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ミレイ少佐

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先頭部隊から聞こえてくる「魔法だ!」とか「敵襲!」といった叫び声で、戦闘から二番めに位置する部隊の隊長ミレイ少佐は状況を理解し腹を立てた。

青瓢箪あおびょうたんのクーララが小癪こしゃくなマネを!」

こんな口調だが、この二番隊の隊長は若い女性だ。 短く切り揃えられた髪の黒さと対照的に色白の整った顔立ち、そしてモデルならカリスマ級のスタイルすなわち9頭身の長身と病的な痩躯そうく。 「青瓢箪」という形容がふさわしいのは、ほかならぬミレイ少佐であった。

ミレイ少佐は配下の兵士150人に命令を出す。

「進め、進め! 一番隊を押しのけて進め。 やり逃げを許すな!」

ミレイ少佐の体つきは戦士には見えないが、それでも彼女は強い。 マナ輸送体と結合したマナが身体能力の強化に十全じゅうぜんに作用する体質なのだ。 筋力・反応速度・知覚能力どれをとってもピカイチ、帝国軍で十指に入る強者である。

そんなミレイ少佐が率いる二番隊も勇猛果敢。 獰猛と言ってもいい。 一番隊が斥候部隊を擁する索敵向きの部隊なのに対し、二番隊は突撃向きの部隊だ。

二番隊は一番隊を荒々しく押しのけて軍勢の先頭に躍り出ると、他の部隊を置き去りにして進み始める。 そのスピードが目が覚めるほどに速い。 それなりに重い荷物を背負っていてなお、競歩の選手も真っ青の速度だ。

遮二無二しゃにむにに突き進み、《幻影》で作られた偽りの風景を通り抜けたミレイ隊。 その目前に真実の風景がさらけ出される。 真実の風景といっても、1つの点を除けば偽りの風景と変わらない。 その1つの点とは、500mほど前方を進むクーララ部隊の後ろ姿である。

小癪なクーララ部隊の姿を見つけたミレイ少佐は大喜びで舌なめずり。

「いたわね、小癪こしゃく部隊!」

そして血気にはやる部下たちを解き放つ。

「かかれ! 皆殺しだ」

ミレイ隊一同は背負っていた荷物を地面に投げ出すと、クーララ部隊に向かって恐ろしい速度で突進する。 前方を進むヒモネス隊の姿が次第に大きくなり、ミレイ隊が立てる足音に気づいたクーララ兵士が恐怖の表情を浮かべ振り向く。 しかし、もはやヒモネス隊にミレイ隊の暴力を逃れるみちはない。 これ以上速く歩けないし、今から呪文を唱えても間に合わない。

「うらぁ!」「とうっ!」「ちぇい!」

ミレイ隊は思い思いの掛け声とともにヒモネス隊に襲いかかった。 ここまでダッシュしてきたこともあり、ミレイ隊は誰一人として剣を抜いていない。 みな徒手空拳である。 しかし、彼らにはそれで十分。 強力な戦闘力を誇るザンス兵の蹴りに首の骨を折られ、あるいは拳で内臓を破壊され、後ろのほうを歩いていたヒモネス隊員10数人があっという間に戦闘不能におちいった。

「イショナっ!」

叫んだのはナヤス。 イショナは仲良しの女の子と後ろのほうを歩いてたところを、ザンス兵に殴打された。 殴られたのは腹部だが内臓を傷めたのだろう、口と鼻から血を流して地面に倒れている。

少し前を歩いていたナヤスは中腰になってイショナに近づき抱き起こそうとするが、混乱のさなかにあってイショナに手が届かない。 仲間たちに突き飛ばされ、手の甲をブーツの踵に踏まれ、それでもイショナに手を伸ばすナヤス。 その彼の脇腹にザンス兵の蹴りが炸裂する。 「ぐあっ」 蹴りはナヤスの肋骨をいとも簡単に破壊し、ナヤスは1mほど吹っ飛んで意識を失った。

◇◆◇

「おらぁ!」「ふんっ」「せいッ!」

弱兵相手の戦闘を謳歌するミレイ隊、逃げ惑うヒモネス隊。 さながら狼と羊である。 しかし羊の群れにも獅子が一匹混じっていた。 ヒモネス中佐だ。

「🐆」

ヒモネス中佐は圧縮詠唱で《加速》の呪文を唱えると、混乱を巧みにかいくぐって隊列の後方へ移動し、一方的に攻撃を加えるザンス兵に肉薄。 鞘から剣を抜くと、ザンス兵の腕や足を切り飛ばしたり胴体を切り裂いたりして、あっという間に敵兵数人の戦闘能力を奪った。

ヒモネスの剣は何の変哲もない鋼鉄製だが、マナを剣にまとわせているため切れ味が尋常ではない。 ミレイ隊が着用する革の鎧などスパスパと切ってしまう。 ヒモネスの魔法剣はエリカの魔法剣と基本的には同じだが、ヒモネスの剣をよく見ると、マナの光が灯っているのは刀身の刃の部分だけである。 彼は刃先にのみマナを纏わせることでマナの消費量を抑えているのだ。

クーララ兵が無抵抗だと信じていたミレイ隊は、ヒモネス中佐が示した意外な戦闘能力にひるみ勢いを失った。 ミレイ隊は勇猛果敢だが、それは性格面に限られる。 隊長のミレイを除けば、他の帝国兵に比べてミレイ隊は特に強くはないのだ。 そして勇猛果敢さと引き換えに彼らの心は折れやすい。 靱性の低い金属のようなものである。 ミレイ隊は弱い相手には無類の強さを発揮するが、強い相手には弱い。 強大な戦闘力を有するミレイ隊長が先頭に立てば大抵の敵は弱腰になるのでミレイ隊の長所が発揮されやすいのだが、あいにく彼女はいま部隊の後方にいた。

ミレイ隊の圧力が緩んだ隙を逃さず、ヒモネス中佐は剣を振るいながら怒鳴る。

「十字路を目指せ!」

怒鳴り終えたヒモネスは、足元に溜まっていた砂を足で激しく攪乱して砂埃を立て、そこに圧縮詠唱で呪文を叩き込んだ。

「🎺」

ヒモネスが唱えたのは《旋風》の呪文である。《旋風》で生じた旋風は砂埃を巻き込み、ヒモネスの操作に従ってミレイ隊が密集するエリアに頭上から砂をまき散らす。

「うおっ!」「砂が目に...」「くそっ」

たかが目つぶし、されど目つぶし。 目に入った砂は容易に取り除けないし、目に砂が入ったままで戦うのは困難だ。 ヒモネスは《旋風》という簡易な呪文を砂埃と組み合わることで、少ないマナ消費量で多数のザンス兵から効率的に戦闘能力を奪ったのである。

ヒモネスはその場を逃げ出す部下たちを振り返りもせず、単身でミレイ隊の真っただ中に斬り込んでいった。

◇◆◇

ヒモネス隊の隊員たちは隊長の指示に従い、十字路を目指して続々と戦場を離脱し始めた。 後に残るヒモネス隊長が心配だし、ザンス兵にやられて地面に倒れている仲間たちも気がかり。 でも彼ら彼女らにできるのは、速やかにここを去ることだけ。 完全な近接戦闘である以上、この場に残ってもヒモネス隊長の足手まといにしかならないのだ。
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