが。……お前が来る日だけは」
「だって窓とかめちゃくちゃ汚かったじゃん。窓の縁とか埃溜まって最悪だった。よくあんな部屋で住めるなって思ってた」
「……お前のそういうところ嫌い」
「俺もお前のそういうところ嫌い」

 今でもやはりこういう小競り合いはするものの、それでも上手くやっている。
 ルンバを三台も購入したのに、最新の掃除機まで欲しがった俺に、小鳥遊がかなり引いていたが。


 ともあれ、こうして一カ月かけて家具を揃えた俺の住まいに、とうとう小鳥遊が引っ越してきた。
 小鳥遊は自分が選んだ家具が配置されているリビングキッチンを見渡し、満足げな表情を浮かべる。

「ふむ。いいじゃないか」

 小鳥遊の希望で、キッチン周りの道具や家電をかなり増やした。それに、広いダイニングテーブルも置いたので、これからはのびのびと食事ができるようになった。

 リビングには子洒落たロングソファとローテーブル、大画面のテレビを設置した。それだけでなく、観葉植物や挿し花用の花瓶まである。それまでの俺の住まいでは考えられないほどの華やぎだ。

「……掃除大変そう」

 ボソッと呟いた俺に、小鳥遊が呆れたようにため息を吐く。

「そのためのルンバだろう」
「あっ、そうだった」
「お前がルンバが欲しいなんて言ったから、ちゃんとルンバが掃除しやすい家具を選んだんだぞ」
「そうだったのか」
「だから掃除のことなんて考えないでいい」
「……うん」

 小鳥遊は、俺の寝室も家具の配置を変えた。
 まず、仕事用デスクを別の部屋に移動させた。これからはその部屋が、俺と小鳥遊の仕事部屋になる。

 それから、ベッドを買い替えた。狭くて安っぽいシングルベッドから、寝心地の良いダブルベッドに。ちなみに小鳥遊の部屋にも同じベッドがある。

 小鳥遊がニヤニヤとダブルベッドを眺める。

「これでセックスがしやすくなるなあ。前までは狭すぎて落ちそうだったからな」
「広すぎて寝るとき落ち着かなさそう……」
「二人で寝ればいいだけの話だ」

 引っ越し作業をして疲れているだろうに、小鳥遊は早速俺に料理を作ってくれた。
 真新しいダイニングテーブルで、小鳥遊と向かい合って料理をつまむ。

 休日に恋人と一緒に食べる、温かくて美味いメシ。
 噛みしめれば噛みしめるほど、じわじわと俺の目に涙が滲んでくる。

 それに気付いた小鳥遊が、箸を止めて俺の顔を覗き込んだ。

「おい? どうして泣いているんだ」
「こ、こわい……っ」
「なにがこわい?」
「しあわせすぎて、こわい……」
「……」

 しあわせすぎる毎日が、嘘になる日が来そうでこわい。

 小鳥遊は立ち上がり、俺の隣に腰掛ける。そして俺を抱き寄せ、頭を撫でてくれた。

「お、俺……どんどんお前のこと好きになってるんだ……。お前なら俺のこと大事にしてくれるって、そう信じ始めているんだ……。でも、だからこわい……っ」

 小鳥遊を信じきるのがこわい。信じきった人に捨てられたら、次はもう立ち直れる気がしなくて。

 小鳥遊がジトッとした目で俺を見た。

「お前、めんどくさいな」
「ひぅっ……」
「俺は嬉しい。お前がそれほど俺のことを好きになっているのが嬉しい。いつか捨てられるかもと考えて、怖がって泣かれるなんて最高だ」
「お、お前……もうちょっと気の利いた言葉は言えないのか……」

 小鳥遊は興味がなさそうに肩をすくめる。

「そりゃ、一生そばにいるとか、お前のことを一生愛するとか、そんな言葉いくらでも言えるが……。根拠のない未来のことを約束するほど無責任じゃないからな、俺は」

 そして小さくため息を吐く。

「たとえ俺とお前が男と女で、日本で簡単に結婚できたとしてもだ。そんな関係紙切れ一枚で終わらせることができる。なんの確約にもならないし。その他の制度だっていろいろ調べてみたが、やっぱりどれもその程度の効力しかないんだ」
「え……お前、そんなこと調べてくれてたのか……?」
「まあな。どれもあまりしっくり来なかったが」
「……」

 小鳥遊は申し訳なさそうに微笑んだ。

「だから、こわがるお前を心から安心させてやることはできないんだ。悪いな」
「……」
「その代わり、俺が今言えることは……」
「ん……」

 小鳥遊はそっと俺にキスをした。

「今の俺はお前とずっと一緒にいたいと思っているし、その気持ちが薄れるとは思えない」

 そして、とても大切なものをそっと手のひらで包むように、俺を抱きしめた。

「こんな気持ちになったのは生まれてはじめてだ」
「っ……」
「そのくらい、お前のことが好きだよ」

 だからお前もそのくらい俺のことを好きになれよと言った小鳥遊の声が、少しだけ震えていた。

 俺は小鳥遊の背中に腕を回し、ほう……と息を吐く。

「なんか……こわくなくなった」

 小鳥遊とはじめて出会ったのは、新入社員研修のとき――俺たちが二十二歳のときだった。
 その頃から互いに気に食わず、ケンカばかりしていた。
 今思えば不思議だ。俺はたいがいの人と仲良くなれるのに、こいつとだけは仲良くできなかったんだから。

 そんな俺たちが、六年の歳月を経てこうして愛し合うようになるんだから、もっと不思議だ。

 これからも、俺たちの関係に何が起こるのかなんて誰も分からない。
 すれ違いやケンカもするだろう。泣かされることも、泣かせることもあるのだろう。

 ただ、確実に言えることが一つだけある。
 今、小鳥遊は俺のことをこんなに大切に想ってくれている。
 それなら俺も、あるかどうかも分からない未来を憂うより――

 今を大切にしないと。大切にしたい。そう思った。


【男泣かせの名器くん、犬猿の仲に泣かされる 本編  end】
(あとがきのあとに後日談を投稿する予定です)
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