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幼児編
脱出
しおりを挟む兄以外の誰かに私が覚醒したことを知られない内に、失踪する。
勢いで決めたこととはいえ、私自身の意思だ。
「えと、お兄さん・・・じゃなくて、お兄ちゃん?」
妹が兄のこと呼ぶのにお兄さんはおかしいか。
お兄ちゃん、と呼び直すと彼は嬉しそうに、でもどこか照れたように微笑む。
「うん、何?」
「この家には、お兄ちゃん以外に誰かいるの?」
この家には、穢れを招くからと窓は一つもないらしい。
窓一つないこの家から逃げ出すなら、玄関を通るしかない。
そのためには、出来るだけ家の中にいる人が少ない方がいい。
「今両親は外出している。この家にはソラと、僕と、使用人しかいないよ。使用人は両親に仕えているから、見つかればアウトだ。確か、今は両親が何人か連れて行ってるから10人とちょっとしかいないよ。」
10人以上・・・
やっぱりこの家、お金持ちだ・・・
「使用人の人達は、能力者なんですか?というか、能力者の資質を備えている人はいますか?」
唐突に変なことを尋ねる私に不思議そうな顔をしながらもお兄ちゃんは答えてくれた。
「この家では妖怪の話とか、力の話とかをするし、何よりソラみたいに子供を何年も閉じ込めるわけだから、一般人はいないよ。みんな、能力者の家の末裔だ。でも資質があるかっていうと・・・そうだなあ、せいぜい2、3人ってところじゃないかな。あ、でも、使用人頭はれっきとした能力者だよ。」
資質を持つ者が2、3人と、1人の能力者。
うん、多分大丈夫、かな。
「お兄ちゃん、私が術で姿を消してたら、大丈夫かな。」
本気で術の気配を隠し通せば、たとえ相手が一人前の能力者でも隠し通せる気がする。
弥生の頃はできなかったけど、レベルアップした蒼来の力なら、きっと大丈夫。
「ソラ、そんなことできるの?そうだね。もしできるなら、そうしてくれるとすごく助かる。」
お兄ちゃんは驚きながらも安堵の表情を浮かべる。
「両親は、多分もうすぐ帰って来る。急いで。」
突然タイムリミットが近いことを知らされ、体が強ばった。
落ち着け、ガチガチの状態で、術の気配までをも隠すなんてこと、できるわけない。
フーッと深呼吸をし、目を閉じる。
両手を胸のところにもっていき、目をゆっくり開いた。
お兄ちゃんがハッと息を呑む音を聞きながら、文言を唱えるために口を開く。
「我が名は朱雲 蒼来。魂の記憶を保持する者。我が名の下に、我が力を行使する。我が望みに従い、我が姿を隠せ。何人にも見破られることのないように。」
胸に置いていた手がぼんやりと発光する。
続けて体全体が優しい光に包まれ、次の瞬間、世界が変わった。
薄い膜を通して物を見ているようだ。
「ソラ?そこにいるんだよね。」
不安そうなお兄ちゃん。
どうやら術は成功したようだ。
「うん、ここにいるよ。私が話せば他の人にも聞こえるし、私が誰かに触ればその人も感じる。それ以外は、物音もたたないし、気配だって感じないよ。」
「そっか。じゃあ、僕の手を握って。ちゃんといるのか不安になるから。」
はい、と差し出された手をそっと握ると、お兄ちゃんは微笑んだ。
「よし、じゃあ行こっか。」
ドアを開け、外に出る。
さっきはよく見ていなかったけれど、近代的な西洋建築で本当に立派な家だ。
調度品にも品があり、派手ではないものの一目で高価なものだと分かる。
「そこにいらっしゃるのはカイ様ですか?」
落ち着いた感じの女性の声に、私は声が出そうになるのをグッとこらえる。
大丈夫。
何も話さずに、触れなければ、私の存在に気づかれることもない。
それに、この人からは力を感じない。
能力者の資質は備えていないはずだ。
「ああ、うん。僕だよ。」
カイ、というのがお兄ちゃんの名前だったらしい。
名前を聞いていなかったことに今更気付いた。
覚醒してから驚きの連続で、すっかり忘れていた。
「なぜ、こんな家の奥深くに・・・ああ、この部屋は蒼来様のお部屋でしたね。」
蒼来様・・・
様付けが何だか気持ち悪い。
「もう5年以上もお眠りになって・・・一日も早くお目にかかりたいものです。カイ様も、心配でこちらにいらっしゃったのですね。」
繋いでいる手が、かすかに震えてる。
緊張、しているのかな。
少しでも勇気づけようと、ギュッと手に力を込める。
「うん、そうなんだ。早くソラの顔、見たいな・・・」
寂しげに言うお兄ちゃん。
うん、演技がすっごく上手い!
これなら騙せるよ!
「ソウ様も、三年前には覚醒なさっていらっしゃったのに・・・ソウ様もきっと、ソラ様にお会いしたいと思っていらっしゃるのでしょうね。」
伏し目がちにそう言う女性。
ソウ様って誰だろう。
兄弟、なのかな。
「そう、だね。ところで、今は何時かな。」
「午前5時10分です。まもなく旦那様方もお戻りになられますよ。」
朝の5時!?早くない!?
というかそんな早い時間にお兄ちゃんは自分の家からここに来ていたのか。
一体何時に起きたんだろう。
「そっか。じゃあ僕、もう帰るね。」
お兄ちゃんがそう言うと、女性は何か言いたげにこちらを見た。
「ご両親に、お目にかからなくとも良いのですか?」
「いい。今日は朝から自分の家でしたいことがあるんだ。」
あっさりとそう言われ、女性は悲しげにうつむいた。
「左様ですか。では、車の手配を致しますね。」
「しなくていいよ。歩いてきたんだし、歩いて帰る。」
うんうん、車ばっかり使ってたら体力つかないもんね。
それに、一刻も早くこの家から抜け出して安心したいし。
「じゃあね。」
女性の前を通り抜けて少々早足で歩き出すお兄ちゃん。
横顔に焦りの色が浮かんでいた。
女性との会話で思ったよりも時間をとられてしまった。
「あ、お気をつけてお帰り下さいませ!」
後ろからかけられる言葉を無視して足早に玄関へ向かう。
相当大きい家らしく、玄関までが長かった。
途中出会う使用人をさらりと受け流しつつ、歩き続けた。
ようやく玄関にたどりつくと、使用人頭が立っていた。
うん、確かにこの人は能力者だ、力を感じる。
大丈夫、見破られないはず、と自分に言い聞かせる。
「お帰りですか、カイ様。」
「ああ、扉を開けてくれ。」
「かしこまりました。」
使用人頭は恭しくお辞儀をすると、にこやかに微笑む。
「それではカイ様、お気をつけて。」
扉が開かれる。
そして、開かれた先には人がいた。
「家に来ていたのか、カイ。」
低く、威圧感のある声。
この人は、ひょっとして・・・
「・・・父上。今、帰るところです。」
私の、お父さん。
繋いでいる手に、ギュッと力が込められた。
「修行は順調か?」
感情のこもっていない声。
義務的な口調に、この2人は本当に親子なのか、不思議に思ってしまう。
私は失踪して良かったんだと、そう思う。
そして同時に、このまま無事、お兄ちゃんの家に辿り着けるか不安になった。
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「はい、順調です。朝の修行がありますので、失礼します。」
お兄ちゃんは綺麗にお辞儀をし、歩き出す。
「カイ」
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「分かっています。それでは。」
今度こそ、お兄ちゃんはお父さんに背を向けて歩き出した。
私は、あの家から無事逃げ出すことができたことに対する安堵と、これからへの不安、そして、朱雲家についての疑問を沢山抱えたままお兄ちゃんの隣を歩いた。
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