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秋の章 甘口男子は強くなりたい

1、秋の異変

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 10月に入って風が秋の気配を連れてくるより先に、我がステファンゲーミングには木枯らしが吹いている。

「──まずいな」

 沈んだ声の持ち主は、佐伯さんだ。彼の視線は控え室に備え付けのモニターから微動だにせず、目の前で繰り広げられているノイ君の試合に釘付けになっている。

 9月から始まった後期リーグ、ステファンゲーミングは5試合消化して1勝4敗という成績だ。前期の貯金をすっかり使いきって、チーム順位は5位にまで落ち込んでいる。

 理由はいくつかあるけれど、一番影響があるのはノイ君の不調だ。
 第1節で響選手に負けて、次の試合でも別の選手に負けて。その次は勝ったものの、そこからまた連敗して、個人成績は1勝4敗とかなり悪い。
 なんとか今日の試合は勝って、2勝目が欲しかった。

「苦しいですね……」

 おそらく佐伯さんは独り言だったんだろうけれど、わたしもつい呟いてしまった。まだ試合は序盤で、お互いのライフは満タン。ただ、ノイ君の手札が弱い。
 ワイプにうつるノイ君の表情も、少し厳しそう。最近目立つ目の下のクマが、ファンデーションで隠しきれてない。

「手札が心もとないから、弱気の選択しかできないのがつらいな」
「1枚でも強いカードが引ければ……」

 ノイ君のデッキの中には、起死回生の一手を放てるカードがたくさん眠っている。それを引けさえすれば、状況はいくらでも動かしようがある。
 とは言っても相手選手がかなり攻めてきて、ノイ君はギリギリのところで耐える試合展開。佐伯さんはどんどん顔が険しくなるし、わたしもハラハラしっぱなしだ。

 このまま押し切られるか!? という9ターン目だった。待ちに待ったカードが引けて、ここまでの不利な盤面をひっくり返して、ノイ君は勝つことができた。

「うわぁぁ……首の皮一枚つながりましたね!」
 
 終わったと同時に、ぶはっと息を吐く。あまりの緊張感に、呼吸が浅くなってしまっていたみたいで、久しぶりに空気を吸い込んだ感じすらした。
 佐伯さんは相手選手と握手をするノイ君を見つめたまま「運が味方したな」とさっきとほぼ変わらないトーンの声で呟いた。

「最近の野宮君はプレイングに迷いが見えるね。自分自身で試合を危うくしてる」

 佐伯さんの指摘はもっともで、後期リーグが始まってからのノイ君はどこか危なっかしい。その原因は多分初戦で響選手に負けたことだと思うんだけれど、ここまで引きずるのは珍しいと思う。

「わたしも気にしてはいるんですけど……何もできることがなくて」

 困っているならば力になりたい。そう思うのに、ノイ君はわたしには何も言わない。いつもみたいな笑顔で「大丈夫。俺が練習すればいいだけだから」とかわされてばかり。

 でも日に日に彼の顔が白くなってやつれていく気がして、心配だった。
 佐伯さんはうなずいて「こういうのは、まわりがどうこうできるものじゃない」とわたしを慰めるように言った。

「プレイングに迷いがあるのは自信がないからだと思う。でもその自信は、練習して自分自身を錬成していくことでしかついてこない。だから豊福さんは今まで通り、マネージャーとして彼を支えればいいよ」

 はい、とわたしは答えた。
 必死で「でも」を飲み込んで。

 でも佐伯さん。ノイ君の最近の練習量は、異常なくらいなんです。寝ても覚めても、プレイしている。配信している時間も長くて、わたしはいつか彼が倒れてしまうんじゃないかと心配で──でも彼を止められない。
 なんて声をかけるのが正解なのか、まるで見えなくて。

 もう十分ノイ君は練習してるし、実力だってある。
 なのに追い詰められたように練習してる。

 どうしたら彼が勝てるんだろう。
 じゃなくて。
 どうしたら彼が自分に自信を持てるんだろう。

 最近はそればかり考えている。



 その日も同じだった。
 試合が終わってから「ノイ君、この後ちょっといいかな?」と声をかけてみたけれど。

「あ、ごめん。今日もすぐ帰ってプレイング見返したいからさ」

 とあっさり断られた。
 その笑顔は明るいけれど、どこか硬質な雰囲気がある。わたしに何も言わせないとするような、圧力みたいなものすら感じる。
 
 ──多分、食い下がってほしくないんだろうな。

 それを明確に感じるから、彼からの拒絶の意を汲むしかない。

「そっか。……あの、食事はちゃんとしてね」
「大丈夫、ちゃんと食べてるってば。体重落ちたりもしてないよ」

 そんなこと言って、栄養は足りてるの? ジャンクフードばっかりになってない?
 喉元まで出かかった言葉を飲み込んで「──それなら、いいけど」と引き下がる。
 ここ1ヶ月はずっとこんな感じだ。

 ノイ君が、すごく遠い。

 足取り軽く去っていく彼を見送ったわたしに「ふくちゃん、俺たちとごはん行こうか」とおいちゃんから声がかかった。隣のコオリ君もそのつもりみたいだ。
 二人からの気遣いに肩の力が抜けて、素直にうなずいた。
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