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2月

魔のバレンタイン(入社4年目)

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ああもう朝から最悪だよ!!あのクソα調子に乗りやがってぇぇぇ…!いい加減社長にチクってクビにしてもらおうかな!!はらたつわぁぁ…!!

「ケーゴ、どうしたんだ?めちゃくちゃ機嫌が悪いじゃないか」

「わ、社長!びっくりしたー!」

鬼の形相でパソコンを睨んでると、いつの間にかオフィスに顔を出してた社長が僕の顔を覗き込んだ。社長の顔、当たり前だけどスルトに似てるから一瞬ドキっとするんだよ。だから急にそのイケメンフェイス近づけるのやめてほしい。あースルトに会いたいエドガーに会いたいピーターに会いたいさっさと帰りたい。まだ朝だけど。

「いま帰りたいって思っただろ」

「えっなんで分かったんですか」

「分かるさ。何年ケーゴと付き合いがあると思ってるんだ」

「あはは…」

「さてそんなダメなケーゴに俺は今日のスケジュールを教えてもらわないといけないんだが。社長室へ来てくれるかな?デスクにチョコが山積みのモテモテの社長秘書さん」

「からかうのはやめてください社長~…」

ガハハと笑いながら社長は社長室へ戻って行く。僕もスケジュール帳と書類を持ってあとを追った。社長室へ入ると、社長はすでにソファでくつろいでた。コーヒーを飲みながら、僕に隣へ座るよう合図する。いつも思うんだけど、なんで向いじゃなくて隣に座らされるんだろう?っていうか普通秘書って立ってるものじゃないの?知らんけど。

「じゃあ社長。今日のスケジュールを…」

「ケーゴ。何度も言ってるだろう。社長室では俺の事をジョセフかお義父さんと呼びなさい」

「……」

だめだこいつ。仕事とプライベートの境目がおかしい。

「今だめだこいつって思ったな?」

「…メンタリストですか?」

「ははは!ケーゴは目から全ての感情がダダ漏れなんだよ!!」

「はあ…。じゃあ…ジョセフさん、今日のスケジュールを…」

「いや待て。今日はジョセフと呼ばれる気分じゃないな。お義父さんと呼んでくれ」

「…お義父さん。今日のスケジュールをお伝えしますので今からは話の腰を折らずに黙って僕の話を聞いてくださいねこの変態」

「あー…もう一度変態と…」

「10時からJN銀行と打ち合わせ。13時からは机に向かってひたすら書類に目を通して決裁を行っていただきます。14時にKT会社の社長が来訪されます。16時から社内会議。20時にOP会社の社長と会食。以上です。…今日は比較的ヒマですね」

「いつもよりヒマだがケーゴがついてきてくれる予定が少ないな…。今日はつまらない一日になりそうだ」

「そうですね。僕が社…お義父さんのそばにいるのはJN銀行の打ち合わせとKT会社が来訪されたときだけですね。がんばってください」

「会食ついてきてくれよケーゴぉ…」

「いやですよ。どうせまた相手方の社長があの手この手で僕をお持ち帰りしようと粘ることになるんですもん。お義父さんも自分の息子の配偶者に勃起してる取引先の社長見るのはうんざりだって言ってたじゃないですか」

「くそー…。ケーゴがもう少し不細工だったらよかったのに…」

「駄々こねたってついていきませんよ。どうしても秘書が必要なら別の秘書を連れ行ってください」

「分かったよ…。それじゃケーゴ。銀行へ行くか…」

「はい。もう下に車用意してるんで行きましょうか」

「ああ」

それから僕と社長はJN銀行へ向かい打ち合わせをした。この銀行には僕もよく顔を出すから覚えられている。なんか毎回銀行員さんが僕をみながらヒソヒソしてるけど、害を与えてくる人はいないから気にしない。どこ行ってもだいたいこんな感じだし。

銀行から戻り、僕はデスクワークに戻った。席についたとたんまたチョコの嵐だ。だいたい「今食べて」って言ってくる人のチョコは媚薬入り。まあ9割がた媚薬入ってんだけどね。4年も働いてたらだいたい分かってくる。だって毎年誰かしらが媚薬入りチョコで痛い目あってんだから。さすがにもう会社でこの日にもらったチョコを食べる人は僕の身内にはいない。

14時にKT会社の藤ヶ谷社長が来訪した。社長室へ案内し、ソファへ座ってもらう。KT会社は最近できた取引先だ。スルトが交渉して取引先になってもらったんだよ。すごいでしょ、うちのスルトさん。僕は藤ヶ谷社長と会うのは初めて。僕と初めてあった人はだいたいジョセフさんじゃなくて僕を凝視する。藤ヶ谷社長も例にもれずそれだった。

「えっと…君は?」

「申し遅れました。私高戸圭吾と申します。社長秘書を務めております。どうぞよろしくお願いいたします」

「高戸…?高戸くんとは。奇遇だね。私はそちらの会社に勤めている別の高戸君を知っているよ」

藤ヶ谷社長がそう言うと、クスクス笑いながらジョセフさんが答えた。

「ああ、彗斗のことですか?」

「はい。そうです。高戸彗斗君。彼は有能な人だね。気に入ってるんだ」

「実はあれはうちの倅なんですよ」

「そうなんですか?!いやしかし、苗字が…」

「倅はこちらの秘書と結婚してましてね。彼の苗字をもらったんですよ」

「ん?!君、彗斗くんの夫なのかい?!とてもそうには…むしろ逆のように見えるが…」

「はは。同性婚に夫も妻もないと思いますがね。まあ、確かにどちらかというと彼の方が妻に近いかな。まあ、いろいろありましてね」

スルトとエドガーが僕の苗字になったのは、入籍するときに二人が自分の苗字にしたいと揉めに揉めたからだ。めんどくさくなった僕は間をとって高戸にしようと提案した。意外にも二人はあっさり受け入れてくれて、今は高戸彗斗、高戸瑛弥になっている。

僕とスルトが結婚していると聞いた藤ヶ谷社長は、熱のこもった目で僕を見ていた。

「では、君は彗斗くんと一緒に暮らしているのかい?」

「はい」

「今年の年始ももちろん一緒に過ごしていたんだろうか」

「そうですね。一緒に過ごしてました」

「そうか。…いや、すまないね。そろそろ本題に入りましょうか、社長」

え…?今のなんだったんだろう。なんかすごい違和感があった。でも藤ヶ谷社長はそれから別段僕を気にすることもなくジョセフさんと話をしていたから、その違和感は気のせいだろうと思うことにした。

1時間ほど対談したあと、藤ヶ谷社長が「では、そろそろ…」と席を立った。

「あ、そうだ。社長。これ、よろしければどうぞ。ちょっとしたものですが。せっかく用意していたのに渡すのを忘れていましたよ。すみません」

藤ヶ谷社長はそう言って高級そうなお菓子をテーブルに置いた。そして別に小袋をふたつ。

「これはバレンタインデーということで、おまけです」

「ほう。チョコレートですか。ありがとうございます」

「ありがとうござます」

僕は小袋を受け取り軽く頭を下げた。車まで藤ヶ谷社長を見送り、無事に対談が終わってハァーっとため息をつく。やっと今日一番緊張する仕事が終わったー…。そう思いながら僕は社長室へ戻った。

「ケーゴ。お疲れ。まあ少し休めよ」

「はい。ありがとうござます」

「今コーヒーを用意してもらってるから。もらったチョコでも食べなさい」

「はい…」

藤ヶ谷社長にもらったこのチョコ…。大丈夫だよね?媚薬入ってないよね?別に僕に言い寄ってもこなかったし、そもそも僕と社長初対面だったし。きっとみんなに配ってる普通のチョコだよね。僕はそう信じてそのチョコを一粒食べた。
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