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不思議な聖女 ~レオンside~

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噴水の淵に腰掛け、月を見上げる彼女の神秘的な美しさに、俺は一瞬見惚れてしまった。

月の光が彼女の銀糸の髪をキラキラと光らせる。
本当に彼女が聖女で、この世の者ではないのかもしれないと錯覚してしまいそうな光景だった。

そのまま彼女がどこか遠くに行ってしまいそうで、思わず声をかけた。
振り返った彼女の表情には寂しさや悲しさが刻まれていて、今にも散ってしまいそうなはかない花を思わせた。

一筋の涙が頬を伝っていたことを、彼女は気づいていたのだろうか。

「ここにいたのか。」

ゆっくりとした動作で振り返る聖女。
その瞳は、俺を映しているようで、どこか遠いところに向けられているようでもあった。

その金に輝く瞳を見て、俺は柄にもなく戸惑ってしまった。
俺を見ているようで見ていない。
そんな彼女に、モヤモヤとした思いが募り、どうすればいいのか分からない。

「月を見ていたのか?」

何を言えばいいのかも分からず、逃げるように俺は当たり障りない話題を持ち出した。

「月?」

だが、聖女の反応に俺は面食らうことになる。
まさかとは思ったが、彼女はどうやら月を本当に知らないようだ。
思わず信じられないような目で彼女を見てしまった。
すると彼女は慌てたように視線をさまよわせる。

「えと、もちろん知ってますよ?ちょっとぼけたくなっただけです。ほら、そういう気分のときってあるじゃないですか。」
「あー・・・そうだな。そんな時もある、よな。」

ねっ?と輝かんばかりの笑みを向けられ、またもや俺は平常心を失ってしまった。
胸がザワザワして、落ち着かない。

どうしたんだ、俺。

気むずかしい重臣らを宥め王の機嫌をとりながら王太子である兄を支える器用で有能な王子。
目的のためなら何を犠牲にするのも厭わない冷徹な面もある、それが俺だろう?
なのに今の状態は何なんだ。

本来なら問い詰めるべきことなのに、聖女の笑顔に何も言えなくなっている。

この笑顔を向けてもらえるなら何だっていいと思ってしまう自分が確かにいて・・・

「いやっ!違うだろう!」

自らを叱るように声を出すと、正面の聖女がビクッと震える。

しまった、驚かせてしまったか。
って違う・・・

他人の反応なんてどうでもいいだろう、気にするな。
まずいな、こいつといるとどうにも調子が狂う。
心の中でうめいていると、護衛達の足音が近づいて来た。

撒いてきたのがばれたか。
内心ため息をついたが、同時に疑問が芽生えた。

そういえばこの聖女、どうやって護衛を撒いたんだ?

「報告いたします!」
「ああ。」

護衛の声に返事をし、とりあえず芽生えた疑問についてはおいておく。
どうせ尋ねてもまた笑顔で誤魔化されるんだ。
護衛がチラリと聖女を一瞥すると、俺の耳元に口を寄せた。
どうやら聖女には知らせたくないものらしい。

「つい先程、聖女様の幼なじみと名乗る男が宿を訪れました。聖女様に会わせろと申しておりますがいかがいたしましょう。」

聖女の幼なじみ、か・・・
聖女の権力のおこぼれを狙う偽物か、それとも本物か。
まあ、どちらにしてもとるべき対応は同じ、だな。

「追い返せ。」
「はっ!」

偽物はもちろん、例え本物だったとしても、偽りの聖女を操るためには、彼女の過去を知る者など邪魔なのだ。
処分しないだけマシな方だ。

チラリと聖女の様子を窺う。
再び月を見つめ、何か物思いに耽るような彼女の姿は、やはり寂しげだ。

もし、本当に幼なじみだったとしたら。
もし、彼女の寂しさの原因がその幼なじみだったのなら。

チクリと胸を刺したのは、罪悪感か、それとも、他のものなのか。

「寒いな。」

もう春とはいえ、やはり夜となれば肌寒い。
ポツリと呟いた俺は、再び月を見上げた。

すぐそこで同じように月を見る聖女は、一体何を思っているのだろうか・・・

月は答えなど教えてくれないはずなのに、なぜだかそう問いかけたくなった。

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