上 下
137 / 144

勝利

しおりを挟む
平均的な水準で比べると、ザンス兵のほうがザルス兵よりも少し強い。 しかし、エリカに随行してきたザルス兵は選び抜かれた強者ぞろいである。 弱兵クーララを敵兵として想定し素手で戦っていたミレイ隊は、武器を手にし互角以上の力量を有するザルス兵の出現にアジャスト適応できず、あっという間に5人が斬り殺された。

戦力的にはまだまだ優勢なミレイ隊だったが、思わぬ反撃を食らい、そして何よりもエリカのベルの音を聞いて逃げ腰になった。 魔法ベルでもない普通のベルチンで、なぜ逃げ腰になるのか? ザンス帝国に伝わる格言ゆえである。「意味を理解できるベルの音が聞こえたら、すぐにその場を離れよ」そんな格言が帝国では何年も前から受け継がれている。

剣を手にするザルス兵を前にして自らも抜刀したミレイ隊だったが、彼らの目からは戦意が急速に失われつつあった。 ミレイ隊の隊員は対峙するザルス兵から目を離さぬようにしながら言葉を交わす。

「やばいんじゃないのか、今のベルの音」

「...おう。 意味が理解できた」

「頭の中にメッセージが浮かんできたぜ」

「やっぱり、これってIIアイアイ...」

そう言いかけた者を数人が制止する。

「コラっ!」

「その言葉を口にするな!」

「その名を口にするとIIBアイアイビーが来ちまうだろうが!」

ザンス帝国では「IIBの話をするとIIBが来る」という格言が何年も前から受け継がれている。「噂をすれば影がさす」と同じような意味のことわざである。

◇◆◇

エリカのベルの音に動揺するミレイ隊。 彼らはもはや戦闘継続よりも撤退を望んでいた。 それでも逃げ出さないのは、撤退するに足る理由すなわち逃げ出す名目が不足しているからだ。 迷信を嫌うミレイ隊長に「IIBらしき現象が確認されたので撤退した」などと言えば、どんな制裁を受けるか知れたものではない。

逃げたいけど逃げれないミレイ隊と、抜刀して態勢を整えた多数のザンス兵を前に当初の勢いを失ったザルス護衛兵。 この両者の間に、しばしの膠着状態が生じる。

その膠着状態のうちにヒモネス隊の詠唱が次々と完了し、無数の攻撃呪文がミレイ隊めがけて降り注いだ。 《雷球》《火球》《魔矢》... ヒモネス隊が最後のマナを振り絞って唱えた呪文がミレイ隊の中央部に炸裂し、数十人のザンス兵が死傷する。

ヒモネス隊が呪文を唱える時間を確保できたのも広範囲を巻き込む攻撃魔法を使えたのも、ザルスの精兵が形成するラインを境目に敵と味方が明確に分かれていればこそだ。 さっきの混戦状態では攻撃呪文など使いようがなかった。 今の魔法攻撃の成功は、明らかにエリカの指揮の成果である。

指揮官としての手応えに、エリカは拳をぐっと握りしめる。

「よしっ! 私のイメージどおり。 ゲームに費やした時間は無駄じゃなかった!」

クーララの魔法攻撃によりミレイ隊は多数の死傷者を出し混乱の極みにある。 それを見たエリカは、すかさず新たな指示をベルチン。

チン!(このときを逃すな! ザルス兵は総員突撃!)

エリカの命令は速やかに実行され、15人のザルス護衛兵がミレイ隊に突撃。 完全に戦意を失っている敵兵を手当たりしだいに斬り殺してゆく。

生き残ったザンス兵30数人は這々ほうほうの体で逃げ出し、エリカの指揮官としての初陣は完全な勝利に終わった。

◇◆◇◆◇

ザンス兵を撃退したヒモネス隊は喜びにく。

「ザンス兵に勝っちゃったよ。 まるで夢みたい」

「守護霊様が指揮をっただけで、あれよあれよという間に...」

「気が付いたら完勝してたな」

「守護霊様がいると、こうも違うのかっ」

「たった2回の命令で... まさに神技」

数十年前にクーララ王国を守っていた先代守護霊様を体験していなかった若い隊員たちは、今回の鮮やかな勝利で守護霊様の力を思い知った。

エリカはヒモネス隊の賞賛の声を素直に受け取れなかった。 エリカの指揮が勝利を招いたのは事実だが、自分の下した命令が平凡なのはエリカ自身がよく分かっている。 ザンス兵に圧勝できたのはエリカの指揮能力が神かっていたからではなく、ザンス兵が何故なぜかエリカのベルチンに動揺したためである。 ヒモネス隊は守護霊様の神秘性に幻惑されて、それを見落としている。

エリカはザンス兵のさっきの動揺ぶりを思い返す。 彼らは、単にベルの意味を理解できることに驚いたのではないようだった。

(アイアイなんとかって何だったのかしら? ベルチンのことを、そう呼んでたみたいだけど)

そのとき、ザルス護衛兵と肩を並べて戦っていたルーケンスが戻って来た。 彼はエリカがいるとおぼしき場所に向けて言う。

「守護霊様、よくぞ指揮を執ってくださいました。 英断でございました」

ルーケンスの褒め言葉にエリカは喜んだ。 自分の行動が正しく評価されたと感じたのである。 なぜそう感じたのか? エリカは疑問に思い、その答えを見つけて軽く驚いた。 ルーケンスは他のクーララ兵と違って、エリカの指揮の内容を褒めたわけではない。 エリカが指揮を執ったこと自体を褒めたのだ。

エリカはさらに考える。 ルーケンスがこのような褒め方をしたからには、あの場面ではやはり指揮官の存在が切望されていたのだろう。 そして「英断」と評したからには、ルーケンスは守護霊様が指揮を執ることを期待していなかった? さらに彼は、ザンス兵がベルチンに動揺したのが勝利の一因であることも承知しているはず。

そこまで考えてエリカは直観した。 ルーケンスさんなら「アイアイなんとか」の意味を知っているだろう。

チン?(ねえ、ルーケンスさん。 さっきザンス兵が言ってたアイアイなんとかって何なの?)

問われたルーケンスの顔に瞬時に困惑の表情が浮かぶ。

IIBアイアイビーでございますか...」

ちんちん(そうそれ、そのアイアイビーとか言うやつ)

「それは... それは私の口からは申し上げられませぬ。 それだけは、どうかご容赦を」

エリカには絶対服従ぎみのルーケンスのことだから、強く尋ねればIIBの意味を教えてくれるだろう。 しかし、ここまで嫌がるのを無理強いするほどIIBに興味があるわけではない。 いや正しくは、興味があるわけでは「なかった」か。 ルーケンスがIIBに拒否反応を示したことで、エリカはIIBに対する興味をき立てられてしまった。

(くっ、IIBって一体なんなの?)
しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中

四馬㋟
ファンタジー
幸福をもたらす聖女として民に崇められ、何不自由のない暮らしを送るアネーシャ。19歳になった年、本物の聖女が現れたという理由で神殿を追い出されてしまう。しかし月の女神の姿を見、声を聞くことができるアネーシャは、正真正銘本物の聖女で――孤児院育ちゆえに頼るあてもなく、途方に暮れるアネーシャに、女神は告げる。『大丈夫大丈夫、あたしがついてるから』「……軽っ」かくして、女二人のぶらり旅……もとい巡礼の旅が始まる。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

婚約破棄された上に国外追放された聖女はチート級冒険者として生きていきます~私を追放した王国が大変なことになっている?へぇ、そうですか~

夏芽空
ファンタジー
無茶な仕事量を押し付けられる日々に、聖女マリアはすっかり嫌気が指していた。 「聖女なんてやってられないわよ!」 勢いで聖女の杖を叩きつけるが、跳ね返ってきた杖の先端がマリアの顎にクリーンヒット。 そのまま意識を失う。 意識を失ったマリアは、暗闇の中で前世の記憶を思い出した。 そのことがきっかけで、マリアは強い相手との戦いを望むようになる。 そしてさらには、チート級の力を手に入れる。 目を覚ましたマリアは、婚約者である第一王子から婚約破棄&国外追放を命じられた。 その言葉に、マリアは大歓喜。 (国外追放されれば、聖女という辛いだけの役目から解放されるわ!) そんな訳で、大はしゃぎで国を出ていくのだった。 外の世界で冒険者という存在を知ったマリアは、『強い相手と戦いたい』という前世の自分の願いを叶えるべく自らも冒険者となり、チート級の力を使って、順調にのし上がっていく。 一方、マリアを追放した王国は、その軽率な行いのせいで異常事態が発生していた……。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。

克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
ファンタジー
 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

処理中です...